第71話 女を救え

 人間の大陸から遠浅の海を挟んだ東側に、エルフの住む森林大陸がある。晴れた日には、お互いの対岸が見える距離だ。


 森林大陸の西端の人間の大陸に最も近い場所に、スマという貿易都市があり、古くから人間との交易を行っていた。エルフの国々が植民地化された以降も、スマに最も多くの人間が住んでいる。


 俺と不死王は夜のスマに来ていた。


「ここが遊郭街です。人間のクソオヤジたちが、エルフの娘をさらって来て、ここで無理矢理奉仕させているのです」


 森を切り開いた昔からある小さな村をそのまま遊郭にして、村にエルフの娘を住まわせ、村の入り口で料金を支払いさえすれば、勝手に家屋に入って行って、やりたい三昧するというシステムらしい。


(日本でやったらウケるかもな)


 ちなみに入り口の受付の男たちは既に殺した。


「全部で家屋はいくつあるのですか?」


「五百ほどです。扉に掛けられた札が白ならば空いています。赤のところには男がいます」


「とりあえず男は皆殺しでいいですか?」


「はい。エルフの男も人間にすり寄るウジムシですから。女子供には人間であっても、手をつけないで欲しいのですが、そこはボーンさんのご判断にお任せします」


「人間の女もいるのですか?」


「そういう趣味の者がいます」


「ということは、エルフの娘をなぶりものにしているということですね。きれいでなければ殺します」


「いいでしょう。では、始めましょう。この道は村の中心を通っています。右側を私が、左側をボーンさんにお願いします」


「了解しました」


 俺は早速、左手前の最初の民家に入って行った。扉に三枚かかっている札は全て赤になっていた。札に「アイ」「マイ」「ミイ」と書かれているのは源氏名だろうか。


 ここには三人のエルフの娘がいて、それぞれ源氏名の書かれた個室で、人間の男の相手をしていた。


 まず手始めに、「アイ」の部屋に入って、腰を動かしている男の後ろから近づき、頭を軽く脳天チョップした。


「あいたっ」


 男が驚いて振り返った。四十代ぐらいのおっさんだった。


「お、女? 何のつもりだ?」


 俺はエリザの格好だった。普通の人間ならこの格好でも十分だからだ。


「お前たちを殺しに来た」


 そう言って、男の心臓に向かって、アトムを放った。原子を振動させ高温にする魔法だ。心臓を電子レンジでチンしてやったのだ。実は核融合も出来るのだが、こんなところで、メルトダウンはさせられない。


 男が即死して、アイの方に倒れて行くのをつかまえて、格納した。デスを使わないのは、アイを誤って殺さないためだ。デスは広範囲に拡散するため、危険なのだ。


『採掘のスキルを取得しました』


(炭鉱関係者だったのかもな)


「ここでおとなしくしていなさい。後でナースに来てもらうから。じっとしているんだよ」


 俺はまだ幼さを残しているアイに優しく囁いて、持参した清潔な毛布をかけてやった。


 次の「マイ」の部屋に入ると、マイが俺に驚いた表情を向けた。背中を向けていた男が、その表情を見て俺の方に振り返ったので、俺は男の顔を思い切り蹴飛ばした。男の首の骨が折れ、部屋の壁に叩きつけられた。


(ちっ、スキルなしか)


 男の遺体を格納し、マイに毛布を渡して、待っているようにと声をかけた後、「ミイ」の部屋に入ると、男がミイに恥ずかしいことをさせていた。


(何をさせてんだよ、こいつはっ)


 腹が立った俺は、立っていた男に延髄蹴りを決め、ミイを優しく抱き抱えて、部屋を出た後、男の全身にアトムを放って、丸焼きにしてから格納した。


「もうこんなのことしなくていいからな。ここで他の子と一緒に待っていなさい」


 俺はミイに毛布をかけてやった。


「ここにいたら、また人間が来ますっ。一緒について行きますっ」


 ミイが俺にすり寄って来た。


「人間はもう来ない。村の入り口で、俺の仲間がやって来る人間を片っ端から殺しているから」


 村の入り口には、アンデッド軍団の幹部数名が見張りをしているはずだ。


「お姉さんに一緒について行かせてくださいっ。後ろで邪魔しないで見ているから。邪魔にならないようにしますから」


 ミイが涙目ですがってくるので、俺は仕方なくうなずいた。


「じゃあ、服を着て、ついて来い」


 ミイが慌ててガウンのようなものを着て、俺の後ろについて来た。俺は家の外に出て、次の家を探した。


「この道の左側の全部の家に入るんだが、早く終わるルートを案内してくれるか?」


 ミイは少し考えてから口を開いた。


「はい、こっちの家がいいです。私はセリナといいます」


「ああ、名前か。俺はボーンだ」


(やはり「ミイ」は源氏名だったか)

 

