9話 因果!

 青年の右腕から放たれる光の前に、刃を振るわんとしていたミヤと破落戸は、その動きを止めた。

 破落戸の方は完全に呆気に取られていた様子だったが、ミヤはそうではなかった。


「バカヤロー!急に飛び出して、危ないでしょーが!」


 光と共に即座に剣を鞘に収めていたミヤは、思い切り飛び上がりながら、空いた右腕を振るい青年の頭を殴りつけた。


「い、いや。君のことを守ろうとして・・・・・・」


 割と本気の力で自身を攻撃するミヤに対し、青年は弁明するが、そんな彼に容赦なく彼女は叱りつける。


「余計なお世話だから!っていうか、今守られてるのはお前だろ!」


 青年に対して全く無遠慮に言い放つミヤ。そんな二人をぼうっと見つめる破落戸。

 破落戸の手には太刀が握られたままだったが、もうそれを振るう気はないようだ。


「フン!興が醒めちまったな。まあいい、さっさと帰るぞブディ。それからそこのガキもな。ママが心配してるだろ?」


 嫌みたっぷりにミヤに捨て台詞を吐く破落戸に対し、彼女は鶏冠鷲とさかじゅの如く威嚇する。

 その時、破落戸の相方は突然動転し始め、その理由を語り出す。


「こ、この子!どっかで見覚えあると思ってたけど、フィストベット主催の闘剣とうけん大会で優勝した、ミヤって子ですよ!ほら、アニキが準々決勝でボロ負けした時の!」


 その言葉に破落戸も驚きを隠せず、掛けていた黒眼鏡から漏れるほどに、その隠れた目を大きく開かせていた。


「ボロ負けは余計だろ!そういやあの大会、ちんちくりんなガキが優勝したって話題だったが、まさかこいつなのかよ!だが、そんな実力がありそうには見えねえな?」


 相変わらず威嚇を止めないミヤを尻目に、破落戸の相方は言葉を続ける。


「いや、あん時はアニキ医務室でのびてたから知らないでしょうけど、鬼神でしたよこの子!それまでは確かに目立つほどじゃなかったですけど、決勝はバケモンみたいに圧勝でしたから!」


