第4話


 色調不良症候群プアカラー・シンドロームは当初、ただの精神病としてみなされてきた。

 いわゆる偏執病パラノイアの一種だと。


(いや、専門家の間では未だ、色調不良症候群プアカラー・シンドローム偏執病パラノイアの一種だと唱えて、解決の糸口を探ろうとしている者がいる)


 発症者は、特定の色彩に精神的・身体的に過剰反応を示し、強烈なストレスを抱える事から【無気力型】と【攻撃型】にわかれて、肥大化した誇大妄想により周囲が意図的に自分を攻撃していると認知する。


【無気力型】は先ほどの少女のように、ストレスによる急激な老化が症状としてあらわれ、【攻撃型】は逆に現実世界の原因を排除しようと行動にうつすのが特徴だ。


 その色調不良症候群プアカラー・シンドロームが、現代病として爆発的に広がったのはここ数年の出来事。

 発端であるアプリ――NIJIiニジィは、未だに根強いユーザーたちに支えられて【イイネ】ボタンの横に我が物顔で座っている。


 綺麗な、きれいな、キレイな色の【イイネ】。

 ただの【イイネ】ではなく、自分が欲しい共感と方向性の【イイネ】。

 自分の手では満たされない、他人の手によって満たされる承認欲求の危うさ。

 その時々に向けられる感情が、その人間の全てではないのに。


 己の望んだ質の良い色の【イイネ】を求めるあまりに、承認欲求が歪んだ彼らは自分たちが認めない色を拒絶し、現実世界で排除行動をとるようになっていった。


「もう、政府もお手上げなんだろうな」

 階段をおりる柳の顔はすぐれない。もうすぐ休憩時間が終わることに、心が限界を訴えていた。


 感情を色彩であらわすNIJIiニジィに強い影響をうけた者は、自然がおりなす繊細な色合いでさえ自分が攻撃されたと錯覚し、内にこもるか攻撃するかの極端な行動にあらわれる。


 空の青。カラスや猫の黒。紺の学生服。赤い車。幼稚園児が被る黄色い帽子。オレンジの夕日。星と月がうかぶ夜空の黒。


 彼らにとって、色はイコール自分に向けられた意思なのだ。

 例え道端のタンポポに罪が無くても、そして、タンポポの目立つ黄色が虫を介して受粉を促すために最適化された進化の形だと説明しても、絶対に彼らは納得しない。


 それらの色が、自分たちに敵意がある証拠だと思い込んで、あたかもそこに【バケモノ】がいるかのように、色調不良症候群プアカラー・シンドロームの発症者は絶叫するのだ。


 空の青を忌避するあまりに自ら目を潰した男がいた。


 母親が紫に染めた髪を自分に対する憎しみだと決めつけて、母親を包丁でめった刺しにして殺した息子がいた。


 男性教諭の青いスーツを拒絶だと思いつめ、女子高生が学校の屋上から身を投げて自殺した。


 色で溢れる世界が認められず、街の色を統一しようとした集団が出現した。

 カラーギャングと言うよりは、テロに近い彼らは、お互いの色と色をぶつけあって周囲を自分色で汚染していった。


「さっきのあの子は、目隠しができたからまだいいけど」


 外界の遮断は、色を見て心にダメージを抱え込む【無気力型】には有効的な手段だ。

 暗闇の色に拒絶反応を示したら治療は難航を極めただろう。


「本当にどうなるんだろうね。この国と言うより世界が、中東なんか聖なる色とかなんとかで内戦が起きたし」

 

 独り言が続く。不安を口に出すのは、柳の心が折れかけている証拠でもあった。階段を降りる足音がやけに響いて、全身の神経が疲労と不安ではりつめている。


 赤い鳩を見つけて彼は確信したのだ。

 色調不良症候群プアカラー・シンドロームは新たなステージに移行している。……いいや、もうすでに移行していた。

 お互いが信奉する色同士が徒党を組んで、街中を様々な色で汚し始めたのがその証拠だ。


 最初は赤だった。駅中心に街を赤で塗りつぶし、その翌週には青が街の商店街を侵食し始めて、月末には黄色の洪水が役所を呑み込んだ。

 様々な色同士が参戦して泥沼化する中、出動した自衛隊によって事態が収束したのは半年前。

 逮捕者多数。死傷者は出なかったものの、汚物色に染まった街は清掃作業のめどが立たず放置された形となっている。


「彼らの集団行動に宗教的な色合いを帯びれば、一般人にも色調不良症候群プアカラー・シンドロームが伝染する可能性がある」

 

 いわゆる二次感染みたいなものだ。

 うつ病の患者に関わった者が、患者の毒気にあてられてうつ病になってしまったように、発症者の毒気によって感化される人々がこれから増えていく。


「……どうして、こんな世界になってしまったんだろうねぇ」


 病院の長い廊下は、街が汚物色で汚染された以前と変わらず、清潔な白で統一されている。

 柳は日常に戻れたかのような安堵を覚えた。それが、現実の苦痛を和らげる錯覚だとしても。


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