第76話 封印の儀式

 人間の大陸をエルフは古くから「ロカ大陸」と呼んでいた。エルフ語で「草原の大陸」という意味だ。エルフ側から見える人間の大陸の東側には、広大な草原が広がっているからだ。


 王国軍はエルフ軍の侵入を防ぐため、エルフの貿易都市スマの対岸に位置するマイルという都市に集結していた。


 エルフ軍には不死王率いるアンデッド軍がいるため、通常の人間の軍隊では勝ち目がない。そのため、王国も対抗してアンデッドの協力者を雇い入れた。スケルトンクイーンのフランソワとヴァンパイアのルカとシルビアである。


 エルフがアンデッドと協力したのはエルフ史上初めてのことだったが、人間もこれが初めてだった。アンデッドと協力するにあたり、変異の危険性があるシルビアには、封印を施すことが両者間で合意されていた。


 マイルの砦から数キロ離れた洋館に、アンデッド四体が集結していた。洋館の居間には、白銀の骸骨騎士姿のクイーン、双子のヴァンパイア巨乳美少女のルカとシルビア、そして、漆黒のスケルトンの俺がいた。


 このままではクイーンと俺は話せないので、俺が作った身長20センチほどのミニゴーレムを格納から取り出し、クイーンと俺の肩の上に乗せた。ミニゴーレムに思念を代弁させるのだ。そのために、不死王から教わった改造を施してある。


「フランソワさん、ミニゴーレムに思念を送って下さい。そのまま声になりますよ」


 ゴーレムが小さいので、出てくる声はかなり高い。ヘリウムを吸ったときに出る声に似ている。


「これでいいか?」


 あはは、可愛い声だなあ。面白いもので、クイーンは骸骨なのに、自分の声に狼狽えている感じが見て取れる。


「貴様、もう少し声の高さは何とかならんかったのか」


「なりませんよ」


 本当は等身大のゴーレムもあるのだが、面白いのでこのままで行こう。ルカとシルビアも笑いを噛み殺している。


「シルビアさん、封印って悪いものじゃないよ。心が安定して、人間の頃の自分らしさを取り戻せるよ」


 ルカが早くも笑いの沈静化に成功したようで、未だに封印される決心のつかないシルビアを説得し始めた。


「私はまだ人間のときの心のままです。息子のために力になりたいと思うのが、その証拠です」


 シルビアもさすがに王族だ。笑いを噛み殺した表情は消え、完全に感情をコントロール出来ている。封印はまだ必要ないというのがシルビアの考えのようだ。


「エルフ側にはベラがいるからな。封印されていないと、精神干渉して眷属にさ

せられてしまう可能性もあるのだ。シルビア、観念しろ。悪いようにはならない」


 クイーンも説得に当たった。「音声は変えております」のテロップを是非とも入れたいところだ。


「で、では、先にお義母様が封印していただくというのはどうでしょう?」


 シルビアは先王の正妻、つまり、クイーンの息子の嫁に当たる。クイーンはシルビアの姑なのだ。


「私は変異しないから不要だ」


「で、でも、不死王が人魚のアイテムを使って来たら、やられてしまいますわ」


「む、確かに……。私もあの封印を受けなければならないのか?」


 クイーンがガックリとうなだれている。勘弁してくれ。肩の上のミニゴーレムまでうなだれていて、吹き出しそうだ。今日のクイーンはちょいちょい笑いをとる。俺は笑いをぐっと堪えて、クイーンに助け船を出すことにした。


「封印は人魚のアイテムには効きませんよ。あれは屋外ではかなり近づいていないと効きませんので、離れていれば大丈夫です」


「人魚のネックレス」は屋内では音波が反射するので、数メートル離れていても大丈夫だが、屋外だと拡散してしまうため、目の前にいないと効き目がない。


 不死王の持っている人魚シリーズが何なのかが分からないので、本当は断言出来ないのだが、骸骨のクイーンを封印しても面白くないので、言い切っておく。


 俺の目的はシルビアのボディだ。もっと言ってしまえば、下半身の毛がどうなっているかをしっかり見る、の一点に尽きる。前回のルカのときは胸に目が行ってしまって、見えなかったのだ。


「そ、そうか。シルビア、早く封印されてしまえ」


「そこのスケルトンがいやらしい笑みを浮かべていて、とても嫌なのですっ」


 何で分かるのだ? 骸骨だから分かるはずはないのだが……。


「おい、スケルトン、目隠しをしろ」


「いいっすよ。これでいいですか? そもそも骸骨の俺が、いやらしい笑みなんか浮かべられないっすよ。シルビアさん、考えすぎですよ」


 俺は格納から布を取り出し、骸骨の目の空洞部分を隠すように縛った。クイーンはこの目隠しに意味がないことは知っているはずだ。俺たちは霊体で光を感じて見ているからだ。しかし、生身の肉体を持つヴァンパイアには分かるまい。


「ほら、シルビア、これでいいだろう」


「分かりましたわ。どうぞ」


 ようやくシルビアは観念したようだ。ふっふっふ、では、いくぞ。もじゃもじゃか、さらさらか、いざ、刮目せよっ。


「ダークシール。あっ」


 何てことだ。シルビアが最初から胸と下を手で隠している。これでは見えないではないか。お、おのれ、シルビアっ。


 あれ? スクール水着?


 今回は体操着ではなく、スクール水着だった。ゼッケンが胸に貼ってあるところは同じだ。「シルビア」の文字は俺の筆跡に間違いない。ルカと同じで、ものすごい乳だ。


「お兄様、ガウンを羽織ってもよろしいでしょうか?」


 シルビアからの俺の呼び名は「お兄様」だった。


「あ、ああ……」


 俺はスクール水着のショックから抜け出せないでいた。俺はスクール水着には特に思い入れはなかったはずだ。俺の潜在意識なのか? 大人の体に着せると、エロさ爆発だとたった今初めて気づいたと思うのだが、以前から知っていた?


「スケルトン、貴様、あんな封印コスチュームも隠し持っていたのかっ。なぜ、貴様の魔法は、いちいち恥ずかしいのだっ」


「いや、すいません。今回のは本当によく分からないです」


「ふん、いやらしい奴め。よし、準備は出来たな。砦に移動して、作戦会議に参加するぞ。スケルトン、このゴーレムは借りておくぞ」


 三体は洋館を出て行った。俺はここでアネモネを待つことにしている。不死王との約束は守って、俺はエルフ軍との戦争には参戦しないからだ。


 だが、従者の三人娘は遅れて参戦するのだが。

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