第3話
「あ、マスター。そこの代入の右辺、間違ってるですよ。正しくは『-1』です」
「うおっ、ほんとだ。助かった。ありがとう」
「どういたしまして」
その日の業務が始まってから、
「さっきの結合テストの結果もまとめ終わりました。確認したら、主任さんに提出してあげてください」
「……早すぎるだろ」
一旦、その存在を受け入れてしまえば、電子妖精というものはこの上なく便利な存在だった。
とにかく、PC作業に強い。
対話インタフェースも完璧で、なんなら淳の場合、心を読まれているのではないかと疑うほどだ。
GA◯AM各社が出しているAIアシスタントなどとは比較にならないほど高機能で、汎用性に優れていた。
「宮下、今日調子良いな」
「あ、五味さん」
ふらりと淳の席に立ち寄った五味は検証チームのリーダーで、淳にとっては現在の直接の上役に当たる。
「いや〜、そうなんですよ。今日はちょっと頭が冴えてるみたいで」
「そうかそうか。それなら丁度いいな。ついさっき、Dモジュールの実装が上がってきたところなんだ。また結合、頼むぞ」
「げっ……い、いえ、了解です! 任せてください」
五味は淳のデスクに居座る電子妖精には気づくことなく、歩き去っていった。
「本当に、オレ以外の人には見えないんだな」
「はい。契約者であるマスターにだけ姿を見せるようにしているのです」
淳には詳しい原理はわからないが、電子妖精というのは色々とハイテクな存在らしい。
「音声も指向性スピーカーの要領で、マスターにだけ聴こえるように調整していますし、マスターの声は集音マイクの応用ではっきり聴き取れますから、もう少しボリュームを落としても大丈夫ですよ」
「そりゃ助かる」
そういうわけで、淳が見えない何かとお話しをしている痛いやつになってしまうことは避けられそうだ。……ぶつぶつと独り言を続ける人物になることには変わりないが。
その日、淳の仕事はかつてないほどに順調に進んだ。
*
「いやー、定時に帰れるなんて久しぶりだなぁ」
時刻は十八時を回った頃。
淳は早くも帰宅の途についていた。
検証チーム全体としてはまだ仕事が続いていたが、淳はノルマを果たしていたため、五味から「上がっていい」と言われたのだ。
「マスターのお役に立てたようで嬉しいです」
当然のように同行している美少女電子妖精は、淳の肩に腰掛けていた。電子妖精は羽のように軽いため、淳の肩に全く負担はない。
「ああ。マジで助かったよ」
淳が素直に感謝を告げると、妖精は得意げに羽をはためかせる。
ふと、淳は彼女をなんと呼べばいいのかが気になった。
「――そういえば、お前、名前はなんて言うんだ?」
「私は電子妖精『シャナ』シリーズの一体。ロットナンバーX-00107ですが、固有の名称はありません」
「そうなんだ」
そう聞いて、淳は頭の中で考えを巡らせ始めた。
『シャナ』というのも名前の響きとしては悪くない。だが、シリーズ名だとすると固有の呼び名には適さないだろうか。
「……ひょっとして、マスターが名前をつけてくれるのですか?」
電子妖精がやや期待のこもった声音で訊ねる。
ただし、淳は自分の考えに没頭していたため、彼女の様子には気づかなかった。
「……こういうのって、ロットナンバーとかから取るのが定番なんだよな。107だと、『イオナ』ってとこか? ――なぁ、『イオナ』っていうのはどう?」
淳が確認すると、妖精は飛び上がって喜んだ。
「はい! 良い名前だと思います! 私はこれから『イオナ』と名乗らせていただきますね」
淳もそんな彼女の様子に満足そうに頷いた。
「そっか。気に入ってもらえて良かったよ」
「ありがとうございます、マスター!」
そんな淳の様子を、すれ違う人々は怪訝そうに眺めていた。
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