幕間 日本料理店

―― 農家の娘チム(会員番号135番)の視点


 館での暮らしは夢のようだった。鍛錬がキツいという仲間もいるが、農家での重労働に比べれば、お遊びのようなものだった。


 私は日本料理店の開店メンバーに選ばれた。王都の歓楽街に第一号店をオープンさせるのだ。店長はイブさんというすごく綺麗な人だ。エルフという話だが、植民地の民でも分け隔てなく登用するボーン様は、本当に立派な方だと思う。


 フランソワ様から、ボーン様から変なことはされていないか、としばしば聞かれるが、そんなことは全くない。


 先日は、マーガレット様から、ボーン様が「人魚のネックレス」なるものを使って、エッチなことをしてこないか、とも聞かれたが、あの方がそんなことをするはずがない。そもそも、ボーン様は女性だし。


 私はボーン様から調理、掃除、接客、帳簿、化粧のスキルを授かった。開店メンバーはイブさん以外は十名で、全員が同じスキルを所持しており、全員がどんな役割でもこなせるようになっている。


 イブさんだけは、経営、料理、宣伝といった幹部用のスキルを持っているらしい。イブさんは先にお店の方に通っていて、開店準備を進めていたが、彼女の美貌で、業者さんたちは大張り切りだったようで、予定よりも早く準備が完了した。


 そうなのだ。今日はいよいよ開店の日なのだ。私は今日は料理長を担当する。開店は十八時だが、初日ということで、お昼の十二時から厨房に入り、調理場担当五人で仕込みを始めた。


「お疲れ様ぁ」


 イブさんだ。女将としてフロアマネージメントするため、着物という日本の民族衣装をお召しになっている。厨房に花が咲いたような、イブさんのいる空間だけ光り輝いているかのように錯覚してしまう。私たちとは女子力が違いすぎる。


「今日はアードレーファミリーの方々にご予約頂いているわ。それぞれの方が、大切なお客様をお連れするらしいの。でも、緊張しなくて大丈夫。ボーン様に頂いたスキルを信じて、いつものように調理すればいいのよ」


「「「はいっ」」」


***


 お店の開店時間になり、イブさんが次々にお客様をご案内して、あっという間に十席が埋まった。テーブルに案内されたお客様に給仕担当がそれぞれ付き、メニューの説明をしている。


 事前に用意してある果実酒の配膳が始まった。先付けの山菜のお浸しも準備してあり、給仕係が次々に運んでいく。テーブルの様子が気になるが、調理に集中しないといけない。


 寸胴の吸い物の味見をして、少し味を整え、お椀に注ぎ始めた。給仕係が素早くお椀を受け取り、無駄のない動きで、冷めないうちに客席まで運んで行く。


 同時に焼き物の準備にかかる。王都郊外を流れるセントクレア川で先ほど水揚げしたばかりの鮎をさばいて塩をふり、串焼きにする。


 お造りはまだ様子を見ようということで、当面は出さないつもりだ。刺身は試食などを重ねて、徐々に生の魚への抵抗を和らげていく方針だった。


(お刺身、美味しいのになあ)


 次の煮物を準備しているときに、超美形の若い男の人が、イブさんと一緒に厨房に入って来た。


「よお、頑張ってるな。無茶苦茶美味しいぞっ。アードレーの連中も大喜びだっ」


 男の人が満面の笑顔で、声をかけて来た。


(だれ? この人?)


 厨房の全員が驚いて固まってしまっている。そもそも厨房に勝手に入って来られては困る。


「あら? みんな、ボーン様よ。ご挨拶は?」


 イブさんがクスッと笑っている。

 

(え? ボーン様っ!? でも、男の人っ!?)


「そうか。男の俺は初めてだったな。ボーン先生ですっ!」


 すごく陽気な人だ。よく見てみると髪の色と瞳の色とお顔立ちがボーン様に似ていらっしゃるが、身長が全然違う。というか、そもそも性別が違う。どういうことかさっぱりわからないが、とりあえずお辞儀しておく。


「邪魔して悪かったな。この後もよろしくな。いつも通りにやっていれば大丈夫だからな」


「皆さん、お客様がすごくお喜びよ。チム、後で客席にご挨拶してもらうわよ」


 そう言い残して、お二人は客席の方に戻って行った。


(何だったのだろう。いけない。調理に集中しなきゃ)


 今日最も調理に気を使う天ぷらを揚げ始めた。天ぷらは取り出すタイミングが非常に難しい。音に耳をすまし、泡の大きさを注意深く見ながら、絶妙のタイミングで取り出して行く。


(バッチリよ!)


 天ぷらを盛り付け、削った岩塩を添えて完成だ。四十人分の料理を五人で手分けして、テキパキとこなしていく。


 あとは締めのご飯と最後の甘味で終了だ。これらは既に準備できているものをよそってお出しするだけだ。


 洗い場に積み上げられたお皿やお椀を手分けして洗い始めた。料理長の私を含めて全員が皿洗いもこなす。食べ残しが全くない。全部綺麗に食べてくれている。私は嬉しくて涙が出て来た。


(私たちの作った料理を楽しんでもらえることが、こんなに嬉しいなんて……)


 隣のリサを見ると、リサも泣きながら皿を洗っている。私たちはお互いに見つめ合って、泣きながら笑った。


 全ての配膳が終わり、しばらくして、イブさんが私を呼びに来た。


「チム、お客様がぜひ料理長にお礼がしたいって。ご挨拶なさい」


 今日の料理長は私だが、明日はリサだ。十人が料理長を輪番する。皆んなで作った料理だが、今日は私がお客様とお話しする栄誉を頂くね。


 客席に出ると、お客様に拍手で迎えられた。品のいい男性と綺麗な女性が多くいらっしゃった。ボーン様とおっしゃった方が、とびきりの美女と一緒に拍手している。後で聞いたが、あの一際綺麗な女性が、聖魔女様だったそうだ。


「ほう、こんなに若い子があんな素晴らしい料理をねえ」


「うちの町にも支店を出して欲しいよ」


「忘れられない味だったわ」


 生まれて初めて頂く数々の賞賛の言葉がとても嬉しくて、私は


「私たちの料理を召し上がって頂き、本当にありがとうございました」


とお礼を申し上げて、深々とお辞儀をした。

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