4話 剣!
夜空には満天の星が見えていた。
住宅が密集した地域から少し離れた自宅からミヤは歩き続けて、まもなく一刻になる。
彼女は自身の通う学校とは反対の方向に向かっており、その先には剣士が集うギルドと呼ばれる団体を始めとした、多くの者が滞在しているエンプティという町があるのだ。
その町に行くのは彼女にとって初めてではなく、自身の将来設計を思い描くため過去に何度か足を運んでいる。
彼女にとって今回の町への移動は、大変な学校生活からの解放であると同時に、世界一の剣士になるという目標へ近づくための第一歩であるため、その足取りは軽いものであると予想できるのだが、どうやらそうでもないらしい。
「うぅ、お腹減ったぁ・・・・・・。晩ご飯、食べてから家を出るべきだったかも」
いくら志が立派でも、腹が減ってはなんとやら。彼女は行動するためのエネルギーが切れかかっているようだ。
〈何でもボックス〉から持ってきた荷物には、食料が何もない。ついでに水も。
辺りは原っぱで、目に付くのは多種多様な珍しくもない木々と、まばらに点在する二つ三つの小屋だけだ。
何本かの木は実を付けていたが、その中に人が口にできるものはない。どのみち、どれも彼女の背では届かない高さに生っている。
小屋の一つは灯りがついていたため、訪ねれば食料を分けてもらえる可能性はあったが、そんなことは彼女のプライドが許さなかった。
「がまん、がまん。この先想像もつかない困難があるって、お父さんも言ってたじゃん。これくらいで挫けてたまるか」
旅に出て僅か一刻、彼女は初めての苦境に直面している。
たかが空腹と侮るなかれ。全ての生物は燃料が切れると、死ぬ。彼女は生命の危機に陥っているのだ。
そこが人里であれば、倒れてしまっても誰か助けてくれるかもしれないが、生憎ここは町の外れである。
そのことは彼女も理解できているはずだが、何でもできて当たり前にならなきゃ、という母親の言葉が強く響いており、人に頼る、まして自宅に蜻蛉返りなどできるはずはなかった。
そんな中、彼女は目線を下にやると、頭の突起から提灯のようなものをぶら下げた薄茶色で奇妙な生物が地面に突っ伏していた。
これは、
成体は味が落ちるが、それでも町で珍味として高値で取引されている。
彼女も今まで誕生日など特別な日にしか口にしてこなかったが、その味の虜になっていた。
「こ、これって
それはお世辞にも愛らしいと言える見た目ではなかったが、その価値の高さから過去にハンター達に乱獲されており、大きく数を減らしていた。
「・・・・・・まあ、いっか。町まで行けば、食べ物くらいいくらでもあるし。あんたも、がんばって大きくなりなよ?じゃね」
なんと、彼女は折角のご馳走を前に立ち去ってしまった。
ハンターでなくても、捕獲して食料にするか金銭に換えるというのに。
誰の目からしても、彼女の行為は理解ができないだろう。
それからミヤは歩みを続け、程なくして遠目に地面が輝いているのに気が付いた。
一体何だろう、と誘い出されるように彼女はそこに向かって行った。
そこは、大きな湖だった。水面には月が輝いており、幻想的な美しさを醸し出していた。
風情など理解できないであろう彼女も、その様に思わず心を奪われていた。
「ほわー、なんか心が落ち着くなぁ。もう今日はここで寝ちゃおっかね。水も汲めて、休憩地点にちょうどいいし。でもこんなとこに、湖なんかあったっけ?まあいいか」
彼女は空腹のためか、今まで自宅で行っていた日課である剣の訓練もせずに、旅袋に折り畳んで入れてあった寝袋を取り出し、野宿の準備を進めていた。
その時だった。
「どうしたの?こんなところで」
ミヤの背後から語り掛けてくる人影は、シルディニア魔法学院の才女である、ハナだった。
声がするその瞬間まで全く人の気配など感じなかったミヤは、驚きのあまり飛び上がった。
「のわあ!?な、ハナ!?なんでこんなとこにいんだよ!?はー・・・・・・心臓止まるかと思った」
「ゴ、ゴメン。ちょっとわたしもこの辺に用があって、たまたまミヤを見かけたから、つい・・・・・・」
そう言うハナの後ろには、うごめく捕獲袋があった。
袋の口からは、先程ミヤが見つけた
「あ!おい、そいつをどうすんだよ?」
ミヤからの問いかけに対し、珍しくハナは鋭い目つきになっている。
「どうって、そんなことミヤには関係ないよね?それに、知ってどうするの?」
普段と違い、抑揚のない声でハナは言葉を返す。ミヤは呼吸も置かずに言い放つ。
「そいつを逃がせ。まだ赤ちゃんだぞ」
静かながらも、ミヤの言葉には怒りが籠っていたようだった。
そんな彼女の様子を察知したハナは、何かを構えるように体勢を変える。
「ミヤ。わたしにも生活があるの。こうしなきゃ、皆食べていけないから」
「え?お前、金持ちだろ?ダントツで頭いいじゃん、あの学校で。なんか事情があるなら、話し」
ミヤの言葉を遮るように、ハナは懐から得物を取り出す。
それは短剣のようだ。柄に珍しい模様が入っている。
「あなたも構えて。背中に、剣があるでしょ?あなたが今まで話してくれたことが嘘じゃないなら、この状況を打開してみて」
「は、冗談だろ?なんでお前とそんなことしなきゃいけないんだよ。どうしたんだよ、お前いつもと全然違うじゃん」
ハナはミヤの問いかけに何も返さず、黙ったまま刃を彼女に向けていた。
その様を見て、彼女も渋々背中から得物を取り出す。
それは彼女の体格からすると大柄で、両刃という扱いづらそうな剣だった。
だが、彼女は普段鍛錬を欠かしていなかったため、それを振り回すのは苦ではない程度の筋力を身に付けていた。
彼女自身、運動に関しては誰にも負けないという自負があったため、どうしたらハナを怪我させないように場を収められるか、そればかり考えていた。
ミヤは剣を構え、ハナと目を合わせる。
その時、ハナはミヤの目の前から消え、彼女の喉元に短剣を突きつける。
勝負はほんの一瞬だった。何が起きたか彼女には理解できず、声を上げることもできなかった。
「どう?ミヤ、これでわかったでしょ。他人のことに安易に首を突っ込むものじゃないって」
ミヤはその場で崩れ落ちる。足の速さも、腕力も、誰にも負けないくらい鍛えたのに、何度も賞を取ったのに、まるで敵わなかった。
油断していた、空腹だったというのもあるかもしれない。だがそんなものは、勝負の世界で言い訳にならないことは彼女も理解していた。
「ハナ、お前そんな強かったんだな。学校ではお淑やかにしてたのに。他の連中が知ったら驚くだろうな」
ミヤの言葉を聞き、地べたに座り込む彼女にハナは手を差し伸べる。
「別に隠してたわけじゃないけどね。それに今の勝負だって全然フェアじゃないし。たわむれってやつだよ、これ」
ミヤとハナは、互いに笑みを浮かべていた。
それは彼女達にとって、ひょっとすると初めての出来事だったのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます