5話 友朋!

 ミヤはハナの手を取って立ち上がり、少し気まずそうにしていた。

 彼女は目線を僅かに逸らしながら、ハナに語り掛ける。


「確かにお前がそいつをどうしようが、あたしに関係なかったな。悪かった、もう邪魔しないよ」


 ミヤはハナが抱える袋を見つめながら、言葉に反して少し名残惜しそうな表情をしている。

 袋からは、何も状況を理解してなさそうに雷底らいていの幼体が顔を出していた。

 ハナはそれを袋の奥へと押し戻す。


「ミヤ、これから剣の修行をするんでしょ?だったら、こんなところでのんびりしてちゃ時間が勿体ないよ。お腹空いてるんなら、ちょっとくらいご飯分けてあげるから」


 そう言いながらハナは、捕獲袋とは別の袋から取り出した握り飯をミヤに差し出した。米が好物なのに加え空腹が限界にきていた彼女は、涎を垂らしながらそれを見つめている。


「ごくり・・・・・・でもいいのかよ?お前んちも貧乏なんだろ?」


 ミヤは握り飯から一切視線を動かすことなく、瞬きもしないまま口だけ動かしている。その様子にハナは若干たじろぎながらも、答えを返す。


「いいから食べて。あ、全部食べないで少しは携帯した方がいいよ。この先何があるか分からないし」


 ミヤは人前であることなど気にせず、握り飯を凄まじい勢いで貪り始めた。

 彼女は何やらハナに感謝の言葉を述べているようだが、食べながら喋っているのでよく分からない。

 そんな彼女を、ハナは微笑みながら見ていた。


「そういや、どうしてあたしが剣の修行をしに行くって分かったんだ?」


 ミヤは握り飯を食べ終えてから、唐突にハナに疑問を投げ掛ける。


「えっ、いや剣を背負ってたし、こっちは学校と反対の土地なのに野宿してるってことは、そういうことなのかなって。明日も学校あるし。ほら、ミヤもよく旅に出たいって漏らしてたよね?」

「そういやそっか。やっぱハナは凄いな。観察眼も優れてるというか」


 少しばかりしどろもどろな話し方をするハナだったが、ミヤはそれに対して特に気にせず、納得したようだった。


「それじゃミヤ、わたしもう行くから。ミヤも元気になったのなら、町の近くまで行ってから休んだ方がいいよ。エンプティは結構治安いいし。この辺だって安全とはいえないからね」