 その言葉を聞き、威嚇を止めて得意気になるミヤだったが、破落戸は納得できないといった様子だ。


「はっ!じゃあ、ここで試してやろうか?エンプティ自警団に入団できる強さがあるかを」


 そう言い終えた後、破落戸は太刀を構え出す。

 それを見るや否や再び鶏冠鷲とさかじゅの如く威嚇を始めるミヤ。

 その場景を目にした破落戸の相方は、慌てて言葉を続ける。


「いやアンタ、そりゃそもそも模造刀でしょうがよ!この子が持ってんのは真剣ですよ!勝負なんかしたらアンタ確実に死にますって!」


 その言葉を聞き、破落戸は一滴の汗を地面に落とす。それと同時に、ドシドシと足音を鳴らしながら南門から壮年の婦人がやってくる。


「こらあグレイ!!アンタこんなとこで何やってんだい!!」


 婦人が声を上げると同時に、破落戸は飛び上がった。

 グレイ、というのが破落戸の名のようだ。


「あっ母ちゃん!いやこれには訳があってよ・・・・・・」

「訳もへったくれもあるかい!さっさときな!ブディくんもまあ、うちの子に付き合わなくていいんだよ!」


 ブディと呼ばれた破落戸の相方は、ぺこぺこと婦人に頭を下げながら愛想笑いをしている。

 その時、婦人はミヤのことに気付き、何かを察したのか申し訳なさそうな表情で彼女に近づいていく。


「ごめんなさいねお嬢さん、うちのバカ息子が迷惑かけちまったみたいで」


 婦人は和やかにミヤに話しかけており、彼女も笑顔で言葉を返す。


「いえ、全然平気です!あたしの方こそ、グレイくんに乱暴に振る舞おうとして、ごめんなさい」


 何て感心な子だ、とミヤを賞賛する婦人の態度に対し、その息子は面白くなさそうな眼差しだ。

 婦人はそんな息子を窘めるようにその頭を叩きながら、青年の方に顔を向ける。


「あれま!かっこいいお兄さんだねえ。兄妹で旅でもしてるのかい?だったら、これでも持っていきな!」


 婦人は片脇に抱えた紙袋から緑銀檎りょくぎんごを取り出し、それぞれ一つずつミヤと青年に差し出した。


「え、えーっと、あたし達は別に兄妹じゃなくて」

「いいから遠慮せずに持っていきな!あと、これもあげるからさ!」


 ミヤの言葉を遮りながら、婦人は強引に彼女の手を取り、飴らしきものを握らせていた。


「さっき商店街の福引きした時にもらったもんなんだけど、こういうのきっと好きだろう?持っておゆき!」


 さらに婦人は続けて、電動機が搭載された車輪が四つ付いている小さな玩具をミヤに手渡そうとしている。


「え、えーっと、お気持ちは嬉しいんですけど、あたしあまり遊んでる余裕がなくって」


 喋るミヤを遮るように青年が前にずいと出て、屈みながら婦人の手にある玩具を神妙な面持ちで見つめている。


「これは……」

「あらあ、男前でもやっぱり夢中になるんだねえ。遠慮なんかいらないからね!」


 やはり婦人は強引に青年の手を取り、玩具を手渡していた。

 彼の目にはそれが単なる玩具には見えていないようだが、周りの者達はそのことに気付いていない。


「あ!こんなのんきにしてちゃ、お役場が閉まっちまうよ!ごめんなさいね、おばさんもう行かなきゃ!」

「いや役場はもう閉まってる時間だろ……頼むから無理矢理入ろうとしないでくれよ。迷惑だし恥ずかしいだろ」


 婦人は自身が引き摺っている息子の頭を叩きつつ、にっこりした表情で口を開く。


「ごめんねえブディくん、ちょっとうちの子の面倒見ててくれるかい?このバカ引きずってたら間に合わなくなっちまうから」


 へえ、とブディが相槌を打ったのを確認してから、婦人はドシドシと音を鳴らしながら南門へ向かって走り去っていった。

 ミヤはそんな婦人の後ろ姿に向かって、手を振って別れを告げた。


「ところで気になるんだけどさ、お前ギルドの団員って言ってたけど、標章つけてないじゃん。なくしたの?」


 少し嫌みっぽくミヤはグレイに尋ねる。


「うるせえな!なくしたり汚れたりするのが嫌だから部屋の机にしまってんだよ!いちいちそんなこと指摘すんな!」


 自身の母親とそれに追従する自身の相方によって尊厳を破壊されたグレイは、すっかりむくれ切っている。

 それに対しミヤはからかいつつも、無垢な笑顔を見せている。


「アニキ、そろそろ門限……」

「あーっ!こんなヤツらに構ってられねえ!今日はドゥイードの店の開店三周年記念じゃねえか!さっさと行くぞブディ!タダ酒だって言ってただろ?」


 居ても立ってもいられないといった様子でその場を後にするグレイ。

 その相方は、酒なんて飲めない癖に、と内心思いつつも付いていく。

 それに対し引き留めるように青年が声を掛けた。彼はそれまで、婦人に手渡された玩具に夢中になっていたらしい。


「教えて欲しいんだけど、このおもちゃ本当に福引きの景品だったのかな?」


 ブディは足を止め青年の方を振り向きつつも、その首を傾げている。


「あん?そんなこと、俺が知るわけねーだろ?アニキのお袋さんが持ってきたんだからさ」


 それもそうか、といった様子で青年は返答をくれたことに微笑んで感謝しつつも、再び神妙な面持ちに戻っている。

 それを見て、ブディは少し彼に興味を持ったようだ。


「なあ、あんたら見たところ風来坊みてーだが、まさかここに住むのか?さっき役場がどうのって言ってたけどよ」


 ミヤは青年に顔を向ける。彼が顔を横に振っているのを見て、彼女は口を開く。


「あたしはまあ、そのつもりだったんだけどね、しばらくは。でもおじゃんになったっていうか」


 ブディはミヤのバッジを見つめて漠然と事情を察したようだが、聞くのは野暮だと思ったのか理由は尋ねなかった。


「ここの名産ってよ、今じゃその緑銀檎りょくぎんごくらいだし、物価も跳ね上がってるわで皆食うのも結構困ってんだよな。俺もできりゃ旅してーよ」


 ブディはミヤが地面に置いた紙袋に目をやりながら、懐から緑銀檎りょくぎんごを取り出し、それに齧りつく。


「これ、皆が言うほどはマズくねーと思うんだけどな。実際問題、旅にはうってつけだぜ?腐らねーし」

