2話 お説教!

 とぼとぼとミヤは家路に就いていた。

 もう勉強なんてしたくない、何のために学校なんてあるのだと彼女は自問する。

 空も彼女に呼応するかのように黄昏れている。

 自宅に着いた彼女は手も洗わず、2階にある自室のベッドにうつ伏せで倒れ込む。


「あ~、だるい。何であんな学校に行かせようとしたんだ、うちの親どもは。なんか腹たってきた。お菓子たべよ」


 ミヤは部屋にある雑貨入れ、彼女曰く〈何でもボックス〉を漁るが、めぼしい食べ物は見つからない。

 仕方ない、と彼女は部屋を出て、リビングにて目的の品を探すため動き出した。だがお菓子は切らしているようだ。


(あちゃ~、お母さん、もうご飯作ってら。冷蔵庫に近づけないじゃん)


 冷蔵庫の中を漁ろうとキッチンを覗くも、ミヤの母親は夕飯の支度をしているらしい。

 ミヤはお菓子を諦めて自分の部屋に戻ろうとすると、


「あれ、ミヤ?帰ってるならちゃんと、ただいまくらい言いなさい!」


ミヤは母親に見つかってしまった。

 包丁片手に山岳空魚さんがくくうぎょを捌こうとしていた母親の前に、おずおずと彼女は顔を出す。

 ちなみに、この魚は非常に生臭く、これの煮付けは子供の嫌いなおかずナンバーワンによく挙げられる。

 無論、彼女にとってもそれは例外ではない。


「ゴメ~ン、ちょっと疲れてて、眠くなってさ。部屋でぐったりしてたの」

「ふーん。それよりミヤ、今日の試験はどうだったの?」


 試験結果は、校内のエントランスに試験当日に張り出される。

 1学年につき約600人分の採点は、1時間足らずで済んでしまう。

 当然ながら人力で行っている訳ではなく、特殊な機械を用いて記述も含めた解答をチェックしているらしい。


「えっと、たぶん、ダメ、だったかな?ハハ。まあでも、採点ミスってこともあるし」

「今まで学校で、そんなことなかったでしょ?はあ・・・・・・まったくもう。最初のはやっぱり、ビギナーズラックだったのかしらね」


 ミヤは怪訝そうにしながらも、何も言い返せず床を睨み付ける。


「そんな調子じゃ、お情け卒業まっしぐらよ?それに、いくら剣が好きだからって、勉強もちゃんとしないとロクな大人にならないって散々言ったわよね?どうしてお母さんの言うこと聞けないの!だいたい、剣士なんて女の子がやるもんじゃないんだから!男の人でも、剣でご飯食べていける人がどれくらいいるのか、あなたちゃんと知ってるの?お母さんはね、あなたが食い扶持なくさないよう、あの学校に通わせてあげてるんだから。全部、あなたのためよ?それなのに、あなたはいつまで経っても子供のままで、何も変わろうとしない。こんなことならいっそ、あんな剣さっさと取り上げてしまえばよかったわ。どうせ剣で大成なんて無理なんだから。それより、花嫁修業でもしたらどうなの?絶対無駄にはならないわよ?剣の修行と違って。お母さんの頃はね、そもそも剣なんか普通の人は持たせてもらえなかったのよ?今でこそ剣証けんしょう制度が撤廃されて誰でも扱えることになってるけど、あなたはそんな自分が好きな剣の歴史のことも、今までまともに勉強してないでしょ?それにね、あなたはまず・・・・・・」


 母親の説教に耐えきれず、ミヤは爆発する。


「うぅぅぅうううるすわぁぁあああああああああい!!じゃかあしいわい!あたしだって、色々考えてるんだから!お母さんにあれこれ言われなくたって、何でもできるんだから!もう、家から出てもやってけるんだから!」


 ミヤは無謀にも母親に啖呵を切る。


「ふーん。じゃああなた、この魚を自分で捌ける?流石のあなたでも、知ってるわよね?『りょするならばきんより山岳空魚さんがくくうぎょ知識ちしきよ』って言葉。肝がどの部分か、食べられる部位はどこか、ちゃんとわかってる?これを捌けないって、もう論外よ?どの地域でもとれて、栄養素も多い、旅のお供としてこれ以上ないものなんだから」


 ミヤは唇を噛んでいる。捌ける云々以前に、そもそもそんなもの食べたくないとでも言いたそうな顔だ。


「それにあなた、家を出るって言ったけど、そのために必要な手続きがあるってこと、ちゃんとわかってる?旅事証りょじしょうって言ってね、これ出さないとあなた、行方不明者扱いよ?これをどこで申請するのか、どこで発行してもらえるのか、どこに届け出るのか、知ってるのよね?自分で言い出したことなんだから、ちゃんと全部、自分でしなさいね?」


 ミヤの頭はパンクする。頭から湯気が出ているのが見えるようだ。


「ぐぉおおおおおお・・・・・・。お母さんは鬼だ、悪魔だ・・・・・・。あたしなんて、この家に生まれなきゃよかったんだぁ・・・・・・」


 ミヤはその場で崩れ落ちる。母親はその様を見て深い溜め息をつく。

 もう何も話すことはない、と言わんばかりに娘に背を向け、夕飯の支度の続きを始めようとしていた。

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