「確かに、近くにこんな強いハンターがいるって分かってたら、こんなとこで寝てないって」


 二人は笑いながら別れの挨拶を済ませようとしていた。

 ハナは何やら思い出したかのようなそぶりを見せながら、懐から何かを取り出す。

 ミヤは一瞬警戒したようだったが、すぐその必要はないと理解した。


「これ、ミヤにあげる。荷物にならないと思うから」


 ハナはそう言うと、彼女に髪留めを差し出した。

 それには、先程の勝負に使っていた短剣と同じような模様が入っている。


「いやヘアピンって、あたしめっちゃ髪短いんだけど。お前がつけた方が絶対有意義だろ」

「いいから持ってって。わたしには、もう必要ないから。ミヤに持っていてほしいの」


 ミヤは明らかに困った顔をしながらも、好意を無駄にしまいとハナから髪留めを受け取った。


「うーん、でもなあ。あたしこういうの使ったことないし、どうしたらいいか分かんないや」

「じゃあ、わたしがつけてあげる。ミヤも女の子なんだから、ちょっとくらいおしゃれしないとね」


 母親みたいな事を言うな、と思いながらミヤは背後をハナに任せた。

 ハナは彼女の後ろ髪に、先程の髪留めをパチンと挟んだ。それは小さな子供にも人気なタイプの髪留めだった。


「うん!似合ってるよミヤ。こんなに可愛いなら、普段からもっと服とかファッションにこだわればいいのに」


 恐らくはお世辞だろうが、ミヤは満更でもないようだ。照れくさそうに顔を赤らめている。


「え~?邪魔くさいし別にいいよ。やっぱ機能性が一番だし。安くて丈夫なのが一番だって!」


 ハナは残念そうに苦笑いしている。だがその顔には、どこか憂を残しているようにも見えた。


「もし邪魔になったら、そのヘアピン取ってもいいよ。でも、なくさずに持っててほしいの」

「当たり前だろ?ずっと大事にするよ。これを、ハナだと思いながらね」


 ミヤは口元をにぃっとさせて、ハナに顔を近づけながら言った。

 ハナの顔から憂はなくなり、目線を下に向けながらもじもじしている。


「えっと、と、とにかくわたしもう行くから!ミヤ、剣の修行がんばってね!」


 ハナは袋を抱えながら、駆け足でミヤの前から去って行く。

 ハナの後ろ姿に向かって、ミヤは大声で叫ぶ。


「おにぎり、ありがとなー!ヘアピンもー!いつかお礼するからなー!」


 ミヤの辺り一帯まで轟く声に、ハナは背を向けながらも左手を大きく振って応えた。

 その際ハナの荷物も再び顔を出し、ミヤとの別れを惜しんでるかのように頭の提灯を揺らしていた。

 それは月の輝きにも及ばない微かな光だったが、彼女はその光がなくなるまで見つめていた。


 以前までのミヤは、あまり他人について深く関心を持つことはなかったのだが、今はそうでもないらしい。

 どうしてハナがハンターのような事をしているのか、何故あれだけ強いのに今までそれを誇示してこなかったのか。

 他にもハナに対する色々な想いが彼女の中に渦巻いているようだったが、友の詮索などすべきではない、まず自分の事をすべきだと結論が出たようだ。

 それから彼女は、持ってきたマグボトルで湖の水を汲み、再び町へ向けて出発した。

 ハナの握り飯のおかげか、彼女はすっかり元気を取り戻している。

 また、道中で汲み水に口をつけた彼女は、美味しさのあまりかさらに力が漲っていた。

 湖から町までは、家から湖までの距離の倍以上あるのだが、彼女はハナが去ってから一刻ちょっとの時間で町の付近にまで辿り着いた。

 しかし町の門は、夜間は閉ざされている。まだ夜明けには時間があるので、彼女はその周辺で休息を取ることにした。


 町の周辺は、ミヤと同じような旅の者、それを相手にする商売人などで、夜中相応ではあるが賑わいを見せていた。

 彼女にとって夜間の町は初めてだったので、新鮮な気分でその様子を眺めていた。

 また、門から少し距離があるが、ぽつぽつと一軒家も見受けられた。

 今まで彼女はそれらを意識したことはあまりなかったが、自分の家と似たものを感じたのか、彼女はそこに近寄っていく。

 それはごく普通の家のようだったが、どうやら宿もやっているらしい。

 看板に書かれている料金を確認すると、一泊一食で40シルとのことだ。

 地域にもよるが、ミネラル水1リットルの相場が8シルのため、宿としてはお手頃な価格設定だろう。

 だがミヤの銭袋に入ってる額は28シル。彼女はギルドで旅の生活費を稼ぐつもりのようだ。

 元々宿なんて取るつもりなかったし、とでも言わんばかりに彼女はさっさとその場を立ち去り、適当な場所で寝袋を広げていた。


 旅袋と大事な剣を盗まれないよう傍らに置きながら、まだ見ぬ明日を夢見て彼女は眠りについた。








「・・・・・・よし、もういいかな」


 とある水辺に、どこかで見たような人影があった。


「ほら、行きなさい。あなたはまだ、水がないとつらいでしょ?これからは人の目に付かないよう、気を付けてね」


 とある魔法学校の才女はそう言いながら、捕獲袋の中身を外に出した。

 彼女もまた、変人の一人だったようだ。

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