第72話 男は殺せ

 森林大陸は豊かな森林資源と地下に埋蔵されている石炭に恵まれている。人間はその二つに目をつけ、エルフを労働者として使役し、大量の木を伐採し、石炭を掘り起こし、人間の大陸へと輸送していた。


 コンドはスマの北約六十キロに位置する炭鉱の街だ。広大な露天掘り炭鉱が街の北の郊外にあり、毎日、炭鉱の南側の居住区からエルフの男たちが炭鉱に来て、石炭を掘って人間の主人の元に運んでいく。


 炭鉱は至る所で火災があり、有毒ガスやすすで目や喉がやられる。また、陥没や火災による事故も多く、既に多くのエルフたちが犠牲になっている。


 俺と不死王は俊足をとばして、一時間弱でスマからコンドに到着した。巨大な炭田とエルフ居住区を眼下に望む高台に人間の居住区があり、豪奢な邸宅が並んでいる。


 不死王が俺に話しかけて来た。


「人間の居住区はここです」


 俺は高台から風下方向に視線を向けた。


「あれが炭田ですか」


 遥か遠くに石炭が燃えている炎がチロチロと見えた。


「ここら一帯には、人間とエルフの使用人がいます。女と子供は殺さないで下さい。男のエルフはほとんどいないと思いますが、念のため、耳を見て判断してください」


 エルフの男姿の不死王が、自身の耳を指差した。エルフの女は男ほど耳が長くないし、髪の毛で耳が隠れている場合が多いが、エルフの男は耳が出ている。索敵すれば、人間は青、エルフは緑に見えるので、それで区別することも出来る。


「分かりました。邸宅に一つずつ入って、殺して行くのでしょうか?」


「そうです。人間の男だけ選りすぐって殺して下さい」


「先に慰安宿に行きませんか? 美人が酷い目にあっていると知って、居ても立っても居られないのです」


「仕方のない人です。使用人をさせられているエルフの女も酷い待遇ですよ。性行為を強要されることもありますし、奥方から逆恨みされて、顔を傷つけられたりする事件も発生しています。ここでも美人が酷い扱いを受けているのです」


「許せませんね」


「でしょう? 早くここを片付けて、慰安宿に行きましょう」


「分かりました」


「ただ、エルフが人間の妻子から攻撃されないように、住み分ける必要があります。サキュバスを召喚して、エルフの避難誘導に従事させます。封印しないで下さいよ」


「あの、大きな誤解があると思います。俺は誰彼構わず封印したりしないですよ」


 不死王は苦笑した。


(信じてねえな……)


「サモン、サキュバス、マルチプル、テン」


 不死王の後ろにずらりと十柱のサキュバスが現れた。


  ……エロい!


 この言葉でしか、コイツらを形容することは出来ないであろう。


 サモンで召喚出来るのは異性だけだ。アンデッドは冥界、悪魔は魔界から召喚されるが、最高に美しいとされているのがサキュバスだ。しかし、一度に十柱も召喚するとは、やはり不死王の名は伊達ではない。


「あの、もっと控えめな容姿の方々の方が、救助活動には適切ではないでしょうか?」


 おっぽいも下も、ちょっと動いただけで、ぽろりとか、ぱかりとかなりそうなんだが。


「ナースの服を支給しますので、大丈夫ですよ。癒し系魔法が使えるのは彼女たちだけなんですよ」


「ひょっとして、さっきの遊郭のナースも彼女たちなのですか!? 不死王さん、いったい何柱召喚出来るのですか?」


「サキュバスなら99柱まで召喚出来ます。あ、ボーンさんと違って、エッチなことはしませんよ。私、リアルのアンデッドしか、興味ないのです」


(きゅうじゅうきゅう……、すげえ! それよりまた誤解がっ)


「いや、だから、すごく大きな誤解があります。俺、そんなにエッチじゃないですから」


「そうですかね。私は五千年以上に渡って、色々な人間を見て来ましたが、ボーンさんほど女性をエロく着飾るすべに長けた人を私は知らないです。エッチじゃないと出来ないですよ。まあ、ボーンさんの前世のお国が凄いのかもしれませんが」


 確かに日本の性文化は異常かもしれない。日本では普通だった俺だが、この世界ではど変態と言われても仕方がないのかもしれない。


「日本が全て悪いのですね……」


「ええ、あなたのお国はエロ師を目指す者には、大変勉強になります。さあ、始めますよ」


(「エロ師」? 不死王は「エロ師」を目指しているのか?)


 その疑問はさておき、俺と不死王は手分けして人間たちの邸宅に侵入し、殺人を繰り返した。俺としては、人間のクソ女も殺したかったのだが、不死王の顔を立てて、殺さないでおいた。


 コンドには人間が二千人ほど暮らしているらしいが、世帯主の男はほぼ全員殺害したことになる。出来るだけ妻子に気づかれないように殺したが、あの最中だったりして、目の前で殺すしかなかったケースも少なからずあった。


 奴隷商人を殺したときと同じで、残された妻子にあの恨めしい目をされたが、とっとと忘れることにした。クソったれオヤジを殺しただけだ。


(後でスキルを調べるのが楽しみだな)


 今度は不死王の方が先に作業を終えていて、俺が不死王に合流する形になった。


「結構時間がかかりましたね。では、お待ちかねの慰安宿に行きましょう。炭田の手前のエルフ居住区の一画にあります。エルフを監督する人間の下級役人の宿舎があって、それに隣接しています。もちろん宿舎もターゲットです」


「エルフの男はそういった行為はしないのですか?」


「エルフは愛しているものとしか、性行為はしないです。愛していないものに対しては、性欲が湧かないのです。ですので、慰安宿にエルフの男がいたら、人間の手先ですので、殺していいです」


 長寿種が性欲旺盛では困るか。ちょっと待てよ。


「エルフの女もそうなのですか?」


「ええ、エルフの女は、性欲は全くと言っていいほどありません。ただ、好きな男には尽くしますよ」


 エルフ姫と侍女たちは、無理矢理俺に尽くすように強いられているのではないだろうか。俺は今日殺した人間の男と同じことを彼女たちにしているのではないか。そう考えたとき、アネモネの笑顔が鮮明に頭の中に蘇って来た。


(やっぱり好きな女だよな。エルフたちを触りまくるのは、もうやめにしよう)


「どうしました? 行きますよ」


「はい」


 俺たちは慰安宿へと向かった。

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