第20話 ラスト そんなこんなの三人組

 森公方はラーメンどんぶりにちらっと視線を投げかけると、無味乾燥な人工音声で答えた。


「オレに、そんなものガ、効くと思うノか。しかし、なんダこの旨そウな匂いト鮮やかなホタテとんこつ醤油チャーシュー3枚増しネギダクラーメンは」


 おっと。こいつが喋ったのはもしかして始めてか? しかも金の玉だったビジュアルが文字通り霧散し、黒い霞のようなものが周囲に禍々しくとぐろを巻き始めた。

 ビジュアルイメージというものはそもそもただの映像グラフィックスにしかすぎないことは重々承知している。しかし、しのぶがロリであるように、Uヴェイソンが黒ビキニ露出狂であるように、そして利美が14歳薄幸の美少女改め絶壁ゴリマッチョであるように、そのキャラには役割とともに固有のビジュアルが設定されるのが普通だ。それがO-SAKA-1メインシステム内でのルールであり掟だった、はずだ。

 そうか。外部システムからの侵入マルウェアであるこいつに固有のビジュアルがない。だからこんな黒い雲が広がったような不定形で可視化されているんだ。


「いや、お前の好物はすでに把握済みだ。お前はすべての感覚を研ぎ澄まされたマルウェア、その性能は極めて強い。しかしだからこそ弱点もある」


 俺は覚悟を決めた。腹の底から声を出した。その音はPCM64ビット192ヘルツの音声信号に変換されてハイレゾストリーミングでヤツ森公方の音声認識デバイスに届いているはずだ。


「おうよ、それでこそロリメガネ。このマルウェアはすべてのインプットに対して正確に破壊行動を取るようにプログラミングされているのは、こっちもお見通しだ」


 師匠がどや顔で腕を組みながら仁王立ちで声を上げる。


「それでこそ、師匠。いよっ! 日本一! おいらの髪はいっぽん立ち!」


 おい、ハゲアフロ、しょうもない合いの手はやめろ、事態がわかってんのかよ。でも、まあ、おまえのそのツッコミのおかげで目標がはっきりしたぜ。


「おい、ロリメガネ」


 師匠がグラサンの奥の眼をぎらりと光らせて呼びかける。


「わかってるさ、師匠」


 マルウェアとはいえ所詮は64ビットのプログラムだ。アセンブルされる前のソースコードがどこかにあったはずに違いない。ソースコード自体はただのテキスト文。つまり、その文を書き替えてしまえば挙動を一挙に無力化できる。


「さすがだ、ロリメガネ。64ビットソースコードの隙を見つけるためにわざとハイレゾPCMで音声を流すとはな」

「よく気が付いたな、師匠。師匠こそ、マルウェアの最大の弱点、味覚と嗅覚を突いて動きを止めるなんて普通は思い浮かばない」

「ふふふふ、今の世の中、デジタルで数値化できないものと言えば味覚と嗅覚ってのは常識だぜ。ラーメンのビジュアルは解析できても、匂いと味は奴には処理できねーはずだ。しかも俺が全身全霊気合いを込めて作った一杯だからな」


 俺と師匠とハゲアフロはいつのまにか三人並んだ状態で森公方の黒い霧に正対していた。黒い霧はぐるぐると師匠の投げかけたラーメンのどんぶりの湯気の周りを渦巻いている。


「へへへへ、アニキも師匠もサイコーですぜ。でもわいの合いの手で奴のソースコードの穴も見えたでしょ?」

「は、ハゲアフロ、おまえさっきのくだらねー冗談、あれ、わざとだったのか」


 俺は正直ビビった。さっきのハゲアフロのくだらない合いの手、妙におかしなモジュレーション変調派がかかっていると思っていたんだ。普段はまったく使われない1ビット11.2メガヘルツDSDで声を出していた。なんでそんなめんどーなことするんだ、こいつ、変態じゃね? と思ったところだった。


「へへへへ、アニキも師匠もわいのこと変態だと思ったでしょ? 実はそのとおりなんですぜ、へへへへ。さあ、ほなそろそろ行きましょか」


 俺と師匠は顔を見合わせてうなづいた。


「まあ、ハゲアフロが変態なのは百も承知だけどな」

「そういうロリメガネがガチロリなのもな」

「師匠もそんなこと言うて巨乳フェチなのはバレバレですぜー」


 森公方の禍々しい黒い霧に向かって三人が一斉にポーズを取る。


「なんだ、きサまら、下層民のぶンざいで最強マルウェアのこのワたしに歯向かう気か」


 そんな人工音声の響きをにらみながら俺たちは駆け出した。


「しのぶ! あとはまかせたぜ!」

「おい、ビキニのねーちゃん、あとでその乳もませろよ!」

「メインシステムには指一本触れさせやせんぜ! 先輩! パトカーでラブホ、忘れたらあきまへんで!」


 おのおの叫びながら森公方に突進していく。しかしこれは玉砕の突撃ではない。100%勝つ見込みのある勝負。俺たちは確実に勝利に向かっているのだった。


「くらえー! トリプル変態ギャグストーリー、ロリ幼女主人公のファンタジーモノにソースコードを書き換えてやるぜ!」

「おっと、待て、セルフレギュレーションおっぱいぷるぷるは絶対条件だ! これで爆笑必至!」

「ソースコードに泣ける変態ハゲ物語書き加えたろか! おいらの髪の毛を犠牲にしまっせー」


 おのおのが森公方のソースコードに無意味で無価値で無節操なストーリーを書き込んでいく。これではどんな強いプログラムでもまともに稼働できるはずもない。

 ついに、史上最凶のマルウェアは断末魔の悲鳴を16ビット音声でかなで始めた。


「うぐぐぐぐぐぐぐ、無とはいったい。うごごごごごごごご」

「やったぜ!」

「待てロリメガネ、油断するな!」

「そうやで、最後までやり切ってこそ変態ギャグストーリーメーカーズ、すてきな三人組ですぜ!」


 俺たち三人は手を取り合って叫んだ。

「すてきな三人組フィニーーーーーーッシュ!!!」


 世界はまばゆい光に包まれていった。


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