第74話 揺れる男心

「アネモネ、エルフの植民地で人間が何をしているか、ちゃんと報告を受けているか?」


 レグナの俺は学園の理事長室でアネモネといつもの朝会をしていた。


「どういうこと?」


「俺は昨日だけで、二千人以上のエルフの女性を助け出して来たぞ。村単位でエルフの女性が誘拐されて、性産業に無理矢理従事させられていることは知っているのか?」


「そんなことは許してないわ。そんな人でなしは死罪よ。エルフと人間は平等よ。エルフの持つ資源と人間の持つ技術をお互いに共有して、共存共栄するために、人間のルールに従ってもらうためで、どちらが上ということはないわ」


 アネモネは植民地が宗主国による一方的な国家的略奪だってことが分かってないようだ。人間に収益をもたらすための技術供与や、人間に都合のいいインフラを整備することが、エルフの幸せであるはずがない。誰か教えてやってほしい。


「そうだろうと思って、アホな人間たちの死刑執行をして来た。炭鉱でもエルフの男を強制労働させていた」


「そんな……」


 俺はアネモネの表情を観察した。アネモネは思ったことがそのまま表情に出る。アネモネは言葉足らずなところがあり、人から誤解されやすいが、純粋で真っ直ぐな性格だ。どうやら、本当に何も知らないようだ。


「アネモネ、偉くなり過ぎて、裸の王様になってしまっていないか? エルフの植民地化は終わりにするとはいえ、エルフの大陸に転移できるのであれば、一度、自分の目で実態を見ておいた方がいいのではないか?」


 アネモネからは国王を通して主権をエルフに返すよう総督府に指令を出しているが、現地では相変わらず、今まで通りの統治を続けている。何だかんだ理由をつけ、現場で命令を握りつぶしているのだ。


 不死王はそんなことはお構いなしに、植民地の人間の排除を進めている。俺が男に興味がないことを知っているので、軍事作戦に関しては俺に声がけして来ないが、アンデッド軍で一方的に人間の軍隊の殲滅を開始しようとしている。


「分かったわ。私なりに確認してみるわ。それはそうとして、帝国の悪魔退治に行く時間でしょう? サーシャさんたちはもう旧帝国領に着くころよ。今からでも間に合うの?」


「もう着いた。実はデュアルで出した分身が、さらにデュアルを唱えられる方法を発見したのだ。俺が昔から知っている忍法に『影分身』っていうのがあるのだが、試したところ上手く行った。それで、今、霊体を三つに分けているんだ」


「え? 初めて聞いたけど、どうやってやるの?」


「分身の霊体にシャドウをかけてからデュアルすると、また分身出来きちゃうんだ」


「影分身」そのまんまだ。冗談のつもりでやったら出来たので、思わず笑ってしまった。


「って、ことは、どんどん分身できるのかしら?」


「そうなんだが、脳がついていけない。いや、脳はないから思考かな。二人でも大変なのに、三人を制御するのはほとんど不可能だ。アネモネとの朝会に出るためだけに三体目を作ったんだ。朝会の後は、ボーン先生は眠らせるつもりだ」


「私の目の前にいるあなたは、三体目なのね」


「そうだ。アネモネ専任だ。いつもは当直室で寝ているから、用があるときには起こしに来てくれ」


「うふふ。分かったわ。本当に便利な人ね」


「アネモネがレッドラグーンに来られなくなって、本当に残念だったんだ。でも、これで引き続き毎日アネモネに会えるから、少しは挽回出来た」


「あら? ストレートに口説いて来るのね」


「自分のはわきまえているから、口説いたりはしないよ。アネモネの助けになりたいと思っている。それには毎日連絡し合えるようにしておいた方がいいと思った。この大事な時期に連絡が取れないのは非常にまずい」


「ありがとう。支えてもらえるのは、素直に嬉しいし、とても助かるわ。それと、わきまえる必要はないわ。どんどん口説いてね」


「お、おう」


「あまり尻込みしていると私は逃げちゃうかもよ」


「ぜ、善処します」


 俺ってば、いざってときに気の利いたことが言えないんだよ。アメリカ人野郎はどうやって口説いたのかな。不死王は意外とこういうプライベートなことは教えてくれないんだよなあ。


