6話 ギルドと役場と時計台!

 澄み切った夜空に、徐々に光が戻ってゆく。

 冥明鷺めいめいろの鳴き声と共に、日が地面を照らしていった。

 いつもと何ら変わりのない、美しい夜明けだ。


 ミヤは日光によって目を覚ましたようだ。ふわあーっ、と言いながら彼女は大きく伸びをしている。

 彼女は慣れない手つきで寝袋を畳み、町へ入る支度を整えようとしている。

 彼女は顔を洗おうと水栓のある場所へ向かったが、人がずらりと並んでいる。

 恐らく大半が彼女同様に旅の者で、歯を磨く者、水を汲む者、顔だけでなく全身を洗う者、様々いた。

 辺りに何箇所か水栓はあるのだが、この様子だとどこも空いていないことは容易に予想できた。


「時は金なり。さっさと行くか!」


 ミヤは自分に言い聞かせるようにして、声を張り上げた。

 家にいた時は母親に起こしてもらうのが常だった彼女だが、今日は久方ぶりに、しかも早朝に自力で起きられてご満悦のようだ。

 普段なら起床時は顔を洗い、寝癖でぐちゃぐちゃな髪を適当に直したりしている彼女だが、今日はそれを割愛するらしい。

 そもそも身嗜みを整えようにも、彼女は家を出発する際、手鏡を旅袋に入れるのを忘れている。そのことはまだ彼女は気付いていないし、気付いてもさほど気に留めないだろうが。

 そして彼女は元気よく、町の門の方へ歩き出していった。

 だが何十歩か歩いてから、彼女はうっかり剣をそのままにしていたことを思い出し、大慌てで元の場所に戻っていった。

 幸いにも剣は無事で、ホッと彼女は胸を撫で下ろした。


「あぶない、あぶない。もしこれで剣なくしましたって言って家に帰ったら、絶対お母さんに笑われてたな。本当、しっかりしなきゃな」


 自身の、世界一の剣士になるという覚悟を、ミヤは改めてその胸に刻んだ。

 それから彼女は剣を背負い、町の門へと向かう。

 門はとっくに開いており、既に町の中はがやがやしていた。





 この町、エンプティはかつて工業地域として盛んな場所だった。

 その中でも刃物、特に剣の製造に力を入れた町工場がいくつもあり、数多の剣士が屯する町として有名だった。

 しかし、4年前の町長交代を転機とし、農業など自然に関わる仕事を増やすよう、町は方針を転換させている。

 そのおかげで、町には緑が増え景観は良くなったが、工業は大きく衰退し、町の収入は激減した。

 それでも町は豊かであると言える範疇にあり、未だに多くの人が集まってきており、活気がある。

 ミヤもしばらくは、ここで腰を落ち着けて剣の修行に励むつもりのようだ。


「さて、まずはギルドに登録しなきゃね。前にあたしが見学させてもらったとこは、っと」


 ミヤは記憶を頼りに、以前に自分が世話になったギルドの集会所へと向かっていた。

 ギルドは複数存在していたが、彼女はフィードバックという名のギルドに加入するつもりらしい。そこは彼女にとって特に思い入れが強いようだ。

 その道中で、彼女は違和感を覚えた。

 それもそのはずで、町の様子は以前に彼女が訪れた時と比べて大きく変化していた。

 かつては殺風景だった町の広間は、何十本もの緑銀檎りょくぎんごの樹が植えられた果樹園と化しており、またエンプティの要と呼ばれた巨大な製鉄工場は、既に取り壊され庭園となっている。

