7話 世知辛い!

「くっそー!南って、あたしが入ってきた方向と真逆じゃん!どうせなら両方に役場置いとけっての!」


 ミヤは一人で文句を言いつつも、目的地へと向かって急いでいた。

 彼女は町の地図を持っている訳でも、まして町の地理に明るい訳でもないが、方向感覚には優れていた。

 そのためか、彼女は入り組んだ道でも迷うことなく、南門への最短ルートを通ることができているようだ。


 北門から南門までの直線距離は、成人の歩行速度で通常半日、約6時間かかる程の長さである。

 町の中心にある時計台からは約3時間かかる計算だが、人混みや障害物の存在を考慮すると、普通に歩いていては南門に辿り着くのは夜になってしまうだろう。

 また、役場でのギルド関連の受付は午後3時までである。彼女は当然それを知らないが、何でも無駄に全力を出そうとする性分が、今回は功を成そうとしている。

 しかし彼女と言えど、走りながら日中の人混みをかき分けてスムーズに進むことは容易ではない。

 恐らく受付には、ミヤの足でも本気で走ってタイムリミットギリギリ、間に合うかどうかといったところだろうか。


(なんか美味しそうなにおいがする!でもがまんだぞ、あたし)


 ミヤは現在、繁華街を通過しているようだ。

 様々な誘惑が彼女を襲うが、何とかそれを断ち切りながら人々や店と店の間を駆け抜けていく。


「いってえ!何すんだこのヤロウ!」


 どうやらミヤは道行く人の足を踏んでしまったらしい。


「すみません!急いでて、本当にごめんなさい!」


 ミヤは足を動かしつつも後ろを振り向いて、怒号を飛ばす男に謝罪の意を伝えた。

 男は不服そうな表情をしながらも、彼女の余りの足の速さに文句を言うのを諦めたようだ。

 これでも、彼女の履いているランニングシューズはかなり傷んできており、万全の状態のスピードには程遠い。


(やっば、ソールもうダメじゃんこれ!ちゃんと毎日チェックしてたのに、なんでこんな時に限って)


