第66話 初デート

 アネモネとはミントのダンジョンの入り口で待ち合わせた。


 アネモネは少しずつ機密事項を話してくれるようになったのだが、転移陣という魔法陣が各所にあり、アネモネはこれを使って各地に転移できるらしい。


 ただ、一人を転移させる魔法の発動のために、転移魔法師が数十名必要になるなど、かなり大掛かりで、三ヶ月に一回ぐらいしか使えないらしい。


 アネモネは転移でミント入りするというので、俺はミントまでなら「俊足」で半日でいけると教えたら、非常に驚いていた。


「そうだったのね。あの森で逃げられた後、すぐに騎士たちに捜索をさせたのだけど、まさかそんなスピードで逃げているとは思わなかったわ」


といった経緯の後、今日のこの日を待ち合わせの日付に決めたのだった。


 俺はシスターグレー姿で、ダンジョン入り口手前の待合所のベンチに座っていた。冒険者組合の男性事務職員や冒険者たちから注目の的だったが、アネモネが待合所に入って来ると、全員の視線がアネモネに釘付けになった。


 アネモネは聖女の制服で現れた。いつも着ている黒の修道院服も魅力的だが、純白の聖女服は、彼女の美しさをより一層引き立たせているように見えた。


(きれいだ。本当にきれいだ……)


 ずっとアネモネに惹かれていたが、トドメを刺された感じだった。だが、所詮俺は骸骨の身、俺の気持ちを伝えることなど到底出来はしなかった。


「おはよう。褒めてくれてありがとう。レセプトしているわよ」


 やばい、さっきの「きれいだ」を聞かれたらしい。


(おはよう。さっきのは、聖女服がきれいだと誉めたのだ)


「うふふ、ありがとう」


 冒険者事務所から責任者と思われる男性職員が飛び出して来た。


「こ、これは聖魔女様、本日はダンジョンに入られるのでしょうか」


「ええ。事前通知なしでごめんなさいね。急用なの。こちらのシスターボーンと一緒にプライベートでダンジョンの調査に来たのよ。聖魔女としてではないから、組合の支援は不要よ。秘密にしたいから、本部にも報告しないでね」


「かしこまりました」


「私たちが入るときだけ、人払いしてくれるかしら」


「かしこまりました、すぐに手配します」


 問題は、果たして普通に入り口からダインジョンに入れるかどうかだが、やはり入り口に立った途端に強烈な重力が発生し、俺の霊体はあっという間に入り口からダンジョン地下一階に吸いつけられてしまった。


 アネモネに人払いをお願いしたのはこうなることを予想していたからだ。アネモネがゆっくりと梯子はしご階段を降りてくる。


 この角度、完全にパンツが見えると思うが、決して上を見上げたりはしない。俺は目を伏せて、静かに待った。実際には、目を使って見ているわけではないのだが、見てませんよ、という俺なりのアピールだ。


「お待たせ。今日はシスターボーンで行くのかしら」


(ボーン先生で行かせてもらう。初デートだからな)


 俺はレグナにスイッチした。


 二人で行動するのは、ミントの森以来だが、あのときは憑依していたので、デートという感じではなかった。


 今は肩を並べて歩いているので、まさにデートだ。初デートがダンジョンとは、殺伐とし過ぎているが。


「うふふ、よろしくね。私は魔女の方で行くわよ。せっかくだから魔女のレベルをもう少し上げたいの」


「了解だ。知っていると思うが、俺と一緒に戦うと、勇者の恩恵で、お互いに経験値を共有できる。俺が倒してもアネモネが倒しても、両方に同数の経験値がもらえる」


「あなた、本当に勇者なのね。『勇者の伴侶』は誰にする予定なのかしら?」


「何だ、それは?」


「あら? 悪魔には知られていないのかしら。勇者が万一命を落としたとき、勇者の力を一時的に全て受け継いで、自分の命と引き換えに、勇者を復活させる力を持つ人よ。勇者が最初に契りを結ぶ人がなるの」


