8話 出会い!

 役場から出てきたミヤは、何やら大きな紙袋を抱えていた。


「う~ん、どうしよこれ。いらなかったら町の外に捨ててもいいって言うけど、それはなんか嫌だし」


 どうやら彼女は役場から出る際に、受付の女性から大量の緑銀檎りょくぎんごをお土産に貰ったようだ。

 ノルマでもあるのか、役場の人員は訪れる客に対し、友人や家族にでもと手当たり次第に緑銀檎りょくぎんごを配っているらしい。

 特に彼女の場合、これからまた旅に出るという話をしてしまったせいか、余計に押しつけられたのだろう。

 ただ、現在ほぼ文無しの彼女にとっては一応貴重な食料ではある。


「しっかし、これからどうしよかね。ここじゃ修行は無理となると、やっぱり別の町に行くしかないか。でもその前に、せめて靴は替えたいよね」


 いっそ山籠もりでもしようか、とも考えたミヤだが、この町の周辺に修行に適した山はない。仮にあったとしても今の彼女の生活力では、山での修行は難しいだろう。

 途方に暮れる彼女だったが、日もまた共に暮れそうになっている。

 それと同時に南門の守衛が、周囲の人々に間もなく門限であることを呼びかけている。

 この町では夜間は門が閉まり、原則出入り禁止となることを彼女は思い出し、慌てて町の外に出ていった。


 ミヤは今日、ギルドの登録という彼女にとって大事な目的を果たすことができなかった。

 彼女の心情は、朝に北門を通った時と、夕方に南門を通った時とでは、まさに真逆に変化していることだろう。

 これから剣士として修行ができることに心を躍らせていたのに、大した収穫もなく一日で町を去ることになったのだから。

 そんな彼女は、町の垣根を背にして腰を下ろし、何かを手に取って見つめているようだ。


「このバッジの絵、懐かしいなあ」


 どうやら彼女が昔読んでいた絵本の挿絵と同じものが、職員から贈られたバッジに描かれていたらしい。

 また、よく見るとそのバッジには文字が刻まれていた。彼女が知らない言語なのか、傷だらけになっていて判別が難しいのか、少なくとも彼女に解読はできないようだ。


「何というか、言っちゃアレだけど、ほとんどガラクタだよね、これ」


 昔からギルドでは、団員はリーダーがデザインした標章を胸か腰に付ける風習があった。

 それはエンプティのギルドでも例外ではなかった。だがそのバッジは彼女でなくとも、正式な標章とみなせるとは言い難い外見をしていた。

 そんなスクラップ同然のバッジを、彼女は徐に自身の服の左胸辺りに付けだした。


(本当はフィードバックの標章をつけたかったんだけどね。まあ、いっか!)