「ふふふ、期待しているわよ。ところで、エルフの大陸での生活はどんな感じなの?」


「不死王と一緒にエルフを人間の虐待から救う毎日だ。そうだ。アネモネの元カレのアメリカ人だが、殺す気はなかったらしい。記憶を覗いても消えるなんてことはそれまではなかったようだ」


「……不死王とは随分仲がいいようね」


「馬が合うんだ。女子供は殺さない、というポリシーも合う。まあ、俺の場合は、女でも気に食わないのは殺すがね。俺が分身であることは、彼にはいずれ話すつもりでいる。人間の大陸に手を出さないよう説得してみるつもりだ」


「カレンは反対するかもしれないわよ」


「反対されてもやりたいことはやるし、恐らく王妃はそういうところまで計算に入れていると思うぞ。あと、知らせておいた方がいいと思うのだが、俺はエルフたちから神と崇められてしまっている」


「え? それまたどういうこと?」


「エルフの神は唯一神で父なる神だが、エルフの前に神が姿を現すときは、女の姿で現れると言い伝えられているんだ」


「まさにあなたってことね」


「そうだ。実はエルフ姫とその侍女たちに、随分と世話になっているんだが、俺を神だと思っているらしい。無理に奉仕しなくてもいい、と言ったら、神に奉仕するのは至上の喜びと言われてしまった」


「……その情報は知りたくなかったかもね」


「すまない。何ていうか、イチャイチャしているように見えるかもしれないが、女同士だし、エッチな関係ではなく、神と神を崇める巫女たちという関係なのだ。エルフの大陸で、万一俺のそんなところを見ても、誤解しないで欲しい」


「私はあなたの行動をとやかく言う立場にないわ。そろそろ時間だわ。今日の朝会は終了しましょう」


「分かった」


 アネモネを不機嫌にさせてしまったが、俺はそのまま理事長室を出た。


 言わなくていいことだったのかもしれないが、知らないところでアネモネに俺とエルフ姫を見られて、知らないうちにアネモネから嫌悪されるのは、どうしても避けたかった。


 別に付き合ってもいないのに、我慢する必要はないという気持ちもあるが、アネモネを好きでいるのに他の女とするのは、浮気性だと思われても仕方ない。アネモネに少しでも嫌われる可能性のある行動は、絶対に避けたいのだ。


 エルフ姫たちは、神に触れられることに悦びを感じるらしく、とにかくスキンシップがすごい。拒絶すると存在価値がないと落ち込んで冗談抜きで自殺しかねないので、触ってあげないとまずいのだ。いや、本当に困る。いやあ、困る。


 エルフの国では、その気になれば誰とでもやれる立場に俺はいるわけだが、人間の男たちの身勝手な性行動を見て、ああはなりたくはないと心の底から思ったので、権力を振りかざして無理矢理ということは絶対にしない自信がある。


 しかし、女の方から乞われた場合は別だ。エルフは美人揃いで、エルフ姫なんてアネモネ級の美しさだ。いつか何かの拍子に、いただきまーす、となっちゃうような気がする。言い訳だが、男は本質的にそう出来ていると思う。


 とはいえ、イカサマ教祖が信者とやっちゃう話だけは避けたいので、事故が起きないように男体には手を出していないし、男体になった途端に神の顕現ではなくなるので、ある程度歯止めが効いている。


 今のところ、心が男だからなのか、脳の信号が男の自律神経用なのか、元々の体がそうなのか、はっきりとした理由はわからないが、女としての俺は全くの不感症だ。


 だが、いつか百合の世界に目覚めるのではないか、との危惧がある。何たって俺は不老不死だし、エルフたちも長寿だ。時間は腐るほどあるのだ。少しずつ積み重なって、一気に花開くかもしれない。


 アネモネがやめてって言ってくれれば、これに勝る歯止めはないのだが、アネモネは絶対にそういうことは言わないはずだ。そういうところも好きなんだよなあ。


 好きな女のことを四六時中考えている中学生みたいになってしまっているが、俺は四十五歳、それなりに異性交友経験のあるおっさんだ。でも、俺は知っている。この心がキュンキュンする恋愛に勝るものはない、ということを。


 とか言いつつ、目の前の肉欲に勝てないんだよなあ。わかっちゃいるけどやめられないってか。


 さて、純愛と肉愛に揺れるレグナの俺はもう寝よう。さあ、リズたちと悪魔退治だ。


 俺は意識をスケルトン本体の俺に集中させた。

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