第65話 理事長への報告

 翌朝、理事長室で昨夜の失敗をアネモネに報告した。今日もアネモネは美しかった。


「探していたヴァンパイアだが、女官になって後宮に紛れ込んでいた。それで、昨日の深夜に封印に行ったのだが、恐らく霧になって逃げられた。ただ、聖女もいないのに、どうやって気づいたのかは不明だ」


「霧って、どういうこと?」


 意外なところを質問された。


「ヴァンパイアの始まりの三体、原初のヴァンパイアだけの特殊スキルだ」


「ごめんなさい。全然話についていけてないのだけど」


 まじか。アネモネは何でも知っていると思っていた。


「ひょっとして、人間界ではヴァンパイアのことはあまり知られていないのか?」


「そうね。どちらかと言うと迷信めいたものの方が多いかもね」


 どうやら最初から話した方がよさそうだ。


「二千年前の人間の魔女が、不老不死の呪術を自分自身と双子の娘二人に施したのがヴァンパイアの始まりだ。『悪魔事典』の記述が正しいという前提ではあるがな」


「『悪魔事典』というのも初耳なんだけど」


 そうか。そうだった。


「話してなかったか。俺は魔界の百科事典をいつでも閲覧できるスキルがあるんだ。かなり物知りだぞ」


「教えてもらってないわよ」


 ちょっとツンとした感じがとても可愛いが、ここはクールに行こう。


「秘密が多い男は魅力的だろう?」


 レグナのルックスだと、こんなセリフもサマになる。前世のすっとこどっこいな容姿の俺では、絶対に言えないセリフだ。


「ふふふ、そうね。いつの間にか私のレベルも抜いちゃっているしね。浄化にも耐えられるの?」


「さあ、試したことがないからな。だが、アネモネと同じで、人格を切り替えられるから、浄化される前に人格を切り替えて、アンデッドでなくなるという奥の手はあるぞ」


「そんな切り札を私に話していいの?」


「知っておいてもらった方がお互いのためにいいかと思ったのさ。それで、話を戻すが、原初の三体は眷属を含めて全て滅んだと悪魔事典には記載されている」


「そうなの? 人間の世界ではかなり昔からヴァンパイアの話はあったし、恐れられて来たわよ」


「当時の人間は大パニックになって、三体を浄化した後、軍隊を出動させて、あたり一帯の村全部を焼き払ったんだぜ。普通の人間しかいない近隣の村も含めてな。一カ月以上火が消えなかったと書かれているし、信憑性はあると思う」


 ほんと悪魔もびっくりの所業だ。月並みだが、人間がやはり一番恐ろしい。


「そんな残酷なことをしたから、当時の権力者は記録に残さなかったのかもね」


「アネモネから『残酷』という言葉が聞けるとはな。植民地政策もやられる側からすると、残酷極まりないぞ」


「ボーン、私を虐めたいの?」


 アネモネが俺を軽く睨んだが、可愛らしい感じだ。今日はアネモネはえらく機嫌がいいな。


「おっと、失言だった。ドワーフについては、俺もどうでもいい。エルフについては、俺がエルフから崇められるチャンスをもらったと思うようにしている。アネモネの邪魔はしないぞ」


 最後の「アネモネの邪魔をしない」が本心であることを強調するために、かなりゲスな本心を曝け出す作戦に出てみた。それと、これまでの会話も本心バリバリですよと思わせる効果も狙っている。


「ちゃんと平和にするから、少し待ってて。それで、ヴァンパイアだけど、人間界に伝わるのは、やはり単なる迷信なのかしら?」


「そうでもないと思う。ここからは俺の推測なんだが、二千年前に浄化された原初のヴァンパイア三体の肉体は、不死王が保管していたと思うんだ」


「ミントのダンジョンの? でも、どうやって?」


「どうやってかは分からないが、ミントのダンジョンの地下八階で、半年前にリズたちがヴァンパイアを確認している。でも、これ、おかしいだろう? ヴァンパイアの出現は二千年前、不死王が封印されたのは五千年前だ」


「ヴァンパイアが二千年前に出現したなんて、私でさえさっき初めて知ったのよ。人間は不思議に思わないでしょうね」


「俺も最近になって矛盾に気づいたんだ。さっきから話している『悪魔事典』だが、不思議なことに不死王についての記載はほとんどない。ミントのダンジョンに五千年前から封印されているという一行だけだ」


「そう言われてみると、不死王って、最古のアンデッドで、五千年前に勇者に封印されたっていうけど、本人が言っているだけよね。人間の記録はときどきの権力者の都合で書かれているから、そもそも怪しいもの」


「それを言うと『悪魔事典』も怪しいんだがな。いずれにしても、ちょっと不死王に会って、色々話を聞いて来ようと思っている」


「私も行くわ」


 想定外の発言だった。


「え? 何で?」


「あの男には借りがあるのよ。返しに行かないとね」


 そういえば、前世のアネモネが不死王に騙されて殺されたって、クイーンが言っていたな。


「ああ、前世で彼氏と一緒に殺されたって件か?」


「よく知っているわね。いろいろと教えてくれたから、お返しに私も話すわね。不死王は人間の記憶を盗むスキルがあるの。私たちが研究していた不老の協力をする代わりに、記憶を見させてくれと言われたのよ」


「記憶を盗まれるとどうなるんだ?」


「記憶がなくなるみたい。私たちが流転者と気づいた不死王は、前世の記憶全てを盗もうとしたの。見せてくれと騙して、実際には盗むのよ。最初に彼から始めて、すぐに記憶がなくなっていくことに気づいた彼は……」


 アネモネの悲しそうな顔を見たのは、これが初めてだった。俺がアンデッドになって嫉妬心を抱いたのも、これが初めてだった。


 しばらく間があいてから、悲しそうな声でアネモネは続けた。


「彼は私を殺したの……。私が流転することを知っていたから。私の記憶を守るためにね」


 会ってもいないアメリカ人の流転者のことは、特に何の感情も湧いて来なかった。むしろ、いない方が俺にとっては都合がいい。


 それに、俺が不死王の立場だったとしても、冒険者のリードを殺したように、アメリカ人を呆気なく殺していただろう。それがアンデッドだからだ。


 だが、アネモネを悲しませたことは許せない。


「それで、会ってどうするんだ? 今度こそ記憶を盗まれるんじゃないか?」


「ボーンが守ってくれるんでしょう?」


 む、そう来たか。もちろん大丈夫と言いたいところだが、現実的には難しい。不意打ちされたりしたら、とても守れない。


 だが、待てよ。封印すれば、人間も自由に格納から出し入れ出来るのではないか。そうすれば守れるぞ。


 ア、アネモネを封印!? た、体操着姿のアネモネとか、悶絶もんだぞ!


 ど、どうする? 提案してみるか……!?


「ア……」


と言いかけたら、アネモネが吹き出した。


「もう、そんなに真剣に考えなくていいわよ。自分の身は自分で守るわ。彼が最後、どうなったのかを知りたいの。それに人間との協調路線で行くのでしょう? 不死王は」


「……、ああ、そうだ。じゃあ、一緒にダンジョンに潜るか」


 アネモネの体操着姿はしばらくお預けだ。

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