第75話 三人娘の成長
―― 王国軍カイゼル大佐の視点
旧帝国領でのレジスタンスの抵抗は日増しに激しくなっており、鎮圧のために動き出した王国軍が各所で大敗を喫する事態になっている。
原因は悪魔の六魔王の一柱である女悪魔リリスが、自軍のサキュバス部隊を医療団として派遣し、レジスタンスの後方支援をしているためだ。
王国軍にも元聖女部隊が後方にいて、治療を施してくれるが、規模が小さ過ぎる。次から次へと活きのいい兵士が前線に投入されるレジスタンスに対して、王国軍は撤退に次ぐ撤退を余儀なくされていた。
サキュバス部隊を排除しないことには勝機がないことは、鎮圧に当たっている王国軍のカイゼル大佐も十分に分かってはいるのだが、倒す手立てがない。
サキュバス部隊は敵陣の最奥に位置しており、そもそもの問題として、そこまで到達することが出来ない。また、仮に到達したとしても、サキュバスの戦闘力はレベル1000以上であるため、通常兵士ではかすり傷一つつけられないのだ。
そのため、カイゼル大佐は王都からの支援を期待していたのだが、王都から派遣されてきたのは、口のきけない引率役のシスターと未成年の少女三人だった。カイゼルは落胆の色を隠すことが出来なかった。
(首を長くして待った結果がこの小娘たちか。取り柄といえば、きれいな顔をしていることぐらいではないか)
だが、国王の署名が入った軍事文書を携えた正式な援軍だ。邪険には出来ない。怪我をさせないように、自陣の最後方に配置して、治療にでも当ってもらおう。
カイゼルはそう考え、医療部隊の責任者のマチルダに少女たちを任せることにした。
「マチルダ中尉、彼女たちを治療班に加えてくれるか」
「はい、大佐」
マチルダは元聖女だ。半年前の聖女交替戦で聖女を引退したばかりだった。大佐から命令を受け、少女たちの方を向いて、マチルダは固まってしまった。マチルダがボコボコにやられたサーシャがいたからだ。
「た、大佐……。あちらはサーシャ様です」
マチルダの震える指先が指し示したのは、三人の少女の中で一番控えめにしている人形のような美少女だった。
「サーシャ様とは?」
「王都の聖女様です。聖女筆頭の方ですよ。聖女隊の隊長です。治療班など……」
聖女の順位戦で、十二人抜きで一気に筆頭になった少女がいるとは聞いていた。まさかその少女が来るとは。
聖女隊長の陸軍での階級は少将だ。カイゼルの上官に当たる。国王の親書に何も書かれていなかったのは、上官を派遣したからだったのか。
「大変失礼致しましたっ。少将殿っ。ご命令を」
カイゼルは直立不動で敬礼し、サーシャの返答を待ったのだが、少女たちは何やら戸惑っている。
「ショウショウって何でしょう?」
「サーシャのことじゃない?」
「私、戦場は初めてで、よくわかりませんわ」
などと漏れ聞こえて来る。
だが、ぼうっとして突っ立ったままだったシスターが、何だかシャキッとしてからは、少女たちから戸惑いの表情が消えた。
サーシャがカイゼルに向き直って、キビキビとした声で命令を下した。
「全軍退却させなさい。我々四人で中央突破し、後方のサキュバス部隊を浄化してきますわ」
カイゼルは耳を疑った。大敗を喫しながらも、何とか旧帝都の陥落は防いできたのだ。全軍撤退すると、旧帝都での籠城戦となってしまい、陥落を待つだけになってしまう。
「し、しかし……」
カイゼルは抵抗した。
「二度は言いませんわ。すぐに実行しなさいっ」
サーシャの可愛らしい声での命令にカイゼルはなおも抵抗しようとしたが、マチルダが服を引っ張って来る。何だと思ってマチルダの顔をみると、真っ青な顔をして、首を横にブンブン振っていた。
(何なのだ、いったい)
カイゼルは納得はしていなかったが、上官の命令は絶対だ。全軍撤退の合図を渋々送った。
「ご苦労さま。カイゼルさんも帝都でくつろいでいてよろしくてよ」
サーシャはそう言って、仲間の三人と一緒に、前線の方に向かって、散歩にでも行くような足取りで進んで行ってしまった。
***
カイゼルは旧帝都の城楼から、信じられないものを見ていた。
シスターを先頭にして、右後ろに清楚な少女、左後ろに活発な少女、最後方にサーシャの隊形で進んでいる。
少女たちは金色のオーラに包まれていて、弓矢や魔法が彼女たちを迂回して行く。一方で、シスターにはもろに当っているように見えるが、何事もなかったかのようにずんずんと進んで行く。
敵部隊と接触するかと思ったが、敵がバタバタと倒れて行く。いや、よく見ると、敵兵は地面にへばり付いているようだ。
少女たちが通り過ぎてしばらくすると、敵兵たちが起き上がるのが見えた。
「何だあれは?」
カイゼルは隣で同じように見ていたマチルダに聞いた。
「恐らく重力魔法だと思いますが、あんなに大規模なものを見るのは初めてです」
「サーシャ殿の魔法か?」
「違います。重力場からみて、あの少女二人が右側と左側それぞれに魔法を放っています」
「あの二人も只者ではないということか」
「一番分からないのは、先頭のシスターです。何ですか、あの人は?」
「未成年の保護者だろう?」
「あんな化け物みたいに強い未成年に保護者が要りますか?」
「俺に聞くな。子供が変な道に進まないように、色々と躾が必要なのだろうよ」
そう言って、カイゼルは全く言うことを聞かない自分の娘を思い出した。
少女たちは敵陣を突破し、サキュバス部隊と対峙していた。遠くてよく分からないが、サキュバスが逃げまどっているように見える。
「おい、お前、見えるか?」
カイゼルは望遠のスキルを持つ見張り番の部下に聞いた。
「サキュバスが一斉に逃げ始めました。まるで蜘蛛の子をちらすようです。あの左側の女の子に怯えているようです」
「健康少女にか? 悪魔が逃げるって、どういうことだ? 相手はたった四人だぞ」
カイゼルは部下にちゃんと見ているのかと詰め寄ったとき、マチルダが驚きの声をあげた。
「え? もう?」
マチルダの視線の先をカイゼルがたどると、青白い光でできた巨大なドームがサキュバスのいたあたりに二つ出来ていた。
「何なの!? こんなに短い時間でっ。あんなに大きなホーリーは見たことないっ。しかも、サーシャ様だけでなく、右の女の子もサーシャ様と同じ威力のホーリーを放ったわ」
マチルダが目を見開いて、信じられないものを見たという表情だ。
「サキュバスがドームの中に閉じ込められて叫んでいます。逃げ惑いながら次々に浄化されていきます。すごい数です」
望遠の部下が説明してくれたが、カイゼルもドームの中に黒く見えるサキュバスたちが次々に消えて行くのを視認することができた。
ホーリーのドームはしばらくの間青白く光り輝いていたが、徐々に消えていった。地面に数百柱はいたと思われるサキュバスは、一柱も残っていなかった。
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