第14話 十四歳、魂の咆哮

 ライダースーツのグラサン男は、ハゲアフロを怒涛の勢いで蹴り飛ばした。


「お前は誰や……」

 派手にぶっ飛んだハゲアフロが、瀕死の身体を少しだけグラサン男に向け、虫の息で聞く。その声は死に際のセミの鳴き声をほうふつとさせる。さすがに目の前で人死にはみたくない。俺はダッシュでハゲアフロ警官のところへ駆け寄ろうとした。当然、ハゲアフロの同僚であるゴスロリは拳銃を構えて反撃の態勢を取り、姐さん警官は警戒しながらもハゲアフロの傍らにすり足で向かおうとしていた。

 そこへ、低い声が響いた。


「名乗るほどのもんじゃねー。ただの通りすがりだ」


 グラサンの男が淡々と言い放つ。その声には温度を感じさせないが、芳醇なかつおだしのにおいが漂った。


「ただ、そこのお前、警官だからと言って店の隣のコンビニに無断駐車するなんてこたあ、この俺のラーメン魂が許さねえぜ!」


 ばばーん。月明りを背にして男は懐から太いこん棒を取り出す。なんでここにこん棒? と訝しんでいると、男の声が続いた。


「おまえら、店に迷惑かけんなよ。しょうもねーことしてるとこの俺のラーメンすりこぎ棒極太プロユース40センチで滅多打ちにしてやるからな。秋田産最高級ひのき製の味、味わってみてーか?」


 え? そばじゃなくてラーメンに麵打ちこん棒なんて使うの? 今時? そこは普通機械製麺だろ。手打ちラーメンなんて手間がかかる割には、たいして味に影響しないってのはこの界隈の常識なのに。

 俺がそんなことを考えている間に男の声に反応したのは、しのぶと黒ビキニのUベイソンだった。


「師匠! 助けに来てくれたんですか!?」

「あたりめーだ。おめーらみたいにもたもたしてたら麺が伸びるぜ、しのぶ」

「師匠、こんなところまで……」

「Uベイソンもいい加減、ブラジャーのサイズ見直しな。乳のはみだし肉がエロいのは35歳までだぜ。ちなみに俺はDカップが一番好みだなんだ。覚えときな」


 そういうと師匠と呼ばれた男は麺打棒をかかえてすたすたとハゲアフロに向かって歩いていく。

 ゴスロリがさっと緊張するのが分かった。手に持った銃を師匠と呼ばれた男の足元に向かって躊躇なくぶっぱなした。


「止まりなさい! それ以上その男に近づくと撃つわよ!」


 師匠と呼ばれた男はニヤリと笑うと不敵に言い返す。


「もう撃ってるんじゃねーのか。俺はなあ、鶏ガラスープとゴスロリファッションは認めてねーんだ。男ならもっとアブラギッシュに生きろってことだ」

「警告します。撃ちますよ!」

「上等だ。撃ってみやがれ」


 師匠と呼ばれた男が答え終わる前にゴスロリの銃が火を吹いた。しかし、その銃弾はあっけなく師匠と呼ばれた男の麺打ち棒スイングではじき返される。

 師匠と呼ばれた男はずしずしと歩みを進め、もはや道端のゾンビとなりかけていたハゲアフロのもとにたどり着く。ハゲアフロのそばにしゃがんで背中に手を添えていた姐さん警官に対して冷たく言い放った。


「どきな。ねえちゃん。俺はDカップの女は傷つけない主義なんだ。チャーシュー大盛350円増しは許せるが、ネギ増し200円で青ネギがちょっとしか増えないのは許せねえ。ケガする前に俺の視界から消えな」


