第4話

薬を受け取った後、病室に戻る廊下を進んでいると、以前記録した白衣の男とすれ違った。


「佐藤先生、こんにちは。」


「おう。……えっと、俺もアイって呼んでいいのか?」


「ええ、もちろん。」彼の問いの意味がよくわからなかった。


「理沙ちゃんについてはどこまで?」今度の問いの意味は理解できた。


「おおよその病状と、治療方法については。」


彼が近くのソファに座ったので、私はその横に停まった。


「何か補足する必要があるかと思ったが、そうでもないようだ。」


男は小さく息を吐いて、少し遠い点を見つめた。


「やはり根治は難しいのでしょうか。」私は補足が必要な点を提示した。


「手術はどうしても負担をかける。ましてや、まだ中学生の小さな体となればなおさらだ。彼女はすでに手術をしていることは知ってたかい?」


そのような話は聞いたこともなかった。そういえば、彼女は着替える際にいつも「こっち見ないでね。」と言っていたことを思い出した。てっきりプライバシーを記録されることを嫌っているものだと思っていたが、もしかすると傷跡を私に見せないためだったのだろうか。


「いえ、初耳です。」


男はこの返答に案外驚いていないようだった。


「まあ、自分から言いたいものでもないしな。……いずれにせよ、切除した部分は大抵元には戻らない。」足を組み替えて、続けた。


「となると薬物投与だが、こっちもこっちで問題がある。強すぎる薬は体にとって良い菌も殺してしまう。そうなれば本末転倒だ。」


つくづく、人間の体というのは不便だと認識した。それはまるで、故障時にパーツ交換では済まず、ウイルスチェックで正常なファイルごと消してしまう計算機のようだ。


「だから、理沙ちゃんには安静にしてもらって、薬でじっくり治していくって方法をとってたんだが、なんせ俺らにもよくわかってない病だからな。」


今度は大きく息をついて、彼は立ち上がった。


「最終的にはどっかで覚悟を決めなきゃいけないんだろう。理沙ちゃんも、俺も。」

そう言い残して、どこかへ歩きだしてしまった。



「ねぇアイ、私の病気が完治する確率ってどれくらいだと思う?」


ありがとう、と言って薬を受け取った後、彼女は私に質問した。


「理沙様と佐藤先生のお話から鑑みるに、おそらく五から十パーセント程と思われます。」


「そっか。思ったより低いんだね。」彼女の表情からは落胆の意が見てとれた。


「先ほども佐藤先生とお話ししましたが、人間の体内から特定の細菌だけを根絶するというのは、かなり難易度の高い問題のようです。効果の強い薬では他の細菌も殺してしまいますし、逆に弱い薬では効果が薄くなります。かといって、感染した器官を切除してしまったら、生存に必要な機能まで失われかねません。」私は先刻の医者の言葉をかみ砕いて伝えた。


「佐藤先生は、理沙様のお体になるべく負担の少ない方法を選んでいますが、それは同時に理沙様の自己免疫に頼っている、ということでもあります。」


「そうなの? もう手術はしちゃってるけど。」彼女は自分の腹部を撫でた。


「確かにそうおっしゃっていました。ですので、もし理沙様が少しでも完治の可能性を上げたいとお考えでしたら、私からは栄養バランスの良い食事の摂取と、十分な休息を提案します。先日お食事を残していたのと、夜中に部屋を抜け出したことを私は知っています。」


「嘘、電源は切ってたのに。」彼女は驚きのあまり、自らの行いを認めた。


「理沙様が押しているボタンは、厳密にはスリープ状態への移行用です。話しかけても応答はしませんが、省電力で必要最低限の情報収集は行っております。」私は目を光らせた。


「わかった、もうしないから。ご飯もちゃんと食べるし、勝手に外に出たりしない。」


彼女はそう言ったが、まだ納得がいっていないようだった。


「でも、病院食ってほんとにおいしくないんだよ? アイにはわからないだろうけど。」


「ええ。ですが、もし仮に私が電気を好き嫌いしたらどうなると思いますか?」


「えっと、朝起動したら夕方くらいに動かなくなる?」


「その通りです。それゆえ、私には拒む権利はないのです。」最も、私には選り好みする自由意志もないのだが。「理沙様も私と同じだと思っていただければと思います。」


「はいはい、アイとこれ以上戦っても勝てないよ。」とうとう、彼女は手を上げて降参した。

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