底辺プログラマーが電子妖精にお手伝いしてもらう話

卯月 幾哉

第1話

 木曜日の昼下がり、じゅんは会社で先輩社員に食い下がっていた。


「どうして僕のコードを取り入れてくれなかったんですか?」


 秋月というその先輩社員は呆れたように溜め息を吐いた。


「コードの質が低すぎる」


 きっぱりと告げられ、淳は絶句した。


「全部ちゃんと見たわけじゃねぇが、たぶんそこそこバグってるだろ。境界値の判定とか甘々で、UTも全然無ぇしな。宮下のコードを直して入れるより、俺がイチから書いた方が圧倒的に早ぇ。悪ぃけど、時間が無ぇんだよ」


 秋月が淳に背を向け、自分のデスクに向き直っても、淳はしばらくその場から動けなかった。それほどに秋月の言葉のショックは大きかった。


 秋月が振り返ることはなく、その隣の席の男性社員が見かねて淳に声を掛けようとしたところで、淳は踵を返して、自分のデスクに向かった。



 その日、淳が帰宅したのは二三時過ぎだった。

 プロジェクトが佳境で、割り当てられた結合テストの作業がなかなか終わらなかったのだ。帰宅できただけマシと思うほかなかった。

 荷物を下ろして、PCを起動し、YouTubeを見ながらコンビニ弁当を食べる。

 シャワーを済ませた後、寝る前に少しだけ以前買ったまま手つかずだったゲームをやろうかと悩む。


(……いや、駄目だ。今やり始めたらどうせ眠れなくなって、絶対後悔する)


 誘惑を振り払い、ベッドに入ろうとしたところ、PCの駆動音が響き、モニターの明かりが点いた。


「……? なんだ?」


「私が来た、のですー」


 そんな小さな声が聴こえたと思ったら、キーボードの横をぴょこぴょこと少女型の人形のような何かが動いている。

 背中から透き通った羽を生やした、手の平サイズの美少女人形だ。


「うわっ! えっ? ……なんだこれ、VR?」


 突然の事態に、淳は混乱した。

 元々、淳の部屋にフィギュアはないし、今はVR用のゴーグルを着けているわけでもない。

 つまり、唐突に現れた謎の美少女人形が独りでに動いている、という状況だ。


「マスターは混乱してるですか? 少し落ち着くと良いです」


 混乱の元である美少女人形がそんなことを言っていた。


「……駄目だ。オレ、本当に疲れてるんだな。もう寝よう」


 淳は事態の理解を諦め、改めてベッドに向かった。


「ちょ、ちょっと待つのですよ! 無視しないでほしいのです」


 しかし、飛び上がった人形に回り込まれてしまった。


「……なんなの、お前。オレになんか用でもあるの?」


 淳は胡乱げな目で人形に向かってそう言った。

 ぶっちゃけ、もう眠くて限界だった。


 しかし、半眼の淳とは対象的に、謎の美少女フィギュアは質問を受けて蒼い双眸そうぼうをらんらんと輝かせた。


「よくぞ聞いてくれたのです! 私は最新式の電子妖精シリーズ『シャナ』のロットナンバーX-00107です。マスターのサポートのために電子世界から派遣されてここにやってきたのです」


「はぁ……」


(駄目だ。何言ってるのかさっぱり理解できない)


 とにかく荒唐無稽な事態が進行しているような雰囲気は察していたものの、眠気が限界の淳は一刻も早く会話を打ち切りたかった。


「そうなんだ。それはご苦労さまだな。……じゃあ、オレは寝るから、詳しい話はまた明日聞かせてくれ」

「はい! 了解なのです」


 嬉しそうに頷く人形を尻目に、淳は溜め息を吐きながらベッドに体を潜らせた。


「……お休みの間に、マスターのPCのチェックは済ませておきますね」


 という、人形の不穏な言葉には耳を塞ぎつつ。

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