 もういっそ裸足で走ってやろうか、と思うミヤだったが、すぐにそれは流石に厳しいと考え直した。

 その後の彼女は一心不乱で、ただ役場に行くことだけを思いながら走り続けた。

 流石の彼女も息が上がりつつあるが、学校の試験期間の苦労を思えば何という事はなかった。

 そして遂に、彼女は南門に辿り着いた。時刻は午後2時50分。何とか間に合ったようだ。


「はーっ、ここだよね?役場って。たくさん人がいるし。早く入ろ」


 時計台の青年の言葉通り、南門のすぐ近くに一階層の大きめな建物があった。木造建築らしく、まだ建てられてからあまり経っていないようだ。

 ミヤは早速、周りの人々に付いていく形でその建物の中に入っていった。

 彼女は初めての役場で、多少緊張しているらしい。大人の来る場所というイメージが彼女の中にあるためだろう。

 だがこの町の役場は、幼い子供も一人で出入りしている。親のお使いで来ている者もいれば、遠出するために旅事証りょじしょうを自分で申請しに来ている者もいる。

 それを見た彼女は、自分より年下なのにしっかりしてるなあ、と感心しながらも、自分も負けていられないと何故か対抗意識を燃やしているようだ。

 彼女は入り口付近にあった案内板を確認したが、ギルド課の文字が目に入らなかったのか、総合受付でギルドについて尋ねている。


「えー!?フィードバックって、もうないんですか!?」


 役場中に響き渡る大声を出しながら、ミヤは驚愕していた。

 彼女の対応をしていた受付の女性は、苦笑いで詳しいことはギルド課で聞くように彼女に促した。

 あまりにショックだったのか、彼女は放心状態で受付の女性が指差した方へと向かう。


「お~い嬢ちゃん、こっちこっち」


 ギルド課の窓口から、壮年の男性職員がミヤを手招きしている。

 彼女は虚ろな目をしながら、それに応じる。


「まあ立ち話もなんだし、そっちのソファーに掛けてくれや。俺もここんとこ暇でな。何でもどんどん聞いてな」


 はあ、とミヤは気の抜けた返事をする。彼女は職員に言われるがまま、応接用と思われるソファーに腰を掛ける。遅れて職員もテーブルを挟んで彼女の対面へとやってくる。


「えーっと、嬢ちゃんはギルドに入りたいんだよな?一応、まだあるにはあるんだ。でも、あれは4年前だったか?町長に規模の縮小を命じられちまってな」


 職員の話によると、町長の交代後に全てのギルドは合併処置がなされ一体化しており、その際に団員の数も大幅に減らされたとのことだ。

 かつて町の全盛期にはギルドが10以上存在し、それらを維持するための費用を町も負担していたのだが、工業からの事実上の撤退後からは町もそんな余裕はなく、ギルド運営は町から切り捨てられた形となっていたようだ。


「全く嫌になるよなあ。町が金欠になってんのも、自分の命令のせいだろうによ。あっ、これ内緒な?ここだけの話だぜ」


 職員からすれば彼女は久しぶりの客だったからか、つい愚痴をこぼす。

 しかし職員にとって幸いか、彼女は心ここにあらずといった様子だった。それでも彼女は、話の要点はしっかり押さえていた。


「現在のギルドの状況についてはよく分かりました。それで、残っているギルドには入れるんでしょうか」


 ミヤが話を切り出したタイミングで、先程の受付の女性が、一人分のお茶と8切れに分けられた緑銀檎りょくぎんごが乗った皿を、お盆ごとテーブルの上に置いていった。


「お、やっときたか。いやあ、すまないな忙しいのに」


 職員は労いの言葉を掛けるが、受付の女性からは、暇なら自分でやれ、と言わんばかりの冷ややかな視線が送られていた。


「ま、まあとりあえずお茶でもどうぞ。緑銀檎りょくぎんごとよく合うんだよ、このお茶」


 職員は自分の分のお茶がないことに気付き、受付の女性に視線を送るが、お前の分はない、と言わんばかりの鋭い視線が返ってきている。


「ま、まあお茶がなくても美味いんだよ、こいつは。うん。ちょっと渋すぎるのが難点だけど」


 職員は若干涙目になりながらも、緑銀檎りょくぎんごを3切れ程ほおばっている。その様子に受付の女性は満足したのか、ミヤに会釈をした後その場を立ち去っていった。


「あっ、俺のことは気にせず、お茶だけでも飲んでみてくれ。冷めないうちに」


 ミヤは遠慮がちに出されたお茶に手を付ける。それは、とても心安らぐ香りを放っていた。


「おいしい!こんなお茶、初めて飲んだかも」


 そのお茶は甘みとも苦みとも違う、得も言われぬ不思議な味をしていたが、非常に口当たりの良いものだった。

 そのおかげか、ミヤはすっかり今までの疲れが吹っ飛んでいた。


「気に入ったみたいで何よりだ。町長も、こっちを新しい町興しとして使えばいいのになあ。緑銀檎りょくぎんごもまあ、需要はあるけどさ」


 ミヤは緑銀檎りょくぎんごにも手を付けるが、その味はあまり褒められたものではないようだ。一切れ口に含んだ後は、お茶で一気に流し込んでいた。


「えっと、ごちそうさまでした。美味しかったです。こんなの、昔はなかったですよね」


 ミヤはギルドの話に戻りたかったが、折角ご馳走になったのに感想も言わないのは失礼だと、彼女なりに気を遣ったようだ。


「ああ、緑銀檎りょくぎんごか?これは今の町長が外に売り出そうと広めたもんなんだがな。まあ、何故だか余っちゃってるんだよ。だからこうして、お客さんに宣伝を兼ねてお出ししてるんだ」


