第77話 三日戦争

 エルフ軍は人間の大陸に上陸したが、人間側の抵抗に思いのほか手を焼いていた。アンデッド三体と聖女十二人とところどころに配置されている騎士たちが、専守防衛に徹底し、人間側の防衛戦線が非常に強固なのだ。

 

 それでも、アンデッド軍団の活躍により、二日目まではエルフ優勢で戦局は推移していたのだが、たった三人の少女たちの出現で、一気に形勢が逆転した。人間側が専守防衛に徹していたのは、彼女たちの到着を待っていたからだった。


―― 不死王視点


「スケルトン部隊消滅しました」

「ゴースト全滅です」

「デュラハン部隊全滅です。全体浄化されましたっ」

「リッチーも全滅です。全て浄化されました」


 予想だにしなかった報告が次々と私に届けられた。突然の戦局の変化の原因を知るべく、部下に情報収集を急ぐように指示していると、憔悴しきった顔のベラが、私の本陣に入って来た。


 ベラは副司令官として、前線でアンデッド軍を指揮していた。アンデッドが憔悴するなどただ事ではない。


「突然どうなったのだ? 何が起きている!?」


「私、浄化されそうになったの……。でも、ルカとシルビアが身を挺して助けてくれて……」


 あの二体は封印で守られているため、ある程度、ホーリーには耐えられるのかもしれない。


「聖魔女が参戦して来たのか?」


 聖魔女は人間の総司令官だ。前線には出てこないと踏んでいたが、出て来た場合は、私が迎撃に出るつもりだった。だが、いくら聖魔女が人間最強の戦力だとしても、この人間側の戦果は異常過ぎた。


「いいえ、ボーンの従者よ」


「ボーンのっ!? なぜ参戦しているのだっ。サーシャかっ」


「いいえ、痩せてる少女……。怖かった。私、とても怖かったの。ものすごく巨大なホーリーで、霧になっても抜け出せなくて……」


 痩せている少女? 確かあれは心霊系魔法の使い手だぞ。


「ちょっと待て。……、ボーンはエルフ姫といるぞ」


 私はエルフ姫の侍女の一人のレセプターに遠隔憑依して、視覚を共有し、ボーンがいつもの通り、エルフ姫の膝枕で目を閉じていることを確認した。あれは悪魔事典を閲覧しているときの格好だ。


「ボーンはいないけど、従者は三人とも今日から参戦したの。それでも、サーシャを警戒していたのよ。でも、あの痩せた少女に完全に不意を突かれたわ。あなた、撤退しないと、あの子たちに全滅させられるわよ。あの子たち、強すぎる」


 大変な誤算だ。ボーンは確かに参戦しないと言っていたが、ボーン自身は参戦しないということか。まさか従者を自由にしておくとはっ。まずい。全滅させられる。報告を受けただけでも六割は浄化されている。


「全軍撤退だ。すぐに引かせろっ」


***


「エルフの花園」とボーンが名付けた庭園付きの大豪邸を訪れると、ボーンはいつものようにエルフ姫とエロ美しい侍女たちに囲まれて、楽しそうに歓談していた。


 私は構わず、ボーンに話しかけた。


「ボーンさん、勘弁して下さいよ。従者の方々を止めて下さいよ」


 私の顔を見ると、ボーンはバツの悪そうな顔をした。どうやら、ボーンはこうなることを知っていたようだ。


「いや、それは無理っすよ。彼女たち人間ですから、人間の味方をするでしょう」


「ボーンさんが一言やめろと言ったらやめるでしょう?」


「そんなことないですよ。やめろと言ってもやるし、やれと言ってもやるんですよ。思春期の少女ってそんなものですよ。制御不能です。ルカとシルビアに指示して、不死王さんの奥様を助け出すのが精一杯でした」


 ベラを救い出したのは、ボーンの指示だったか。


「妻を助けて頂いてありがとうございます。図々しいお願いなのは承知していますが、あの三人娘との従者契約を破棄することは出来ないでしょうか? 従者を聖魔女とエルフ姫に切り替えるとかはどうです?」


