竜追いの弟子
竜追いの半助とやらに薬を渡すのは、会うことがあればでいいと言われていたが。事情をよく呑み込めていないイサナが、腰に揺れる薬入りの巾着をたびたび気にかけるので、八神もつい気になってしまった。
宿場に着けば逗留する宿の主人に聞き。食事をすれば屋台の親父に聞き。
そうして数日後にたどり着いた宿場で、八神は竜追いの一団と遭遇した。
「お、八神か? なんだお前、暫く見なかったけど生きてたのか」
八神は方々の狩場を周り、多くの者と仕事をしてきた。故に竜追いの集団と行き合うと、一人二人は顔馴染みがいるものだった。
「なんとかな」
暫くかつての仲間たちとの関わりを避けていたが、竜追いを探し回っていたとなればそうもいかない。
「いやいや良かった。いや、大捕物があったって聞いたからなあ。……お?」
顔馴染みの男である
「ガキこさえたって話は本当だったのか」
「誰だそれ言い出したの……」
八神は深くため息をついた。説明するのも面倒で、とりあえず違うとだけ言っておく。
「しかしこんな小せえの連れて、竜追いなんて出来んわなあ。だからってまさか、本当に引退しようってんじゃないだろ?」
「それは」
返答につまり、思わず目を逸らす。八神の顔色を見てとったのかはわからぬが、平吉はからりと笑った。
「ま、深くは聞かねえよ。竜追いも長くやってりゃ、色々込み入ってくることもあるわな。しかし最近じゃ狩りに合流してないってんなら、懐の方は大丈夫なのかよ」
問われるまでもなく、懐事情は遠くないうちに悩ましい問題となるだろう。今は鶴乃と取引した分で多少暖かいが、いずれどこかで稼がなくてはならない。
「なあ、少し増やしていかねえか」
「……それこそ子連れで出来るか」
にやつきながら言った平吉の真意を察する。
「なんで。お前わりと強いだろ。仲間内で囲んでるだけだから、ガキ一人連れてたって誰も気にしねえって」
連中が気にしなくても、こちらが気にする。
とは口にせず、別の事由で八神は切り返した。
「人を探してる最中だ」
「どこの誰だって?」
「半助という竜追いだ。寅治っていう弟子を連れている」
「寅治?」
平吉は目を瞬かせた。
「寅治なら今、俺らと合流してるぜ」
笑みを深くした平吉に、結局ついて行かなければならないのかと、八神はため息を落とした。
「おやっさんなら死んだよ」
若い竜追い見習いはあっさりと言った。
一人前と見なすにはまだ幼い。けれどその負けん気の強そうな面立ちは、恐れ知らずの狩人たちの顔つきにもうずいぶんと近づいているように見えた。
「それは竜に食わ……狩りの最中にか?」
「いや、狩りのない冬のうちに、明け方の布団の中でです。
竜追いたちが逗留している宿屋の、狭い廊下での立ち話。
廊下に面した、小さな庭の井戸端で虫が鳴いていた。廊下の先の部屋から響く喧騒にかき消されそうだが、おそらく鈴虫だろう。若者が師を失った頃から、季節はさらに進もうとしている。
若者――寅治は、八神に尋ねた。
「それで、おやっさんに何か用事だったんですか」
「薬を預かってたんだ。薬師の、鶴乃さんから」
「ああ、薬師のおっ
寅治は巾着を受け取ると、複雑そうな顔で懐にしまった。
「もういらないんだけどな。でも、八神さんに持たせたままでも仕方ないし」
「……半助さんは、薬が切れて?」
「そんなんじゃないですよ。薬は足りてました。単につまんないところで、お迎えがきちまっただけです」
寅治は明るく言う。
「鶴乃さんにはまた挨拶に行きます。雷太にも会いたいし」
そう言うと寅治は、八神の背後からそっと顔を出していたイサナに笑いかけた。
「雷太と同じくらい?」
さっと顔を引っ込めると、イサナは八神の背に顔を押し付けてだんまりを決め込んでしまった。寅治は気を悪くするでもなく、八神越しにイサナに話しかける。
「お
「……父さん違う、おじさんは」
背中からくぐもった声。
「ん、じゃあ俺とおやっさんみたいの?」
「おやっさんは、父さんじゃない人?」
「うん。お前くらいの年頃から連れてってもらって、育ててもらってたけど」
再びイサナが背後から顔をのぞかせる。八神の腕を押しのけるように頭を出すから、まるで脇に抱いているような格好になってしまった。
「その人が、死んでしまったの?」
「うん」
遠慮のない問いにも、寅治は顔色を変えずに答える。よく知らぬ相手に不躾すぎると、イサナを窘めるべきかと考えるが。
「じゃあ悲しいね」
イサナなりに相手の心を推し量ろうとしていたのだとわかったら、八神は何も言えなかった。
「悲しいっつうか、虚しいな」
若き弟子の顔に、ふと苦いものがよぎる。
「竜追いが畳の上で死んでどうすんだよなあ、クソジジイ」
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