第69話 不死王の密談
―― 不死王視点
不死王はエルフ国の太古の宮殿と呼ばれる遺跡に滞在していた。
「ダメだったの?」
原初のヴァンパイアの母親は、実は不死王の妃になっていた。ルカをそのまま大人にしたような容姿で、妖艶な美女だ。
「すぐにこっち側につくと思ったのだがな……」
不死王はエルフの男性に憑依している。若く美しい青年だ。
「人間に情があるのかしら。元人間よね」
「この世界の人間ではない。エルフも人間も奴にとっては同じはずだ。であれば、美人の多い方につくのが、ボーンの思考のはずだ。美しいお前を見たら、あっという間に封印され、慰み者にされるぞ」
「そ、そうなのね」
妃の顔が引き攣った。
「変態だらけの国から来た男なのだぞ。女は裸に近い格好で街をうろついているし、男は日常的に女の裸を見て過ごしている。不気味なところだ」
「そ、それはひどいわね。でも、だからエルフにあんな太もも丸出しの格好をさせたのね」
「信じられないが、あれが正装なのだ。あの格好で大衆に舞踊を披露していたからな。だが、ボーンはどうやらフランソワに遠慮していたようだ。あの女、邪魔しかしない。ところで、ボーンの元にいるお前の娘は使えそうか?」
「ルカね。完全に封印されていて、全く意思疎通できないわ」
「そうか。可哀想だが既にボーンの慰み者だろう。エロくても勇者か。女を使っての調略が一番有効であるのは間違いないのだが、封印されたら終わりか。私が封印されないのは助かったが、これでは調略のしようがない」
「戦ってもお互い決め手がなく、引き分けなんだから、もう気にしなくてもいいんじゃない?」
「アンデッド同士はそれでいいが、ボーンの従者は強敵だ。私以外は全員浄化されるぞ。私もレベル1まで下げられると、アンデッド軍団は崩壊だ。何としてでも味方につけるしかない」
聖女だけなら何とかなるが、アンデッドと組まれると手強い。アンデットが壁役になり、聖女に攻撃が通らないからだ。しかも、勇者となると難易度が桁違いに高くなる。ボーン一味に対する勝ち筋が全く見えて来ない。
「聖女の従者を私が殺しましょうか?」
「サーシャをか? サーシャを殺しても、別の聖女を育てられる。我々に対する敵対心を増やすだけだ。労あって益なしだ。それに、知っての通り、俺は女子供は出来るだけ殺したくはない。これはこれまで通り、お前にも守ってもらうぞ」
「分かったわよ。ボーンは浄化できないの?」
エルフの聖女を育てることは可能だが、サーシャのように、数ヶ月でホーリーが使えるように育て上げることは不可能だ。どうしても、二年から三年はかかる。しかも、苦労して育てても、ボーンには通用しない可能性が高い。
「出来るかもしれん。だが、フランソワの記憶を読んだが、ボーンは人格を変えられるらしい。浄化に失敗したら、全面戦争だ。全面戦争になると、もう一度言うが、私以外は全員浄化されるぞ。お前もだ」
「いっそのこと、人間に味方してはどうなの?」
「そんなことをしたら、人間に復讐できないだろう」
「やはり根に持っているのね」
「当たり前だ。あんなところに五千年も封印しおって。ボーンが王国以外の国についていれば、ボーンに協力して、王国を倒すというシナリオもあったのだがな」
「言われた通り、悪魔をけしかけて、帝国の再興を画策しているけど、これも上手く行くかどうかは分からないわ」
「もう一人の娘はどうしている?」
「シルビアはボーンに見つかったけど、王妃が気づいて逃がしてくれたわ。今は王都のダンジョンに潜んでいるわ」
「あの王妃の頭脳は計り知れんな。味方につけたいが、あれも人間とは敵対しないだろう」
「王妃は私の娘と手を組んでいるから、邪魔にはならないでしょう?」
「そうだな。しかし、勇者がアンデッドだなんて、どこのお伽話だ。今までは勇者が現れても、寿命で死ぬのを待っていればよかったんだ。だが、ボーンはこれからずっといるんだぞ。敵対することだけは絶対に避けるべきだ」
「エルフ姫を使うのはどうかしら? エルフの中で最も美しい娘よ。ボーンを釣れるんではなくって?」