 逆効果じゃないのか?と思うミヤだったが、その指摘は心の中にそっとしまうことにしたようだ。


「お茶の方も凄く美味しかったです!今まで飲んだ中で一番だと思います!」


 ひとまずミヤは緑銀檎りょくぎんごの話は流しつつ、お茶の方を褒めちぎっている。それに対し、職員は少しばかり渋い顔を見せる。


「お茶の方はなあ、俺もそう思うんだが、どうも製造コストが高いとかで、あまり売りには出せないらしいんだよ。普通の番茶っぽいけど、何か工夫してるんだろうな」


 ミヤは、あわよくば茶葉をタダで譲ってくれるのでは、と虫のいい話を考えていたようだが、それは不発に終わった。

 割とケチな彼女だが、それでもひと月のお小遣いを使い切ってでも欲しいと思えるくらい美味なお茶だったらしく、かなり残念がっていた。

 その時、彼女は今の自分にお小遣いをくれる相手はおらず、お茶を買うだけの手持ちもないことを思い出し、ギルドの話を切り出す。


「あの!えっと、あたしギルドで剣の修行がしたいんです。ギルドに登録させてください!」


 その言葉に対し、職員は気まずそうに言葉を返す。


「それなんだが、うちも資金繰りが厳しくてな。昔みたいに、いくらでも人を入れられるような状態じゃないんだ。仮に登録させても、嬢ちゃんに手当を出す余裕は多分ないだろう」


 ミヤは厳しい現実を突きつけられるも、怯まず言葉を続ける。


「別にお金はなくても大丈夫です!剣の修行が第一ですから!」


 その言葉に職員は驚きを隠せなかったようだ。だがその表情はすぐに曇りだした。


「気持ちは伝わったよ。ただな、言いにくいんだが、うちのギルドではもう剣の修練だとかはしてないんだ。今あるうちのギルドの名前は、エンプティ自警団って言ってな、自警団とは名ばかりの町の何でも屋だ。しかもそのメンバーも、前町長の就任よりさらに前からギルドに所属していた、もうまともに剣も振れない古参のじいさんばかりだ。今やこの町のギルドは、今の町長がお情けで置いてる形だけの存在なのさ」


 職員の口から出る言葉に、ミヤは頭が真っ白になっていた。

 かつて幼い自分に夢を与えてくれた存在が、今では見る影もないというのだ。無理からぬことである。

 そんな彼女の様子を見て、職員は自身のスーツのポケットから何かを取り出し、彼女の前に差し出した。


「これは・・・・・・?」

「俺達が昔やってたギルドのエンブレムさ。かっこいいだろ?デスブレイダーズって名前なんだけどよ、聞いたことあるだろ?」


 それは彼女の目には、瓶の王冠をもとにした子供の手作りバッジにしか見えなかった。

 デスブレイダーズという名のギルドも、彼女には全く馴染みがないようだ。


「えーっと・・・・・・」

「いや、無理すんな。分かってるよ、俺達のギルドなんて誰も覚えてないってことくらいな。公開演舞とか、派手なことは全然してなかったしな。でも、町のガキどもには結構慕われてたんだぜ?剣士としての指導には定評があったっていうか。足捌きとか、身の隠し方とか、敵の追いかけ方とか、色々と教え教えられの関係だったけど、あの頃は充実してたよ」


 それは遊んでただけなのでは?と思うミヤだったが、指摘する元気もないようだ。


「今までさ、ずっとギルドに対して未練があったんだ。またいつか、本気でギルドをやりたいって。でも、何だか吹っ切れたよ。だからこれ、貰ってくれないか?」


 今ひとつ話の流れが分からないミヤだったが、折角の気持ちを無下にしないよう、彼からエンブレムを受け取った。


「エンプティ以外でも、ギルドがある町なんていくらでもある。だから、諦めるな。俺の分も、夢を追いかけてくれ」


 なんだかよく分からないが、ミヤは彼から何やら熱い気持ちが滾っているのを感じたようだ。


「・・・・・・分かった。あたしは、世界一の剣士になるって決めたんだ。だから、絶対に諦めない!職員さんも、お仕事がんばってね!」

「おう、嬢ちゃんもめげずにがんばんな!ここで、ずっと応援してるからな!」


 ミヤは彼に見送られながら、エンプティの役場を後にした。

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