 彼女は戸惑いながら町中を進んでいく。

 彼女が最後にこの町に訪れた時には、まだ個人経営の鍛冶屋がそれなりに残っていたのだが、現在ではほとんど見受けられない。


「こういうの、千変万化って言うのかな。鞘をタダでくれたおっちゃんが居た鍛冶屋さんも、畑になっちゃってる。あれから2年、か」


 ミヤは様変わりした町を見て、感慨に耽っているようだ。

 恐らく彼女は、今の自分の状況と町の状況を重ねているのだろう。

 己の望みだったとは言え、つい昨日まで魔法学校の学生だった自分が、家から出て自立しようとしているのだ。

 もちろん彼女は、それに対し憂慮などはしていない。周りの環境も自分自身と同じように、一緒に変わっていっているのだと、むしろ安堵しているようだ。

 彼女は鞘を譲ってくれた鍛冶師に挨拶ができないことに淋しさも抱いたが、前向きに考えることでそれをなくそうとしたとも言える。


「まー、色々あるよね!世の中って。あたしにはよく分かんないけど、あたしはまず自分にできることをしてかなきゃ」


 ミヤは相変わらず大きな独り言を言いながら、ギルドの集会所を探していた。

 しかしやはりというべきか、ギルドは見つからない。町の変化云々を除いても、2年も経っていればギルドの運営状況は変わるものだからだ。

 彼女は一旦足を止めて、何か考えているようだ。


「う~ん、こういう時って確か・・・・・・そうだ、役場だ!困ったらとにかく役場へ行けってお母さん言ってたな」


 両親の用事で彼女が初めてこの町に来た時に、道に迷ったり落とし物をした時は役場の人間に聞くように母親に言われたのを彼女は思い出したようだ。

 どの地域の役場でも基本的に、ギルドのような荒っぽいイメージの付き纏う団体とは縁を持たないことを指針として掲げている。

 だがこの町のギルドは、傭兵稼業などは行わず剣の武芸を磨くことを信条としているため、特例として町と直接関わることを許されている。

 そのため、この町では役場にギルド課なるものがあり、ギルドの登録者の管理や活動場所の提供などを行っているとのことだ。

 当然ながら、彼女はそれらのことを把握していない。しかし偶然にも、役場で聞くという彼女の判断は最良であると言える。が、彼女は肝心の役場の場所を知らない。

 両親とこの町に来たついでに役場の場所を聞いていれば、と思う彼女だったが、元々自分が社会勉強のために両親に連れて来られていた事実に気付いていないようだ。

 両親の目論見に反し、一人で勝手に鍛冶屋やギルドの公開演舞の見学に回っていた幼い頃の彼女は、自分でも気付かない内に剣の魅力に取り憑かれてしまったのだろう。

 謂わばこの町は、ミヤという人物の形成に一役買った、ある種の傍迷惑な存在なのだ。


「ふぁ、っくしゅん!うぅ、最近ちょっと冷えてきたし、さっさと役場行きたいなあ。そこならたぶん暖房設備かなんかあるでしょ」


 まだ朝早く気温が低いのもあるが、鍛えている割にミヤは寒がりである。寒さを紛らわすのを兼ねて急ぎ足で役場を探す彼女だが、それはただでさえ燃費の悪い体質だというのに、無駄にエネルギーを消費していることを意味する。

 ここで忘れてはならないのは、彼女の所持金は28シルということだ。その上まだ彼女は収入がないため、今日を生き抜く食料を手に入れるのもままならない状況だ。

 ハナから貰った握り飯の残りは、いつの間にか全て平らげてしまっているらしい。彼女はまたしても危機に陥っている。尤も、彼女はまだ空腹ではないため、そこまで深刻には考えていないようだが。


 ひとまず彼女は町の中心にある丘まで移動したが、役場らしい建物は見つからない。そこには背の高い三つ足の古びた時計台が一つあるだけで、他に特筆すべきものはなさそうだ。

 だがそこは見晴らしが良く人通りも他より少ないため、町全体を見渡すにはちょうど良い場所だった。


「えー・・・・・・っと、どれだよ役場。おっきい建物だと思うんだけどな、というか本当にある?鍛冶屋さんみたいに潰れてなくなってんじゃなかろうか」


 そもそもミヤは役場の建物がどんな形かも知らないので、他と見分けがつかないらしい。とうとう彼女は手詰まりのようだ。

 自立を目指す彼女は、人にものを聞く、という行動をなるべく取りたくなかったようだが、遂に意を決して周囲の人間に声を掛けることにした。

 しかし彼女のいる場所からは、いつの間にかほとんど人の気配がなくなっている。

 そこは時計台があるためか、町の人々の待ち合わせ場所として使われているようで、先程彼女が町を見渡している間に皆、目的を果たして去ってしまったのだろう。

 その時、ふと彼女は時計台に目をやると、その針は間もなく正午を指し示そうとしていた。


「げ、もうお昼!?まずい、何も進展してないじゃん」


 流石の彼女も焦りの表情を見せる。この町のギルドの集会は、基本的に夜には行われないことを彼女は過去のリサーチで把握していたからだ。

 この町では、ギルドの登録については集会所ではなく役場で行われているのだが、その役場も夕方までしか開いていないため、実際彼女にとってまずい状況だ。

 彼女は昨夜以来の危機に、再び直面していることに気付き始めたようだ。彼女としては、まだ空腹ではない、冷静に頭が回っている今の内に何とかしたいところだ。


「・・・・・・あれ?あんな人、さっきまでいたっけ」


 ミヤは、時計台の下に誰かいることに気が付いた。

 そこには古風な、悪く言えば薄汚れた土気色のケープを羽織った青年が佇んでいた。

 その青年は待ち人でもいるのか、その場から離れる気配はない。

 これはチャンスと思い、彼女は青年に声を掛けた。


「あの、すみません。役場の場所を教えてくれませんか?」


 青年は特に驚いた様子も見せず、ミヤの顔を真っ直ぐに見据えながらその問いに答えた。


「役場なら、南側の門のすぐ傍にありますよ。大きな平屋なので見たらすぐ分かると思います」


 丁寧で簡明な青年の返答に、彼女は一気に道が開けた気分になっていた。


「ありがとうございます!本当に助かりました!」


 ミヤは頭を下げて感謝を述べ、青年が相槌を打ってからすぐさま南へ向かって飛び出していった。

 青年は走り去る彼女の後ろ姿をじっと見つめていた。

 そして時計台は、正午を告げる鐘の音を町一帯に鳴り響かせていた。



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