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 朝は嫌いだ。受験生としての新たな1日が始まると思うと、RPGで苦労して倒した敵をセーブする前に消して再び戦う羽目になったような、そんな気分が高校入学以来かれこれ数年続くいているのだ。

 スマホのアラームを止め、布団から出るわけでもなく、ただただ安定しない外界を濁ったまなこでぼんやり眺めていた。

 幾度と無く鳴るアラームをその都度消し、10分程度した後ようやくベッドから降りる。「う゛あ゛〜〜〜」と意味も無く声帯を震わせる。私の理解不能な癖であった。諸々を終わらせてから朝食も食べずに家を出る。そして最寄駅から発車寸前の電車に乗り込む。いつもの朝の電車は各駅停車と言えどやはり混雑気味であった。

 今日は古典の朝の小テストの日であった。鞄からボロボロの古文単語帳を取り出し、テスト範囲の単語に目を通す。どうせ合格点なんて取れないだろうけど。

 私は暗記が苦手であった。理論的に説明されて初めて納得できる。故に理論が全く関係無い単純な暗記が苦手なのである。具体的には単語やイディオム、人名といったものだ。私は根っから理論的に理解する理系向きな人間なのであった。

 閑話休題。電車は急行が止まる駅で多くの人が降りたので少し余裕ができた。単語帳を睨みつけ、周囲から真面目な生徒に見られるように努めたが、内心ではいち早く家に帰って寝たいと願っていた。やろうと思えば途中下車して反対の電車に乗れば簡単にできるし、仮病の真似事だってきっと出来る。そうは言ってもやはり理性には逆らえない。それを実行するには技術面よりも精神面が重い足枷となっていた。

 「はぁ…」溜め息が漏れる。そしてこんなことを強いる社会と自分の理性に舌打ちをした。言うまでもなく、何も生まない全く非生産的行為であることは重々承知であった。それでもやり場のない気持ちを社会的に正しいことだからと甘受し、浮かぶ疑問から目を背ける弱い私に出来る唯一にして最大限の反抗とはこの程度なのだ。

 再び単語帳に意識を戻そうとする。しかし集中出来るはずもなく、また顔を上げ周囲を見渡す。電車の中には私以外の学生も散見される。その中には底辺高校の制服を着用し、勉強もせず堂々と喋りながらスマホゲームに興じる者も複数いる。私はずっと、そして今も彼・彼女らを見下し、ゴミに等しい扱いをしてきた。それらを汚物を見るような目で見ていた。そんな気でいた。少なくともクラスでも優秀であった中学生の頃は確実にそうであった。非難もしてきたし、きっと誹謗中傷だってしてきたであろう。しかしそのゴミ共を見る目に、少なからず羨望の念が含まれていることに、私の理性は薄々勘付いていた。故に私の尊大な理性は警告するのだ。「ゴミを見るな。奴等は社会の足枷だ。お前は大衆の中で少しでも上位に立ち、下々の者が自身を脅かす存在にならないようにしろ。旧態依然とした社会構造への反抗の芽を摘み取れ。ゴミへの羨望は偉大なる社会様への裏切りで許されざる行為だ。」と。

 私は無理矢理意識を単語帳に戻し、食い入るように見る。しかしテスト範囲全てを読み終えることなく学校の最寄駅についたため、私は本を鞄に片して電車を降りた。

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