「え!?マジ!?」


 ミヤはブディの発言に驚愕していた。どの情報に対してかは不明だが、信じられないといった表情だ。

 そんな彼女を横目にしつつ、彼は青年に問いかけた。


「なあ、あんたの名前って、『アル』か?」

「!」


 たわいのない問いかけに対し、何故か青年は驚愕していた。

 その様子にブディは不思議がっていたが、そんな彼に対し、青年は疑心に満ちた表情を見せている。

 それに対して、ミヤは頭の中の靄が晴れたような顔をしている。


「……どうして、そう思ったんだい?」

「え、いやなんとなくだけどな?さっきからなんか、アルって文字が頭に浮かんでよ」

「あっ、あたしも!なんか、ずっと頭に引っかかってたというか」


 ミヤは会話に割り込み、ブディに同調している。

 すっきりしたといった様子の彼女に対して、どうやら青年は萎縮しているようだ。


「なんか、気に障ったなら悪い。余計なこと聞いたかもしれん」

「いや、別に構わないよ。僕の方こそ呼び止めたりしてゴメン」


 辺りは夕焼けから薄明になりつつあり、また守衛により南門が閉じられようとしていた。


「げっやべー、俺もう行くわ!絡んだりしてすまんかった、また会えたらよろしくな!アニキにも言っとくからさ!」


 ブディは早口で二人に別れを告げながら、友人の待つ町の方へと走っていった。

 二人は彼に手を振り返し、そして閉じていくエンプティの門の姿を見守った。


「いや~こういうの、因果っていうの?また会えるなんてね!えっと、アル、だっけ?」


 すっかり馴染みであるかのように青年に話し掛けるミヤだが、その声には多少の緊張も混じっているようだ。

 そんな彼女に対し、彼は呟くように答えた。


「確かに、因果や宿命ってあるのかもしれない。たとえ人為的なものであったとしても」


 ミヤはその言葉を不可解に思いつつも、それを聞き過ごしながら尋ねる。


「あの、質問ばっかで悪いんだけどさ、どこか剣の修行ができそうな場所って知ってる?えっと、アルさん」

「アルでいいよ。あと、剣士ならローグランドがお勧めだ。そこならフィストベットの本部もあるし、その辺りはむしろ君の方が詳しいんじゃないかな?ミヤ」


 青年の返答にミヤは目から鱗が落ちる。だがそれと同時に、彼女は訝しげな視線を彼に向ける。


「あっ!あたしの名を知ってるなんて、貴様何者だ?」

「さっきの彼が言ってたよ。フィストベットの闘剣とうけん大会で優勝したって」


 そういえば、といった顔のミヤ。そんな彼女を見て、青年は思わず笑みがこぼれる。

 しかし彼女は顎に手を当てながら、何やら考え込んでいるようだ。


「う~ん、フィストベットかあ。一瞬いい考えだと思ったけど、ローグランドだっけ?あたし場所知らないんだよね。あの大会も、たまたま学校の近くで開いてたから参加しただけだし」


 ミヤが参加した大会とは、まだ彼女が義務教育を終えていない数年前に開催されており、優勝を果たせたのは授業をそっちのけにしていたからである。

 当然、それが判明した後は学校側からこっぴどく叱られており、彼女にとって大会は、嫌な思い出でも良い思い出でもある。

 そんな過去を懐かしみながらも難しい顔をしている彼女に、青年はうっすらと光を放つ、古ぼけた紙切れを差し出した。


「それなら、これをあげるよ。大体の土地のことなら、これ一枚あれば事足りるはずだ」


 それは、特殊なインクで綴られた地図だった。だが地図といっても最初から土地の位置や距離が記載されている訳ではなく、あらかじめ地図に書かれている文字を指でなぞり目的地の名前を書くことで、その場所への道のりが浮き出てくる仕組みのようだ。

 それの使い方を青年から教えてもらっているミヤは、まるで幼児のようにはしゃいでいる。


「これすご!こんなのどこで売ってたんだ?というか、タダでくれるって気前よすぎない?」


 ミヤの言葉に対し青年は右目を閉じ、左手の人差し指を立てて左右に振るという奇妙な仕草をしている。

 別に気にしなくてもいい、といった意味で行っているようだが、彼女は半笑いでそれに応えている。

 彼は一瞬浮かない顔をしながらも、微笑みながら口を開いた。


「君の指でのみ反応し、君の目でしか読めないようにしてある。君だけの地図だ」

「え、そんなことしなくていいのに。それじゃいざって時にこれで他の人と情報共有できないじゃん」


 割と真っ当な指摘をするミヤだったが、青年にも一応は何か考えがあるらしく、彼女を納得させていた。

 それから彼女は彼に促されるように、ローグランドの文字を地図に書き、その位置を地図に浮かび上がらせた。

 そこは彼女の人生において経験したことがない程に遠方にあり、彼女にとって全くの未踏の地であったが、そこへの期待に彼女は胸の高鳴りを隠せないようだ。


(あたしはあの時、確かに負けた。だから知る必要があるんだ。自分の力を)


 彼女は、義務教育を終え魔法学校に入学した後は、一度も剣の大会に参加していない。

 それどころか、手合わせといった対人の稽古すら行っていないのだ。

 そのため、今一度自身の実力を確かめる意味でも、闘剣とうけんが盛んと言われるローグランドへの遠征は彼女にとって価値があるものだろう。


「それじゃあ、元気で。君の旅が実りあるものになることを信じているよ」

「色々とありがとう!あ、お礼にこれあげる!ちょっと量が多すぎて大変というか」


 ミヤはその場を立ち去る前に、地面に置いていた紙袋から緑銀檎りょくぎんごを取り出し、半分かそれ以上の数を青年に押し付けている。

 彼は両腕でそれを受け取り、よろめきながら苦笑いで彼女を見送る。

 その光景は、まるで家族が遊山に出掛けるのを見守っているようだった。








 辺りはすっかり暗くなっていたが、そんな中、青年は去って行くミヤの後ろ姿をずっと見つめていた。


【見極めないと】


 そんな思いが、彼女の中に木霊していた。

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