「ほう、面白いかもな。少し待ってくれ。もう一度、ボーンの前世の記憶を点検してみる。ボーンの頭の中には『グラビアアイドル』や『コスプレーヤー』と呼ばれるエロの達人たちが溢れている。どれもこれも、乳がこぼれ落ちそうだ」
「ちょっとあなた。何を真剣に見ているの?」
「ボーンの趣味の分析だ。俺は人間の女に興味はない。ボーンの好みはどうやら二十六歳から二十九歳だ。ふむ、ちょっとキュートでセクシーなのがいいようだ」
「ロリコンではないの?」
「ロリコンではない。それは分かっていた。だから、今回はその上の年齢層で攻めたのだが、分析が甘かったようだ。ボーンのストライクゾーンは、もう十歳ほど上だな。エルフ王に話してみるか。国のためなら娘を差し出すだろう」
エルフは長寿だが、三十歳前後までは人間と同じように成長する。三十歳前後から四十歳前後の容姿で二百年ほど過ごし、その後はまた人間と同じように老いて三百歳ほどで寿命を迎える。
エルフは百歳を過ぎてから結婚するのが一般的だが、王族は機会があれば何歳であっても結婚する。エルフの姫は今年二十六歳になったばかりだ。
「この世界で最も美しい二十六歳極上美女を見ても、ボーンは人間側でいられるかな?」
不死王は不敵に笑った。
―― ボーン視点
テアは不敵に笑った。
不死王の密談はだだ漏れだった。慌ててテアの口を塞ごうとしたエルフたちを俺とクイーンで拘束し、これまでの不死王の独り言のような会話をしっかりと聞くことができた。エルフたちは呆然としている。
(マイクの切り忘れかなんかか?)
ようやくテアの意識が戻ったようだ。これ以上はしゃべらないようなので、イブたちの拘束も解いてやった。
「不死王は俺を性獣か何かと勘違いしてますよね。ルカにだって指一本触れてないですし、俺の頭の中は女だらけみたいに言ってましたが、そんなんじゃないですよ」
「ジープンは変態の巣窟なのか?」
タイ語で日本のことを「ジープン」という。
「そんなことないですよ。まあ、こっちの人が見ると、目を覆いたくなるところはあるかもしれませんが。それより、不死王は恐らくルカの母親のヴァンパイアと話してましたね」
「ルカ様とシルビアの母だな」
「シルビアさんは王妃が逃したみたいですね。あの人、どこまで頭がいいんだろう」
「カレンは三十代半ばだぞ。貴様のストライクゾーンからは外れているだろう」
「あのですね。俺の頭はそっちばっかりじゃないですって。美人に弱いことは認めますが、目に入る人全員をどうこうしようとか思ってませんから」
「そうなのか? 確かに今のところは性犯罪は犯していないな。強盗や殺人はやり放題だが、サーシャたちを無理矢理従者にしたわけでもないようだしな。それで、エルフの姫が来たらどうする?」
「フランソワさんには正直に話しますが、俺はアネモネのことが大好きなんですよ。アネモネ一筋ですので、エルフの姫がいくら美しくても、エルフの国にのこのこついて行ったりしないですよ」
「聖魔女に騙されている貴様が不憫でならないが、エルフ側につかれても困る。エルフ姫はきっぱりと追い返すのだな」
「もちろんです」
(前世でもそうだったが、俺が美人に夢中になると、なぜ周りの奴らは俺が騙されているって言うんだ? 俺には可能性がゼロみたいなことを言うんだよなあ)
「不死王のやつ、まさかわざと聞かせたのではなかろうな?」
「どうでしょう。でも、俺も不死王とは喧嘩はしたくないです。あの人、そんなに悪い人ではないです」
「上手く言えんが、貴様と不死王はどこか似ているな。植民地の解放については私も異論はないが、聖魔女は黙っていないのではないか?」
「でしょうね。でも、聖女だけでは不死王は止められないと思いますよ。多分、『人魚のネックレス』をもう一つ持ってるんじゃないでしょうか」
「そうかもな。だが、人間の大陸をエルフが植民地化する件については、エルフと人間の間だけのことであれば口は出さんが、不死王の介入は絶対に認めんぞ」
「頭のいい王妃に作戦を考えてもらいますかね」
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