第3話 「幼女を助けるのに理由がいるのか?」

「ちっ……、しゃーないな。証拠不十分で釈放したるわ。お前、今回は運が良かったと思えよ」


 ハゲ警官は頭がチリチリになりながらも鋭すぎる眼光を飛ばしてくる。結局あの上司、交番で火炎放射器ブッパして帰りやがったぞ……。そのせいで目の前のハゲ警官は、いまやハゲアフロ警官になってるワケなのだが。


「あぁん⁉︎ なに見とんねんコラ! 見せモンやないぞオルァ‼︎」

「いや見てません。ていうか頭に見えるもの何も残ってないですけど……」

「あぁ? ムシられたいんかお前⁉︎ 少ない毛ぇって書いて『毟むしられたい』んかァ⁉︎ まったく漢字ってステキやのぉ‼︎」


 やっべぇ目が血走ってるわコイツ。ここで無駄に混ぜっ返しても時間を取られるのは火を見るより明らか。まぁさっき火は見たしな。ハゲアフロ警官の頭から。


「ちっ……まぁええ。今回は姐さんの温情や思えよ。ただなぁ、危険人物を『ほなさいなら』で即釈ソクシャクは出来へん。せやから切符は切らせてもらうからな」

「き、切符? なんの切符ですか、交通違反なんてしてないですよ!」

「性春U8切符せいしゅんユーはちきっぷや」

「性春U8切符⁉︎ だからなんですかそれ!」

「お前みたいに8歳以下しか愛されへんようなガチロリを戒める切符や。ウチの組織の再犯防止対象者リストに名前が載るんや、よかったなァ? ほらここに署名して指印せぇ。それで認めたことになるからなァ」

「い、嫌だ……」

「ほーぉ? いっちょ前に否認かい。ほなお前の家のガサ状請求したろか? ナメんなよコラ、明日の朝刊載りたいんかオラァ!」


 バァン、と机を叩かれる。ビクリと反応してしまうが、それは家に置いてあるコレクションを想像してのものだ。


 くそぉ……ヤバい! 家だけはヤバいッ! 別に非合法なコレクションをしているワケじゃあないが、家に来られると本当に色々マズい! ただでさえこの趣味は人に理解されにくいのだ。


 誓って言うが俺は、犯罪者じゃあない。ただ見て愛でるタイプのロリコンなのだ。だがそれを何人が信じてくれる?


『俺、ロリコンなんです! でもただ見て愛でるタイプのロリコンで、確かに出勤前に朝の通学路とか寄っちゃいますけどそれは元気に挨拶したいだけで。ええそうなんです、挨拶って基本じゃあないですか? 人間関係ってそういう小さなところから構築されると思うんですよ。え? 小学生と知り合いになろうとしてる? いやいや違いますよ、俺はただ一期一会の出会いを──』


 無理がある‼︎ あぁクソッ、ここまでか!


 仕方なく俺は、ハゲアフロ警官が差し出した切符に署名指印をした。ハゲアフロはふんぞり返って言う。


「ふん。これからお前の行動、逐一見とるからな。次この辺の通学路歩いてみぃ、面倒な刑事手続き全部スッ飛ばして死刑台送ったる。こう見えて俺の銃の腕は上級や。マークスマンにも指定されとるから、800m以内は射程圏内や思え。つまり俺がお前の死神いうワケや、わかったな?」

「…………」

「返事は⁉︎」

「し、死髪……?」

「今ここで死ぬかァ⁉︎」


 銃を取り出そうとするハゲアフロを尻目に、俺は交番を飛び出した。あんなもんと関わってたら命も髪も減る。まぁあのハゲアフロよりは多いと思うけど。


    ■■■■■


 ──さて。思わぬ横槍が入ったがどうしよう。せっかくの休日、いつものルーティンをキメようと思ったのにあんなダイナミック職質されるとは普通思わないだろう。


 この辺りをぶらついてもハゲアフロが来たら終わりだ。ちょっと遠くの都市公園もヤバそうだ。あそこは子供が集まるから眺めるには最高の場所だけど、ハゲアフロの言うことが本気なら絶好の狙撃ポイント。遮蔽物がなく射線が通りまくるからな。


 仕方ない。今日は家に帰って、コレクションでもゆっくりと眺めようか──と思ったその時だった。


 道路脇の萌え……いや燃えないゴミステーションに、埋もれるようにして誰かが倒れている。あれは幼女? 見たところ8歳くらいの女の子だ。しかし何故、休日にランドセルを背負っているのか……?


 いいや考えるのは後だ! まずはあの子を救出しないと!


「キミ、大丈夫か⁉︎」


 抱き起こすと、彼女の口は血に濡れていた。苦悶の表情を浮かべる彼女の胸には「黒崎しのぶ」と名札が付けられてある。


 額からは玉のような汗。これはまずい、怪我なのか病気なのか判断出来ないが、とにかく彼女を病院に運ばなければならない!


 俺はポケットからスマホを抜き、119をタップする。「発信」に指が掛かったところで、彼女の手がそれを止めた。


「消防と、警察は、ダメ……」

「何を言ってる! 口から血が出てるんだぞ!」

「ダメ。とにかく、ダメ……」

「何がダメなんだよ、君を助けたいんだ!」

「なら、何もしないで。私は失敗した。組織は下手打ちを許さない。事が公になれば、わたしは消されるの」


 失敗? 組織? 下手打ち? 何を言ってるのかわからない。だけど幼い少女たちを見続けてきた俺にはわかる。彼女は決して、嘘を言っていないと。


 彼女は俺をゆっくりと押し退け、ふらつく足取りで何処かへ行こうとする。しかしそれは叶わず、地面に倒れ込んでしまった。あれなら遠くには行けそうにないだろう。


 俺は腹を括った。俺がこの日まで生きてきたのは、きっとこの子を助けるためだ。幼女が好きなのも、この子を助けるためだっだんだ。


 倒れた彼女の前に跪き、俺は彼女を抱えて走り出した。「何処へ?」という彼女の視線に、俺は真っ直ぐな眼差しで答える。


「君に何があったのか知らない。きっと俺なんかじゃあ対応しきれないことなんだろうな。でも見捨てることは出来ないから、とりあえず俺の家に連れて行くよ。その後で話を聞かせてもらうからな」

「わたしを助けるの? 何故?」

「幼女を助けるのに理由がいるのか?」

「……変な人」


 彼女はそう言うと、ふっと笑って目を閉じた。


 これが俺と、自称殺し屋「黒崎しのぶ」との出会いだった──。


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