3話 旅立ち!
「さっきから何だ、騒々しい。折角早帰りして、下ろし立ての新型リラクゼーションマシンの調子を確かめてたところを」
二人の論争を聞きつけ、ミヤの父親が参上する。
「あらお父さん。ごめんなさいね、この子がわがままばかり言うものだから。起こしちゃったかしら?」
「あっ、クソオヤジ!いつも帰ってくるの遅い癖に何でいるんだよ!」
ミヤも年頃の女の子だ。父親を目の敵にするのはおかしなことではない。
だが今日は母親にコテンパンにされたせいか、普段よりさらに敵意を剥き出しにする。
「こんのクソオヤジがぁ!おめーのせいでお母さんに無茶苦茶怒られただろうがぁ!だいたい、おめーがあんな学校に行かせようとか言い出すから、あたしはこんな苦労してるんだよ!」
「こら!お父さんに向かってなんて口きくの!もう、この子はさっきから・・・・・・お父さんからも何か言ってやって下さい!」
父親は、普段通りの無愛想な顔を崩さずに娘に語り掛ける。
「ミヤ、お前は立派な剣士になりたいんだろ?世界一の、最強の人間になるんだろ?」
ミヤは不可解な面持ちで父親を見つめる。
「あぁ?前からそう言ってるだろ。その年で、もうボケたのかよ?クソジジィめ。あ、だからひとを魔法学校なんか通わせてんのか。なるほどねぇ~。ボケた父親を持つと、娘も大変だわこりゃ」
「ミヤ!いい加減にしなさい!」
割って入ってくる妻を鎮めつつ、彼は言葉を続ける。
「それなら、ミヤ。最強になるためには、どうすればいいと思う?」
「はあ?旅に出て修行する以外にあるわけねーだろ。何事も努力こそ近道だって、おめーが言ったんだろ?ボケジジィ」
彼は全く表情を変えずに続ける。
「その通りだ。だが、それだけでは不十分だ。たとえ剣の腕だけ世界一になったとしても、それじゃ最強とは言えない」
「はあ~?何じゃそりゃ。まさか人間性とか、人格とか、そんな話を持ち出すつもりか?マジで勘弁してくれ」
ミヤはこれまでにないくらい、深く眉間に皺を寄せている。
もうさっさと終われ、と言わんばかりに舌打ち混じりで視線を斜め上に向けながら。
だが彼は構わず、自身の考えを述べる。
「違う。もしお前が旅に出るなら、この先、誰にも思いも寄らないような困難が待ち受けてるはずだ。修行のための旅であっても、剣の腕を磨くことだけに集中できるとは限らない。剣の道だけでも苦しいのに、他にも多くの問題が発生することも考えられる。それらを解決しようと思っても、剣の腕だけではどうしようもないんだ。興味のないことでも、いつか必ずお前に困難となって襲いかかる。どんな苦痛なことでも耐えられる根性を身に付けられるよう、お前を学校に通わせてるんだ」
僅かに父親の言い分を理解したミヤだったが、すかさず言い返す。
「だからって、よりによって魔法学校なんかに通わせる必要ねーだろ。嫌なことにも耐えられるようになるための勉強、ってんなら他の学校でもいいじゃん」
彼は、まるで娘がこう言い返すのを見越したかのように答える。
「この世には確かに魔法が存在する。それはお前が最強となる上で、確実に障害となるだろう。敵に抗すには敵を知ることから、とも言われている。たとえ魔法が使えずとも、魔法の知識は必ずお前にとって力になる」
「でもさぁ、あたしじゃ絶対、あの学校卒業できないよ?試験どころか、出席日数も怪しいし。この10代の貴重な時間を勉学に費やそうっていうのは、やっぱ非効率じゃない?体鍛えるなら、この時期が重要って言うし」
ミヤはもっともらしい反論を父親にぶつける。これは彼にとっても予想外らしく、言い返すのに時間を食っている。
「それにさ、やっぱ魔法なんかないって。うちの学校ってその筋じゃ有名らしいけど、誰も魔法なんて使えないよ?使えたとして、そんな凄いのあるわけないって。もしあったら、もっと世界は発展してるでしょ。あとこれ、学校で習ったことだけど、時は金なり、善は急げ。教科書にも書いてあるんだけどさ。賢いお父上様なら、この言葉の意味も当然知ってるよね?」
彼は、まるで一本取られたかと言わんばかりの表情で娘を見つめる。
「じゃあミヤ、お前はどうしたい?これは、大事なことだ。今後のお前の人生を決めるのは、お前自身だ」
父親から、何かこれまでとは違う雰囲気を感じ取ったミヤは、改まった様子で言い放つ。
「あたしはやっぱり、旅に出たい。剣の道を極めたい。・・・・・・誰かのためとかじゃなく、自分のために。身勝手な言い分に聞こえるかもしれないけど、あたしには、これしか思いつかないから」
