第15話 散らかったセカイ系

「あん?」


 ライダースーツの師匠と呼ばれた男が眉をひそめ気持ちうつむくと、細いサングラスの隙間から殺人鬼のような眼光で利美をねめつける。

 いくら利美のお願いとは言え、こんな厳つい奴と仲良くなんてなれるはずがない。なりたくない。

 いつまでもこんな連中の中にいたら、まともな俺では耐えられない。

 俺は慌てて利美に駆け寄りこの場から逃げ出そうと……


「お兄ちゃんも仲良くするのっ!」


 抱き抱えようとする俺の手を払いのけて、利美は師匠と呼ばれた男を……長くて面倒だ、師匠でいいや、師匠で! だいたい何の師匠だよっ! どう見ても民事介入暴力的金銭取り立て屋――や○ざじゃねぇか!

 利美は十四歳の大きな瞳で師匠をにらみ返す。

 師匠は口を歪めふんっと鼻を鳴らすと面白くなさそうに、秋田産最高級ひのき製ラーメンすりこぎ棒極太プロユース40センチを……だから長いって! 誰だよこんな長篇小説を書けない奴が苦肉の策で文字数を増やそうとした結果みたいな言い回しにしたのは! 麺打棒でも長いわ! 棒な、棒!

 師匠は洋画に出てくるモブ警官さながら、棒を掌に打ち付けながらゆっくりとこっちへ向かって歩いてくる。


「おめぇ、十四歳の分際でいい度胸じゃねぇか……」

「や、やめろっ! 利美は悪くない、関係ないんだ! 病気なんだ! ぜんぶ俺のせいで……」

「よく言ったぁ、歯ぁ食いしば……」

 ドンガラガッシャン!!


 まるで漫画のような擬音が病室に響き渡る。

 本当に響いた、のか? よくわからない。頭がガンガンする。全身が痛い。

 気づいたら病室の隅で残骸と化していた椅子やらサイドチェストに突っ込んでいた。

 こんなヤツにみんなと仲良くしろだなんて、利美もどうかしている。

 相手にするには危険がすぎる。でも、痛みを堪えてでも、これだけは言わせてほしい。いや、言わなきゃならない。


「せめて歯を食いしばらせろ!」

 なんで最後まで言わずに殴るんだよ! こちとら、言われたとおりに歯を食いしばろうとしていたのにその前に殴るんじゃねぇよ! 目から火花が出たわ、マジで!


「お兄ちゃんっ!」


 小さな体を弾ませ駆けてきた利美が、病室の残骸の一部になっている俺を抱きかかえてくれる。

 ああ、利美……愛しの我が妹よ。利美のない胸で息絶えられるなら俺の人生に一片の悔いなし!


「安心しろ、峰打ちだ」

「刀ちゃうし! 峰もクソもあるかぁ!」


 せっかく永眠しようと思っていたのに呼び戻されたわ!

 まったくなに言ってんだ、こいつは? や○ざみたいななりしてボケキャラか?

 棒なんて全部峰みたいなもんじゃ……あ、峰打ちでいいのか?

 峰……恐ろしく痛ぇ……

 師匠にボコボコにされて倒れていたハゲアフロがこっちを見てウインクすると、プルプルと震える手をゆっくりとあげて親指を立てた。

 生きてたのかよ、ハゲ。別にお前にツッコミ役だって言われたからツッコんでるわけじゃないからな。やめろ、その『だから言っただろ?』みたいな顔は。ハゲの思惑通りになった気がして気分が悪い。


「テメェ、ロリコンのくせになかなか頑丈じゃねぇか」


 師匠が棒で肩を叩きながらこっちに歩いてくる。

 あんな棒で殴られたのに、自分でもビックリだよ。


「大切なものを守るために自らを犠牲にするなんてなかなか見どころもありやがる」


 お陰様で、別に犠牲になったつもりはないけど。有無を言わさずいきなり殴られただけで。


「だがなっ!」

 ドゴッッッッ!!


