第2話
翌朝、
「おはようなのです、マスター」
すぐに意識が覚醒した淳だったが、眼前に銀髪の小さな美少女の顔があることに気づくと、再び枕に顔を埋めた。
「ど、どうしたのですか、マスター! ……おかしいですね。きちんとレム睡眠の時を見計らって起こしたはずなのですけど」
人形が何か言っていたが、淳にとっては頭の痛い事態が継続しているだけのことだ。
もう一眠りしたいところだったが、おそらくは人形の仕業によって脳は完璧に覚醒してしまっていた。
淳は諦めて再び頭を上げ、人形が消えたりしていないことを確かめた。
「マジでまだいるし……。夢じゃなかったのかよ」
淳は頭を抱えた。
淳とて、それなりにアニメやライトノベルなどのサブカルチャーに親しんできた人間だ。
もっと彼自身に余裕があれば、この非日常的な出来事を歓迎していたかもしれないが、生憎と今日この頃は仕事についていくので精一杯で、電子妖精だとかいう謎の美少女人形に構っているような心のゆとりはなかった。
「……とりあえず、飯食って会社行くか」
「気をつけて行ってらっしゃいなのです」
淳は近所のファストフードで朝食を取ることにして、手早く身支度を済ませて家を出た。
美少女人形は意外にすんなりと淳の出立を見送ってくれた。
思うところはあるものの、淳は一旦、彼女(?)の存在を頭から追い出すことに決めた。
*
「おはようございます」
「おー」
淳がいつもより早く出社すると、秋月は既に仕事に取り掛かっているようだった。
(この人もけっこう仕事人間だよな)
まだ始業まで三十分以上ある。
秋月は昨夜の帰りこそ淳より早かったが、家は淳よりも会社から遠い。
また、この会社の勤怠システムの場合、始業前の時間は残業代に計上されないようになっている。
(好きでやってるのか、やらざるを得ないのか、どっちなんだろうな)
そんなことをとりとめなく考えながら、淳はPCを起動した。
ログイン認証を突破し、見慣れたデスクトップ画面が見えたとき、いつもと違う現象が起こった。
「……私が来た、のですー」
どこかで聞いたような幼い女性の声が聴こえたかと思えば、画面から今朝、自分を見送った美少女人形が飛び出してきた。
「ぅうわああぁっ‼」
淳は飛び上がって驚いた。
椅子が倒れ、まばらに出社していた人々の視線が淳に集中する。
焦った淳が背後を振り返ると、デスクに背を向けた秋月と目が合った。
「……どうした?」
「あっ、すいません! ゴキブリが出たかと思ったんですが、見間違いだったみたいです。ハハッ、お騒がせしました!」
淳が周囲に向かって一礼すると、呆れたような、安心したような声が一斉に響き、辺り一帯が動きを取り戻した。
「……オフィスでゴキブリはねぇだろ、さすがに」
秋月もそんなことを言いながら、自分のデスクに向き直る。
淳は椅子を立て直すと、周りの視線を気にしながらモニターの位置を調整し、人形がなるべく目につかないようにした。
「……お前、なんでここにいるんだよ!」
淳は小声で人形に向かって怒鳴りつけた。
すると、人形はきょとんと小首をかしげてみせる。
「もちろん、マスターをお助けするためですよ」
「……じゃなくて、どうやってここまで来たんだよ!」
淳の怒声に対して、人形は憎たらしいほど鮮やかな笑みを浮かべた。
「電子妖精ですから」
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