「素敵な提案ですが、それをした途端に、俺ごとき、娘たちに一瞬で浄化されますよ。あの三人と戦って勝てる気しますか?」


 ボーンが邪魔をしなければ、何とかなりそうな気もするが、絶対の自信はない。従者を連れて戦えば勝てるが、ボーンに参戦されたら、従者が封印されてしまう。やはり戦うべきではない。


「私も勝てる気はしないです。困りましたね」


「不死王さん、エルフの植民地を奪っただけでは満足できないですか? 人間の大陸よりも、リトル日本の街づくりの方が面白くないですか?」


 もはや「リトル日本」ではなく、「リトル佐藤」になってしまったが、それでもあの街づくりは確かに面白い。


「確かに早くリトル日本の方に戻りたいですが、人間に落とし前はつけさせたいです」


「それでは、ドワーフの植民地の人間を殲滅して、よしとしませんか?」


 あの従者三人がいる限り、人間の大陸に手は出せないか。三人が寿命かなんかで死ぬまでは無理だろう。ここは妥協するか。


「分かりました。ドワーフの植民地の解放で手を打ちましょう。それで、ドワーフの解放の方のお手伝いはしていただけるのですか?」


「ドワーフ興味ないんですよね……。ずんぐりむっくりですよね」


「男はそうですが、女は小柄で可愛らしいのが多いですよ。きちんとくびれもあって、胸も大きいものも多く、十分に萌えます」


 ボーンの目つきが変わった。


「なるほど。人間に虐げられている可哀想な種族を捨て置く訳には行きませんね」


「そうおっしゃって下さると思いました。でも、エルフ姫と別れるのは寂しくないですか」


「大丈夫です。分身を派遣します」


「そんなことができるのですか」


「ええ、お手伝いしますよ」


 私もそうだが、ボーンもいろいろと能力を隠していそうだな。


「ありがとうございます。ところで、エルフのところにも、ドワーフのところにも、アンデットが多くなって来てまして、どうやら強力な個体が生まれたようなのです」


 エルフ王に最初に会ったときからこの話は聞いていたが、主に人間を襲うと聞いていたので放置しておいたのだが、私がドワーフのところに行っている間に変異すると、面倒なことになるかもしれない。出来れば先に片付けておきたい。


「浄化不能な個体ですか?」


「恐らく」


「女だったら封印できますが、どっちですか?」


「報告では私と同じマミーのようです。外見からは性別が判断しにくいので、 会ってみないと分からないです。どちらにせよ、エルフの聖女を育ててくれませんか?」


「俺がですか?」


「ええ、ボーンさん、勇者でしょう? 神聖系のエルフたちを連れて、ダンジョン探検したら、短期間で聖女にできませんか?」


「確かにそうですね。でも、エルフって神聖魔法使えるのですか?」


「エルフは人間と同じ人類ですから。しかし、人間と違って、最初の魔法を覚えるのに時間がかかるみたいで、レベル1000まで魔法を覚えないんですよ」


 エルフたちによると、いったん魔法を覚え始めると、次々に覚えるらしいのだが、最初まで時間がかかりすぎるため、ほとんどのエルフは魔法を使えない。だが、魔法の威力は人間よりも大きい。


「じゃあ、何系の魔法を使うのかも、レベル1000になるまで分からないってことですかね」


「そうですが、エルフって、これまでの統計からすると、女性の八割が神聖系です」


「そうなのですね。じゃあ、そのアンデッドに会いに行く前に育てますかね」


「そのアンデッドはダンジョンに住んでいるんです。この間お話しした『わがまま隊』の候補が三人集まりましたので、その三人と私と一緒にさっそくアンデッドの討伐に行きませんか」


「なるほど。討伐ついでに訓練するってことですか。いいですよ。いつ行きますか?」


「今でしょ」


 一度言ってみたかった日本でバズっている台詞を言ってみた。


「いや、不死王さん、それもう日本で言ったら笑われますよ。誰も使いませんよ、そんな言葉、死語ですよ……」


 私は数千年ぶりにえらく恥ずかしい思いをしてしまった。

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