 利美に抱きかかえられた俺の目の前でしゃがみ、師匠は棒を床に突き立てる。

 その拍子にめり込んだ棒を中心に、床にはまるで蜘蛛の巣のような大きな亀裂が走った。


「俺はラーメン屋で代表待ちをしている連中が大っ嫌いなんだよ!」

「知らねぇよっ!」


 何なんだよ、こいつは! だから、ハゲアフロも両方の親指立ててんな! うんうんじゃねぇ! あんなにボコボコにされたんだから死んどけよ!


 ……死んどけ?

 ちょっと待て……何でハゲアフロは生きているんだ? いささか台詞が芝居がかっていた気もするが、確かにあの時師匠にボコられて間違いなく死んだはずなのに。


 ……生き返った? 


 そんなバカな……じゃあ、俺は? 俺は、何で生きてる?

 峰打ちとは言え――峰打ちもなにも棒で横っ面を殴られて何で俺はピンピンしてるんだ?

 いや、痛い。体中痛い。それは確かだ。ほっぺをつねったって……

「いてっ!」

 な、痛いよな?

 でも、おかしくないか?

 銃弾を打ち返したり、床に棒を突き立てるような、師匠のでたらめな力で殴られれば、たとえ死ななくても間違いなく重症だ。骨は確実にいっている。ツッコミなんて入れている余裕なんてあるはずない。

 俺は……自分の両手を見おろす。

 握って、開いて、握って……ふと顔をあげ、ボロボロに崩れた病室を見回す。


 プリティラブリィキューティ利美……ライダースーツにサングラスのでたらめ強面師匠……ガチ俺の好みの戦闘民族幼女しのぶ……変態露出狂ホッケーマスクUベィソン……男なのか女なのか性別不詳のゴスロリ刑事神谷明……落ち着いている風に見えて密かに貫禄があるハゲの上司姐さん警官……ハゲ……


「おう、ロリコンクソ眼鏡! なにキョロキョロしてやがんだ、あ? ラーメンはまずスープから飲むのが通だなんてほざいてんじゃねぇぞ!」

「言ってねぇよ! ラーメンくらい好きに食うわ!」


 ――ハッ!?


 まただ……またツッコんでしまった……本来の俺はツッコミ役じゃなかったはずなのに……ハゲに言われただけで……!?

 ハゲは言っていた。

『このツッコミ不在のパラレルワールドに不幸にも連れてこられた別次元のハゲアフロ』だと。

 この世界はなんだ?

 そもそも俺はなんでハゲに絡まれた? ちょっとあおぞら保育園となかよし幼稚園とひよこさん公園で幼女を愛でようとしていただけなのに……


「それがアカンいうてるやないかいっ!」

「心の声にまでツッコむんじゃねぇよ、サブ!」


 ――!?

 

 サブ、って誰だ!?

 なんでそんな名前が俺の口から出たんだ?

 ハゲはゆっくりと体を起こし、待ってましたとばかりにニヤリと笑った。


「アニキ、やーっと思い出しましたか」


 ハゲは胸の前でグッと手を握りしめた。

 そうか……思い、出した……思い出した!

 そうだったのか……ハゲの――サブの言う『この散らかったセカイ』とは利美の……そうだったんだな?


「利美……お前は十四歳じゃ、ないな。俺の妹でもない。俺がエターナル三十五歳であるように、利美もまたエターナルを気取ってはいるが俺より遥かに年上だ! そうなんだろう、利美!」


 利美の大きな目が暗く昏く冥く染まっていく……

 ゾクッと背筋に冷たいものが走る。


「そう言やこんな台詞があったな……君のような勘のいいガキは嫌いだよ、ってな」


 俺が今まで妹だと思っていたのは、まさか……


「Uベィソン、ドラム缶を用意しろ! しのぶ、一撃で殺りな!」


 利美の乾いた声が俺の耳に突き刺さる。

 Uベィソンとしのぶが利美の言葉を合図に動く。


「待ってくれ、会長っ!」


 まさかのまさか、本性を現した利美を制したのはハゲ――もとい、サブだった。


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