第73話 現人神 あらひとがみ
―― エルフの村娘(22)の視点
私は平凡なエルフの村娘だ。質素ではあるが、両親と幸せに村で暮らしていた。
ある日、木の実を採りに森に出かけて帰って来ると、武装した人間たちに村が襲われていた。
(どういうこと? 人間とエルフは共存共栄するんじゃないの?)
私は人間のプロパガンダにすっかり騙されていた。私だけではなく、多くのエルフが騙されている。一度だけ見た私たちエルフよりも美しいあの人間の女の言葉に。
私は反転し、森に逃げ込んだが、すぐに見つかって、わけのわからないうちに炭鉱の街に連れて来られた。両親はどうなったのか分からない。
今日も醜い人間の男が、私の体をベタベタと触っている。
「こいつ、少しは声を出せっ。サービス悪いって報告するぞ」
しまった。声を出すのを忘れていた。
「よ、よしっ。それでいい」
こんな毎日なら、もう生きるのを終わりにしてもいいのではないか。ここ最近は本気でそう思うようになった。ダメだ。泣いたりしたら、どんな罰を受けるかわからない。いつものように、頭を真っ白にして、ただただ時間が過ぎるのを待とう。
「おいっ。声っ」
しまった。また声を出すのを忘れていた。おや? 何だか外が騒がしい。男も気づいたようで、手を止めて、耳をすましている。
見れば見るほど、人間とは不細工な生き物だと思う。こんなに目が小さくて、物が見えるのだろうか。でも、鼻がこんなに大きいから、嗅覚は優れているのかもしれない。
そのとき、突然、勢いよく私の部屋のドアが開いて、金髪のエメラルドグリーンの目をした美しい女性が入って来た。美しいからエルフだろう。
次の瞬間、私の上に覆い被さっていた男の姿が消え、私の体が軽くなった。男は部屋の壁に強かにぶつかって、失神している。いや、死んでいる?
金髪女性が倒れている男の背中に手を当てて何かを呟いた。男の口から少し煙のようなものが出て、次の瞬間、男が消えた。これまで何度か見たことがある。あれは格納だ。ということは、男は死んだということだ。
「助けに来た。もうこんな生活はしなくていい」
金髪女性がベッドの上の私に優しく微笑みかけてきた。
え? 助け……。 本当に……!?
説明できない感情が私の中で爆発した。次から次へと涙が溢れてくる。
「あ、ありがとうございます……」
やっとのことでお礼を口にした私に、金髪女性は優しく毛布をかけてくれた。
「ここでじっとしていられるか? 後でナースが助けに来る。大丈夫か?」
ダメ、この人について行かないと、また人間に捕まってしまう。
「つ、連れて行ってください。残るのは不安です。連れて行って……」
金髪女性はまた優しく微笑んでくれた。
「いいぞ。後ろについて来い」
金髪女性と一緒に部屋の外に出ると、毛布にくるまったエルフの女性が廊下にたくさんいた。みんな不安そうだが、目に希望の光が宿っていた。
助けてくれた金髪女性は、隣の部屋のドアを蹴飛ばして、部屋に入って行った。
私は廊下のエルフの中に、同じ村の幼馴染みを見つけた。向こうも私に気づいたようだ。私はすぐに声をかけた。
「シルカもここに!?」
「うん、ミセイも捕まっていたのね」
「何が起きているの?」
「さっきの金髪女性が助けに来てくれたの。人間の男を順番に殺しているわ。凄く強いのよ」
「でも、そんなことしたら、軍が出て来るわ」
私は心配だった。最悪のことしか考えられない。
「人間はこの大陸から一掃するから大丈夫だって」
本当だろうか。期待していいのだろうか。
金髪女性が隣りの部屋から出て来た。毛布をまとったエルフの女性も後ろについて来た。彼女も不安なのだろう。金髪女性がまた次の部屋のドアを蹴破った。
―― 30分後
私たちが一階のロビーで体を寄せ合って座っていると、エルフの男性が、私たちと同じように毛布にくるまったエルフの女性をたくさん連れて、二階からロビーに降りて来た。
「ボーンさん、今回は負けましたかね」
エルフの男性が私を助けてくれた金髪女性に話しかけた。
あの女性はボーンさんとおっしゃるのか。
「不死王さん、前回は優しさが足りなかったことに気付きました。今回は優しく微笑みかけたのですよ」
ボーンさん、ふしおうさん、私はこの二人の名前を生涯忘れない。エルフは受けた恩は必ず返す。私の一生をかけて、恩返しするわ。
私が心のなかで強く誓っていると、ナース服の女性がエルフの女性数人を引き連れて一階に降りて来た。恐らく部屋でじっと待っていた仲間だろう。続いて、別のナースが同様にエルフを連れて降りて来た。次々にナースが降りて来る。
こんなにたくさんエルフの女が捕まっていたんだ。
私はボーンさんが気になって、失礼とは思いつつもチラチラと見てしまう。ボーンさんは、ふしおうさんと談笑されていた。すぐ近くなので、会話の内容がよく聞こえた。
「ナースの人たちはみなさんグラマーですね」
確かにボーンさんのおっしゃるとおり、ナースの人たちは全員がエルフには珍しいグラマラスな美人だ。
「お気に召しましたか。グラマーな女性がお好きなのですよね? ボーンさんのお名前の由来は、胸の大きな女性から来ているのでしょう」
「え? 違いますよ。骨だからボーンです」
「こちらの世界で『骨』はそんな発音ではないですよ。『ボーン、キュッ、パッ』の女性の体型を表現するときの『ボーン』じゃないのですか?」
「違いますよっ」
「ははは、隠さなくてもいいでしょう。私とボーンさんの仲じゃないですか」
ボーンさんはふしおうさんと仲が良さそうだ。
楽しそうなお二人の会話を聞いていたところ、一人のナースが私に話しかけてきた。
「体調大丈夫? ちょっと診させてね」
そう言って美人が私の両肩に手を置いた。肩から暖かいものが降りて来て、体全体がぽかぽかして来た。少しかゆみがあったところが、すうっと治って行く。
「うん、大丈夫。健康よ」
「ありがとうございます」
「何か気になるところがあったら、いつでも声かけてね」
そう言って、美人のナースは私の隣りのエルフの診察を始めた。ふと気づくと、ボーンさんの姿が見えなくなっていた。
「ボーンさんはどちらに?」
先ほどのナースに聞くと、隣の宿舎に行ったという。隣の宿舎には人間の役人たちが住んでいる。私たちを絶望のどん底に落とした奴らだ。黒い感情がメラメラと湧き上がって来る。
「ひょっとしてボーンさんは?」
「あなたたちの敵討ちに行ったのよ。ここの部屋は狭いから、隣りの宿舎に引っ越しするの。人間は綺麗に消して、掃除もするから安心してね。ここよりも広くて日当たりがいいから、きっと気にいるわよ」
「ボーンさんはどんな方なのですか?」
「私たちはよく存じ上げないの。私たちの主人の不死王様のご友人としか知らされてないの。ただ、私たちには分かるのだけど、ボーン様は女性の姿をされているけれど、魂は男性ね」
「か、神様っ」
神様がエルフの目の前に現れるときは、女性の姿で現れる。私たちは村の長老たちからそのように教えられて来た。
何人かが今の会話を耳にしたようで、ボーン様が神様だとあちらこちらで囁かれ始めた。
(ボーン様、神様、助けて頂いて、本当にありがとうございます)
私たちは一人、二人と跪き、宿舎の方に向かって
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