 マジか。あっぶねえ。キャッチバーの若い女を危うく「勇者の伴侶」にするところだった。


「そんな存在があったのか。好きな女にはさせられないな」


「うふふ。あなた、いい人ね。あなたを心の底から愛する人が、志願すると思うわよ」


「アンデッドを愛する人間なんていないさ」


「そんなことはないわ。愛は心でするものですもの。それに、あなたは肉体もあるじゃない。可能性はあるわよ」


「アネモネの可能性もあるのか?」


「あら、口説いてくれてるの? 考えておくわよ」


 そう言って、アネモネは怪しく微笑んだ。だが、この話はここまでで、アネモネは話題を変えて来た。


「ところで、よくリズやアリサさんを説得できたわね。ついて来たがったでしょう」


「まあな。でも、学業優先だし、不死王に人質に取られたりするとまずいからと説得した。それと、休みになったら、旅行に連れて行く約束をさせられた」


「どこに旅行に行くの?」


「旧帝国領のレッドラグーンに行ってみたいってさ」


「赤い温泉ね。私も行こうかしら」


「ぜ、是非、どうぞ」


 つい食いついてしまった。


「急にかしこまって、変な人ね。ちょうど聖女隊の次の遠征地なのよ。サーシャさんも一緒に行けるわよ」


「冥界王か?」


「いいえ、彼は当面は放っておいた方がいいの。下手に封印すると冥界の門の制御が面倒だもの。そうではなくて、悪魔がこのところ、旧帝国領で不穏な動きをしているの」


「手伝うぞ」


「今回は大丈夫だと思うけど、いざとなったらお願いしようかしら」


「じゃあ、決まりだ」


 次の約束も決まっていると、今回のデートを最後まで楽しめる。


 俺は楽しいイベントも、終わりが近づくと終わってしまう悲しさが強くなってしまい、最後まで楽しめないのだ。だが、次があれば、そういう気持ちにならずに済む。


 こういった会話をしながら、どんどんダンジョンを潜って行き、地下五階に到着した。半年前とは違って、随分と冒険者が多く、賑やかだった。


 換金屋で懐かしい顔を探したが、見当たらなかった。代わりに若い男が換金屋のカウンターにいたので聞いてみた。


「半年くらい前にいたマッチョなオヤジはどうした?」


「ああ、ダギンさんですね。ミントの商業ギルドのギルドマスタに選出されて、今は地上勤務です」


「ほう、出世したんだな」


 俺は仕留めたビーストをいったん全部換金した。アネモネも店に入って来た。


「ボーン、この下って、例の虫のフロアでしょう? 私、苦手なのよ。いい方法ないかしら?」


 換金屋がアネモネのあまりの美しさに口をぽかんと開けている。


(お前なんかにはもったいない。無料ただで見るんじゃないよ)


 俺はアネモネを換金屋から見えないようにガードした。換金屋が何とか盗み見しようとしているが、ことごとくブロックした。


「ボーン……。どうしたの?」


「いや、何でもない。虫は大丈夫だ。ルカの棺桶を人目のないところで出すから、それに入っていれば大丈夫だ。寝ている間に到着だ。経験値も貰えるぞ」


「ボーン、あなたって、本当に便利ね。助かるわ。遠慮なく使わせてもらうわね」


 俺は人目のないところでシスターボーンに戻り、棺桶を取り出して、アネモネに入ってもらった。


(アネモネって、本当にスタイルいいよなあ……)


 こんなに長い時間をアネモネと二人で一緒にいられることに、俺は感謝した。俺はもうアネモネに完全に惚れてしまっている。


(さすがに少し熱を冷まさないとまずい。夢中になっちゃうと、色々と恥ずかしいことをやらかすからな。後から思い出して、うわー、とか叫びたくないぞ)


 そんなことを考えながら、俺は棺桶を引きずって、虫フロアと蟻の巣フロアを適度に敵を倒しながら通過した。


 そして、地下八階まで到達し、驚くことになる。


「アネモネ、起きてくれ。地下八階のアンデッドが全部いなくなっている」


 地下九階の不死王を封印していたピラミッドももぬけの殻だった。

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