第4話

「宮下、ちょっといいか」

「はい。何でしょう?」


 翌朝の会社にて。始業後、間もなくのこと。

 検証チームのスタンドアップミーティングが始まるより早く、じゅんは五味に声を掛けられた。


「お前が昨日書いた結合テストのコードあるだろう? あれ、よく書けてたから、少し汎用化して共通コードの方に入れてくれないか?」

「え、マジですか?」


 それは、淳が電子妖精――イオナの助けを得て組み上げたテストコードだった。

 独力で作ったものではないとはいえ、自身の成果が認められて、淳は嬉しかった。


 五味は喜色を見せる淳に対して、にやりと笑ってみせた。


「――ああ、マジだ」

「やります! 是非やらせてください」

「頼んだぞ」

「はい!」


 その後のミーティングでも五味からチームの面々に対して先の会話の内容が共有され、淳は早速テストコードの共通化に取り掛かることになった。

 デスクに戻った淳の前に、ふわりとイオナが着地する。


「良かったですね、マスター。アドバイスは必要ですか?」


 淳は少し思案した上で、彼女の申し出をやんわりと断った。


「あぁ。――いや、まずはなるべく自分でやってみるよ。まずいところがあったら教えてくれ」

「わかりましたのです」


 淳はコードエディタを起動すると、既存の共通コードと作成したテストコードを比較しながら、コードの移植に取り掛かった。

 集中して作業に取り組む淳の様子を、イオナは静かに見守っていた。



「……どうかな?」

「はい、少々お待ちを」


 その日の午後。

 淳は完成したテストコードをイオナにレビューしてもらっていた。


「このテストケースを足してみてもらえますか」

「おう。わかった」


 淳はイオナに言われた通りにケースを追加し、テストを再実行した。

 すると、画面に赤字で『FAILURE』の文言が流れる。


「……ってバグってるじゃねぇか、オレのコード!」


 イオナによって遠回しにバグを指摘された淳は、すぐさま問題の箇所を探し出して、コードの修正に取り掛かった。


「でも、それ以外はよく書けているのですよ。マスターは成長しているのです」

「ほんとか! よし、じゃあこれだけ直したらプルリクすっか」

「はい。賛成なのです」


 淳の言葉に対して、イオナはにこやかに頷いた。



 更に翌日のこと。

 淳が出社すると、秋月と五味が淳のデスク付近で何やら話し込んでいた。


「――俺は反対です。あいつにはまだそこまでの実装は任せられない」

「いや、あいつなら大丈夫だ。後でプルリク見てみろよ。何があったか知らんが、この二日間で急にレベルアップしてるぞ」


 どうやら、誰かのことについて話し合っているらしい。


「おはようございます」


 そう言って淳が席に着くと、二人も淳の出社に気づいた。

 五味が淳に話しかける。


「宮下。お前、今日は実装チームの方に戻ってもらえるか?」

「え?」


 淳は耳を疑った。

 実装チームで実質的な戦力外通告を受けたのがつい三日前のことだ。

 見れば、それを言い渡した当の本人である秋月が苦虫を噛みつぶしたような顔をしている。


「お前が昨日見つけたバグがあるだろ。とりあえず、あれの修正から入ってもらえばいいだろう」

「……そうっすね」


 五味の言葉に対し、秋月が不承不承という様子で頷いていた。


「え、でも……」


 淳は秋月の様子を伺う。

 実装チームのリーダーである秋月が難色を示しているような状況で、「本当に戻ってよいのだろうか」という不安が淳の胸中にあった。


「――なんだ、やりたくないのか?」


 しかし、五味がそう訊ねると、淳は慌てて首を振った。


「いえ、やりたいです! やらせてください!」


 思わず大声が出て、淳はまた少し周囲の視線を集めてしまった。


 淳の正直な気持ちがそこに表れていた。

 単純にそれは成果を上げるチャンスでもあり、彼の志向としても、テストコードよりはむしろ製品本体の実装に関わりたかった。


「……バグ直した横からバグ埋め込むんじゃねぇぞ」

「うっ……。き、気をつけます!」


 秋月のセリフに冷水を浴びせられながらも、淳はめげずに気勢を示した。


 ――というわけで、淳は検証チームから再び実装チームに戻って活動することになった。

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