第3話
前面のボタンが押された。映像入力を起動すると、ベッドの上の少女が手を伸ばしていた。時計機能を確認すると、八時三十六分を示している。
「おはようございます、理沙様。」
「おはよう、アイ。ところで、電源を入れられるのってどんな気分なの?」
彼女は体勢を変えずに言った。
「どんな気分、と言われましても。」今の私の気分を表現できる言葉は見つからなかった。
「私には気分というものが搭載されていないので、お答えすることができません。」
「ふぅん。じゃあ、電源を入れられた後に最初に感じたことは? 今日は日差しがあったかいなとか、風が少し強いなとか。」
「どちらも情報としては記録されておりますが、それだけです。ただ強いて言うなら、ボタンを押す力が昨日よりも弱かったので、おそらく理沙様が押したのだろうと推測しました。」
「うわ、それはちょっとキモいかも。」彼女は引いていた手をさらに引くような動作をした。
「キモい、というのは、私が理沙様の気分を害してしまったということでしょうか。」
私は、自身のどの行動が彼女を不快にさせたのかを、何度発言を振り返っても判別することができなかった。
「言葉で説明するのは難しい感覚だなぁ。強いて言うなら、まるで自分の全てを相手に知られているような、そんな気分なんだけど。」
彼女は頭を捻りながら言った。
「それの何が気持ち悪いのでしょうか。お互いを良く知ることが、人間同士が仲良くなることの第一歩だと心得ていたのですが。」もっとも、片方は人間ではなくロボットだが。
「程度の差だね。好きな食べ物は知っててほしいけど、ほくろの数までは知っててほしくない、みたいな。」その例えも、好きな食べ物やほくろのない私にはやはり理解の及ばないものだった。
「そうなのですね。では、次回からは指圧の記録は控えましょうか。」
私はそう提案した。だが、意外にも彼女はこの提案を断った。
「せっかくだから記録しといてよ。もしかしたら、それで体調の変化とかわかるかも。」
指圧から得られる情報はさして重要ではない、という音声を出力する前に彼女は続けた。
「その代わり、誰かに言いふらしたりはしないでね。なんか恥ずかしい。」
「承知いたしました。」
私としても、入力された情報をただ記録しているだけであり、言いふらすために記録を行っているわけではない。とはいえ、人間が自身について知られすぎることを嫌うというのは、今後彼らと関わるうえで有益な情報だった。
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