彼は周りに聞こえないよう、そっと溜め息をつく。
「わかった。お前の好きにするといい」
「ちょっとあなた!」
彼は狼狽える妻を宥めながらも、視線をずっと下に向けて動かない娘をじっと見ていた。
まるで過去にもこんなことがあったかのように、感慨に耽っているようだ。
「ミヤも、もう子供じゃない。もう自分で判断して動けるようになる必要がある。これは、いい機会だよ。親がどうこう言う時期は、もう過ぎたんだ」
母親は何も言わず、ただ真っ直ぐに娘の瞳を見つめる。
「お母さん、ごめんなさい。勝手なことばかり。あたし、本当は何もできないのに」
母親は娘の頬を両手で強く叩き、その顔をぐいと持ち上げて自らの想いをぶつける。
「しっかりしなさい!今からあなたは、一人の大人なんだから。何でもできて、当たり前にならなきゃいけないの!まだ何も経験してないのに、今そんなんじゃ、どこ行っても馬鹿にされるわよ!」
ミヤは潤んだ瞳を右袖でぐいと拭い、母親の瞳を真っ直ぐに見つめる。
「うん、わかった。あたし、部屋に戻って剣とってくるね。ちょっとだけ待ってて」
ミヤはゆっくりと踏みしめるように階段を上り、自室に戻って荷物をまとめる。
荷物は全て、以前に自身の小遣いで購入した旅袋にまとめて詰め込んだ。
剣と、それが収まった背中の鞘を除いて。
5分もかからずに出発の準備が済んだミヤは、慣れ親しんだ自室から出て両親の待つ玄関まで降りていった。
彼女は両親の視線から逃れるようにすぐ扉を開き、3人で外に出る。
辺りはすっかり暗くなっていたが、空は雲ひとつない晴夜だった。
「じゃ、二人とも、もう行くから。必ず、世界一の剣士になって戻ってくるからね!」
「ああ。でも学校はひとまず、休学という扱いにしてもらうからな。
「世界一よりもね、あなたが無事でいてくれる方が、私達にとって大事なの。辛かったら、すぐに戻ってきなさいね!」
3人は手を振りながら、別れを済ませた。やけに呆気ないようにもとれるが、実際は3人とも、別れの挨拶など考えていなかったのだろう。まさか今日、こうなるなんて誰も予想していなかったのだから。
ミヤはゆっくりと歩みながらも、着実に家族の元から遠ざかっていった。
「・・・・・・いってきます。お母さん、お父さん・・・・・・元気でいてね」
これまでずっと住んでいた、自宅の窓から出る光を振り向き様に目に入れながら、ぽつりとミヤは呟いた。
二人は娘の旅立ちに対し、それぞれの想いを口にした。
「あの子、本当に大丈夫かしら。いくらこの辺りの治安が良いとは言っても・・・・・・」
「大丈夫さ。ミヤは、意外としっかり者だ。君に似てな。それに、あの剣があるんだ。薄情なライドと違って、きっと戻ってくるよ」
彼女は夫の言葉を聞き、さらに沈んだ表情になっていた。
「・・・・・・あなた、あの子のことは・・・・・・」
「ライドのことか?あいつもな、恐らくだけど生きてる。何となくだが、わかるんだ。あいつとミヤが重なるのは俺にも感じたけど、だからこそわかるんだ。二人とも、必ず無事に帰ってきてくれるってな」
「・・・・・・誰かのためにじゃなく、自分のためとかって言ってたけど、ミヤは本当に優しい子だから・・・・・・ヒカリダニすら潰せないような子なのよ?そんな子が人を斬ったりなんて、できるわけがない・・・・・・」
「そうだな。でもミヤもきっと、ライドと同じ気持ちで旅立ったんだ。俺たちを楽させたいって。俺たちのことを、誰よりも強くなって守りたいって。どんな形であれ、そのうち強くなって俺たちに会いに来るさ。きっとな」
二人はミヤの姿を最後まで見送った後、家の中に戻った。そこで、今日までずっと口にしていなかったミヤの兄の名を出し、長らく封印していた想いをリビングで語り合った。
「あなた・・・・・・ミヤも出て行っちゃって、今夜はなんだか、寂しい。」
「え。いや明日は早いし、腰が痛いって前から言ってるだろ?」
「だから家計が苦しいのに、あのマシン買ってあげたんでしょ?」
「いや、うん。それはありがたいんだけど、今日はちょっと・・・・・・」
「ふーーーん。そう。じゃ、たまには私も、街にでも出かけようかな?」
「それはやめてくれ!いや、えっとだから・・・・・・」
「ふふ、大丈夫。今日は私にまかせて♪」
(二人とも、どっちでもいいから、早く無事に帰ってきてくれぇ・・・・・・世界一とか、どうでもいいから・・・・・・)
今宵はいつもより、さらに長く続く。
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