第80話 アンデット再び

 シルフィはとても献身的だ。男が夢見る理想の女性のすべてを兼ね揃えているのではないだろうか。美しく控えめで、俺だけを愛してくれて、何でも許してくれ、甘えさせてくれる。絶対に存在しない女性が、目の前にいるのだ。


 ただ、残念なことに、エルフ女性には性欲がなく、精神的な交わりのイチャイチャは大好きなのだが、いわゆる動物的な行為は好きではない。頼めばしてくれるだろうが、実は俺もすっかり肉欲がなくなってしまっていた。


 天使だからだ。天使の興味は神の敵を叩くことのみ。俺はダークエンジェルというアンデッドの要素が入っているため、そこまで極端ではないが、悪魔は大嫌いだし、シルフィといれば、もうそれで十分という感じになってしまっていた。


 そんな俺のところに、数ヶ月ぶりに不死王が訪ねて来た。


「ボーンさん、ご無沙汰です。スケルトンだけに、まさに骨抜きですね。わっはっは、我ながら、上手いこと言いました」


 不死王は人間の人格になって俗物化が進み、ダジャレ言いまくりの昭和親父みたいになってしまっていた。


「不死王さん、どうも自分じゃない感がいっぱいなのです。リズたちにもずっと連絡取っていないですし、クイーンやアネモネとも音信不通ですし、このままではいけないような気がします」


 まさに骨抜きになっていたのだが、少しだけ残っているアンデッド部分の俺が、このままではいけないのではないかと、ずっと訴えて来ているのだ。


「我々はアンデッドが本業ですからねえ。でも、アンデッドになると、シルフィさんに誤って浄化されてしまう危険性があります。そこで、アイテム作りの名人の私が、シルフィさんのご協力を得て、遂に完成させましたよ」


 シルフィが不死王に協力していることは聞いていた。不死王は「人魚」の人格もあり、人魚に変身すると、人魚の工芸品を作成することが出来るらしい。こうやって、あの人魚シリーズを作成したのだ。


 不死王が格納から完成品を取り出した。形状は日本でよく見たマスクだったが、鱗のような素材で出来ていて、鈍い銀色の光沢がある。


「何だか渋いですね。触っていいですか」


「どうぞ。女神パワーをフィルターしてくれる『人魚のマスク』です。マスクのように装着します。差し上げますので、着けてみて下さい」


(うわっ、重っ。耳にかけたら耳がちぎれるんじゃないか?)


 だが、装着すると嘘のように軽かった。まるで着けていないかのようだ。


「着け心地抜群ですね。本当だ。シルフィから女神の香りがしてこなくなりました」


 シルフィの近くにいると、神々しい光と清々しい空気に混じって、少しだけ花の香りがするのだが、今は全く無臭だ。シルフィに触れられているところも、いつも感じる清涼感がなくなっている。


「そうでしょう。二つしか作ってませんので、大事にして下さい」


「そういえば、『人魚のネックレス』は持っていないって言いながら、持ってましたよね」


「ああ、聞かれたときは、手に持ってませんでしたよ。格納してましたから」


(こ、こいつ、小学生かっ)


「……で、『人魚のマスク』をすると、アンデッドに戻っても大丈夫なのですか?」


「はい。テスト済みです。三百体以上のアンデッドが犠牲になりましたがね」


「じゃあ、久々にスケルトンになってみますか」


 俺は人格を死霊に変更した。


「おおっ、ビリビリ感全くないです! 素晴らしいですっ」


 不死王は俺の方をじっと観察していた。


「大丈夫そうですね。では、私もっ」


(……さては俺で確かめたなっ)


「不死王さん、私でテストするのはやめてくれますかね」


「そんなことしていないですよ。十分にテスト済だって言ったじゃないですか。さて、私は半年ぶりに従者に会いに行きますが、ボーンさんはどうしますか?」


「そうですね。私も人間の大陸に行きます。リズたちにも会いますが、レグナを取りに行きたいですね」


「ほほう。『勇者の伴侶』を遂に決めるのですね」


「まあ、そういうことです」


 俺はリズに半年ぶりに思念を送った。

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