「お姉さん、何で男言葉なんですか?」


 プライバシーに踏み込んでくるなあ。


「邪魔しないんじゃなかったのか?」


「ごめんなさい。質問やめます」


 しかし、エルフはみんなこんなにきれいなのか。三人ともアイドル並みの美貌だ。もう、そんなシュンとした顔するなよ。


「中身は男なんだよ。俺はこの女を操っているんだ」


「神様!」


 セリナが突然土下座して、俺を拝んでいる。


「神様ではない。さっさと作業を終わらせたい。置いて行くぞ」


 俺はセリナをそのまま放置して、次の家屋に入って行った。セリナは被害者だが、俺は健気にエロオヤジに頑張ってサービスしていたセリナにも腹を立てていた。


(こんなところ、ぶち壊してやるっ。アネモネも一度、ここを見るべきだっ)


「立場の弱い美人をいたぶってんじゃねえぞ、ごらああ!」


 俺は吠えた。


 怒りに燃えた俺は、人間の男を殲滅すべく、俊足を駆使して、次々に男をぶち殺して行った。


***


 左側の家にいたクソオヤジ全員を処刑すると、ようやく怒りがおさまった。


 二百以上の家屋に合計五百人超のエルフの娘たちが拉致されていた。エルフの娘たちは揃いも揃って美しかったが、エルフという生物は、いったいどういう遺伝子をしているのだろうか。ただ、全員が爆乳というわけではないようだ。


(むしろ、控えめな胸の子の方が圧倒的に多いよな。エルフ時代、エルフ姫、エロ美しい侍女軍団は、不死王が厳選したに違いない。恐るべきは、やはり不死王だな。アンデッド界一のエロプロデューサーだ)


 俺の後ろには、セリナのようについて来た女が六人いた。しばらくして、不死王が数十人の女を後ろに引き連れて現れた。


「ボーンさん、お待たせしてしまいました。こんなに女の子がついてきてしまいました。ボーンさんは六人ですか……」


 不死王が何やら勝ち誇ったような顔をしている。


「不死王さんが男体だからですよ。それから、私は俊足で次々に殺しましたから。ついて来るのが大変だったのでしょう」


 俺はムッとして言い返した。


「まっ、そういうことにしておきましょう。それで、全員始末したのでしょうか?」


 気に食わないが、こんなことで目くじらを立てる必要はあるまい。


「ええ、遺体は全て格納しました。四百人ほどですね。エルフの男もいましたが、女は殺していないです」


 ちなみに相当な数のスキルをゲットした。後で悪魔事典で調べてみよう。男しか殺していないのに、「月経」とか本当にスキルかと思うようなものもあった。


「私の方もそれぐらいです。妻に事後処理をするように伝えましたので、次に行きましょうか。みなさん、もう安全ですから、それぞれ自分の家に戻って下さい」


 不死王がついて来たエルフの女たちに向かって、それぞれの部屋に帰るように促した。


「今日助けたエルフの娘たちはどうするのでしょうか」


「植民地が完全に解放されるまでは、ここで暮らしてもらいます」


「そうなのですね。ところで、一度、不死王さんの奥様にもご挨拶したいです」


 普段感情を表さない不死王が、目を見開いて、慌てた様子になった。


「つ、妻ですか!? エルフの娘たちはボーンさんの好きにして構いませんので、妻だけは勘弁してもらえますかっ!」


 何を言っているんだ、不死王はっ。


「挨拶するだけですよっ。いつもお世話になってますって、ご挨拶したいだけです。私は至極真っ当なスケルトンですよ。何だと思っているんですか、全く……。そういえば、不死王さんの種族は何でしょうか?」


「私ですか? マミーです。ミイラですね。一応、最高位のマミーアンリミテッドです」


「ちなみにレベルはどれぐらいなのでしょうか? 索敵にも表示されないです。鑑定も効かないですよね?」


「妻に手を出さない、と約束してくれるのなら、教えてもいいですよ」


「いや、出しませんって。人様の奥さんに手は出しませんよ」


「ボーンさん、嘘はいけません。あなた、前世で……」


「わ、分かりました。分かりましたよっ。手を出さないと誓いますっ」


 ユカリさんの件だな。結婚してるって知らなかったんだよ。俺はむしろ被害者だろう。不死王はどこまで俺の記憶を覗いたんだよ、まったく。


「であれば、別に隠すこともありませんので、お教えします。レベルは十万ちょいです。悪魔三柱と同じぐらいです。鑑定ですが、鑑定耐性アイテム『人魚のティアラ』を持っておりますので、私には効きません」


 十万か。雲の上ってほどではないな。でも、アイテムはすごいな。


「ひょっとして、人魚シリーズって貴重なのですか?」


「ええ、とても。『人魚のネックレス』もなくさないで下さいよ」


「もう一つ持っていたりはしないのですか?」


「持っていないですが、人魚シリーズの他のアイテムでホーリーには対抗出来るのですよ。ですので、お貸ししていても問題ないのです」


「不死王さん、そんなのお強いのに、なぜ勇者に負けたのでしょうか」


「簡単です。負けた後に強くなったんです。それよりも、ここは部下に任せて、早く次に行きますよ。次は炭鉱労働者の解放です」


「男ですか……」


「男も助けてあげましょうよ。男の女が喜びますよ」


「気が乗らないです。遊郭は他にないのですか?」


「炭鉱近くに慰安宿と呼ばれる場所があります。そこも解放しましょう」


「では、行きますか」


 俺たちは遊郭村を後にして、炭鉱に向かった。

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