 そして怒涛の勢いでハゲアフロに蹴りを入れ始める。


「うぐっ、ぐへっ、どほっ」


 ハゲアフロの胴体にライダーブーツがめり込むたびに、うめき声なのかなんなのかよくわからない音が漏れる。


「おい、こら、このハゲアフロ。おめーら警察だからって国家権力を傘にきていいかげんな出前注文してんじゃねーぞ。町のラーメン屋が泣いてるぜ」


 そういっている間にも間断なく容赦のないケリがハゲアフロの身体中に浴びせられた。


「し、師匠、それ以上やるとこのハゲ、死んじゃうよ……」

「そうです、師匠。そいつ殺しちゃうと呪文が聞けなくなっちゃいますよ!」


 Uベイソンとしのぶが交互に声をあげた。


「おら、吐きやがれ。なんならおめーなんて殺しちゃってもいいんだぜ? ハゲとロリに人権はねーんだ!」

「と、と、と」

「あ? なんだ? 聞こえねーな」


 ハゲアフロが口を開きかけても師匠と呼ばれた男のケリはとどまらない。Uベイソンとしのぶがついに師匠と呼ばれた男の腕をつかんで止めにかかった。


「し、師匠、さすがにヤバいです!」


 その一瞬をゴスロリと姐さんが見逃さなかった。瀕死のハゲアフロをひきずってその場を離れようとした。いや、死にかけてる男を引きずるの、まずくね? 俺の疑問をよそに、姐さん警官がハゲアフロに必死に話しかけているる。ほとんど涙声だった。俺はその必死な様子にちょっとだけハゲアフロを羨ましい思いがよぎった。しかし、もはやハゲアフロはズタボロ、呼吸が止まるのは時間の問題だ。姐さん警官の呼び声が鋭く高まる。


「おい、地域課しっかりしろ。お前ラーメンの出前取るのになんかしょうもない注文でも付けたのか」

「うっ、ね、姐さん……。わ、わいはただ、な、なるとを二十枚載せてこいや、そやないと駐禁取るぞと言うただけで……」

「お前、そこまでして……」

「わ、わいは姐さんの、け、検挙成績を、あ、あげたかっただけなんですわ。け、決して、な、なると二十枚とか、ねぎ五百グラムとか、シナチク五十本とか、わかめ二百枚とか、く、食いたかったわけでは……」

「地域課! お前ってやつは……」


 姐さん警官は涙をぬぐう。ハゲアフロの苦悶の表情に満足感がうかんんだ。それを見た姐さん警官は、ハゲアフロの襟首を強くゆすり、その身体にすがる。


「地域課ーーーーー!!」

「ね、姐さん、あのワ、ワードは……、『となりの客は』で……すわ。姐さんと一緒に仕事ができて、わ、わいは、し、幸せで、でした……。あ、あの世で先に待ってますんで、今度こそパトカーでラブホにイン、を、き、キメましょ……。約束ですぜ」

「地域課ーーーーー!! 地域課ーーーーー!!」


 ひとしきり叫び続けた姐さん警官は、しばらく動きを止めた。そして腕の中のハゲアフロだったものをそっと地面に下し、ゆらりと立ち上がった。


「『となりの客はよく柿食う客だ』」


 独り言のように、しかし、とてつもなくはっきりと、姐さん警官は口にする。その言葉に、師匠と呼ばれた男は意味が分からないという顔をして言い返した。


「は? 何を言ってるんだ? この俺の麺魂にビビったか?」

「『となりの、客は、よく、柿食う、客だ』!!」


 しかし、姐さん警官は言葉を止めない。ゆっくりしっかりはっきりと早口言葉を正確に発音した。


 状況はあまり理解できないが、このハゲアフロ+姐さん+ゴスロリのチームと、ライダース男+黒ビキニ+幼女のチームが抜き差しならない対立にあることはわかる。俺は背後にほんのり暖かいものを感じて振り返った。


 そこにいたのは我が妹、利美、自称十四歳だった。なんかよくわからない流れで異形と化していた利美は、自称年齢相応のか弱い姿に戻って、俺の袖口をひっそり掴んでいる。


 そうだった。ここには謎の怪しい警官三人チームと、狂ったおっさん、幼女、黒ビキニの三人のチーム、そしてもう一チームいるんだった。俺と利美、この狂人たちの中で唯一まともな人物チーム、それが俺たち二人だ。そうとわかればこんな狂った奴らの闊歩する空間には一秒も居る理由がない。


「利美、逃げよう。こんな狂った奴らの餌食になるぐらいなら、逃げたほうがマシだ」

「お兄ちゃん、利美、十四歳だけど、利美のためにみんなが喧嘩するの耐えられない!」

「利美は悪くない! 利美は何も悪くない!」


 俺は利美の手を取って利美を横抱きに抱えようとした。


 ところが、驚いたことに、利美ははっきり俺の手を拒絶して、自ら立ち上がった。


「利美、十四歳だから、自分でなんとかする。十四歳の利美のためにみんなが争って、みんなが怪我するの、我慢できないの!」


 そして、三人ずつの二組に分かれて睨み合ってる奴らに向かって手を上げて、叫んだ。利美が入院して以来初めて聞く、利美の魂の叫びだった。


「みんな、聞いて! 利美、十四歳だから、みんなに仲良くしてほしいの!」







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