 自らの置かれている状況に反し、ミヤは上機嫌のようだ。

 多少の食料を手に入れたこと以外、彼女の状況は町に入る前と比べて良くなっていないのだが、あまり気にしていないらしい。

 そんな中、慌ただしく町を出入りしている労働者や学生と思われる人々に混じって、南門から少し離れた場所で何やら揉め事が起きていた。


「よお兄ちゃん、俺らにスケのこと聞くなんていい目してんじゃねえか。俺らへの当てつけか?」

「自慢じゃねーがな、アニキは生まれてこの方23年、一度も彼女ができたことねーんだぞ!」


 町の破落戸らしき男二人組が、誰かに絡んでいるようだ。


「そりゃお前もだろうが!とにかく俺たちゃ今、虫の居所がわりいんだよ。何が言いてえかって、兄ちゃんを一発殴りてえのよ」

「いや、それはアンタだけでしょ。あっしまで巻き込まんでくださいよ」


 辺りには人が大勢いるのにも関わらず、この者達の周りには不自然な程大きなスペースができていた。

 恐らくは皆、関わり合いになることを避けているのだろう。


「誤解だよ、僕はそんなつもりじゃなかったんだ。気に触ったんだったら、ゴメン。本当に、人さがしをしてるんだ」


 絡まれている者は弁解しているが、破落戸の一人は納得していないらしい。

 この者達を包む空気は悪くなる一方だが、やはり周りに仲裁を試みる人間はいない。

 その中で唯一、この状況に立ち向かっていく少女がいた。


「こらぁーっ!喧嘩なんてやめろ!周りの人達に迷惑でしょ!」


 走るのと同じように、言葉を勢いに任せて言い放つその少女は、ミヤだった。


「なんだぁ?姉ちゃん、まさか俺らに喧嘩売ってんのか?」

「いやこの子、たった今喧嘩なんてやめろって言ってたでしょアニキ」


 やけに喧嘩腰の方の破落戸は、ミヤの方を向いて威嚇する。

 その時、男の表情が変わった。


「あっ!お前はあん時のクソガキ!」

「え?あ、もしかしてあの時の?」


 その破落戸はどうやら、繁華街でミヤに足を踏まれた男のようだ。

 彼女もそれに合わせて、昼間の出来事を思い出している。


「あ~・・・・・・そういえばお昼ご飯、食べてなかったぁ・・・・・・」

「いや何言ってんだ!やっぱりお前、喧嘩売ってんじゃねえか!」


 ミヤの態度に対し男はさらに憤っている。彼女はそれに対し詫びようとしている。


「あの時はすみませんでした。お詫びにこれ、どうぞ」


 彼女は抱えていた紙袋から緑銀檎を3つ程取り出し、破落戸達の前に差し出している。


「いらねえよそんなマズイもん!つうか、それ家に箱いっぱい置いてあるから逆にくれてやりてえよ!」

「アニキのお袋さん、いつも貰ってきてますもんねえ。あっしも流石に、もう食べきれませんよ」


 破落戸の二人はミヤのことを差し置いて、愚痴話に花を咲かせている。

 その隙に彼女は、絡まれていた者の手を引いて立ち去ろうとしていた。


「あれ?ひょっとして、時計台にいた人ですか?」


 その者は、時計台の下でミヤに役場の場所を教えた青年だった。

 その時と同様に、彼は薄汚れた土気色のケープを羽織っていたが、今はフードも被っているのでミヤは彼のことに気が付かなかったようだ。

 彼もまた、今彼女のことに気が付いたのか、はっとしたような顔をしている。


「ああ、あの時の。役場には間に合いましたか?」

「えっと、まあ。ただ、あんまり結果は芳しくなかったというか。ハハ」


 ミヤは苦笑いで青年に首尾良くいかなかったことを伝えた。彼は彼女に対し少し疑問の表情を浮かべていたようだが、それはすぐ同情のための笑みに変わっていた。

 愚痴話は済んだのか、その様子を眺めていた破落戸の二人がやってくる。


「おいおいおいおい、俺達を無視して何してやがんだ?」

「いや世間話してるだけでしょアニキ。というかもうすぐ門閉まりますって」


 早く町へ帰りたそうにしている相方を尻目に、喧嘩腰の方の破落戸はミヤの格好に違和感を覚えたようだ。


「ん?なんだそのゴミは。まさか、ギルドの標章のつもりか?ガハハハハ!お前みたいなガキが、ギルドに入りたいってか?」


 破落戸の態度に思わず眉をしかめるミヤだが、構わず破落戸は言葉を続ける。


「俺はなあ、エンプティ自警団の標章をうちの爺さんから譲り受けてんだよ。お前みたいなガキのお遊びと違って、本物のギルドやってんだよ。そんな玩具の剣と違って今も残ってる由緒正しい鍛冶屋が鍛えた刀を、俺は持ってんだ。半人前ですらねえド素人のガキは、怪我しねえうちにとっとと家まで帰んな!」


 高笑いする破落戸。だがその相方の表情は青ざめている。それもそのはずで、破落戸の話を聞いたミヤは、かつてない程に凄まじい形相をしていた。


「黙れぇぇぇええええええええ!!!この剣は、おもちゃなんかじゃない!!!このバッジも、ゴミなんかじゃない!!!お前なんかに、分かってたまるかぁぁああああああああ!!!」


 ミヤは、背中の鞘から剣を取り出し、破落戸に対して構える。それを見た破落戸は、面白い、とでも言いたそうな表情で腰に差していた太刀を取り出す。

 緊迫した空気が流れる。その様子を見た人々は、一目散に逃げていく。

 誰一人として言葉を発さず、ただ風の音だけがこの場にいる者に聞こえていた。






 ミヤと破落戸が刃を交わそうと動き出したその瞬間、彼女の前に背を向けて庇うように、青年が飛び出した。

 彼は腕輪をしていたのか、彼の右腕が一瞬光を放った。

 その輝きは、彼女の前に文字らしきものを浮かび上がらせた。

 それは本当に僅かな間で、彼女にははっきりと見えていなかったのかもしれない。


 だが彼女の記憶には、『アル』の文字が鮮明に刻まれていた。



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