第64話 任務失敗
俺は「蟲使」のスキルを使って、アードレーファミリーが雇っているヴァンパイアの衣服に付いている小さな虫から音を拾い、遂に始祖と思われるヴァンパイアを突き止めた。
「蟲使」のスキルは、世の中にいる虫を盗聴器のように利用できるスキルだ。音は別の虫へと次々にリレー出来るため、タイムラグはあるが、どんなに遠くても聞こえる。
その話を聞いて、クイーンが感心したような表情を見せた。
「『蟲使』のスキルはすごいな。貴様、恐ろしい奴だな」
俺は今日は館の方に帰って来ていた。館と聖女官邸はエリザ、学園とラウンジはレグナを使い分けている。
「それで、ヴァインパイアの始祖は女のようです」
「また女か。貴様はそれしかないのか」
クイーンが呆れた顔を見せた。
「いや、俺のせいじゃないですよ、これは」
「骸骨さんは、女の子を千人集めるのが夢なのですか?」
テレサが眉をしかめている。
「違いますよ。誰がいつそんなことを言いました?」
時刻は夕方だ。クイーンとテレサがリビングにいた。マーガレットはまだ帰って来ていないようだ。ルカとイメルダは、裏の宿舎で人材派遣の仕事らしい。ステーシア先生は、今日は実家に帰っている。
「それで、場所が問題なんですが、王宮なんですよ。しかも、後宮です」
「貴様、後宮に行きたいための嘘ではないだろうな」
「いや、あんな怖いところには、出来れば行きたくないですよ」
「始祖の名前は分かるのか?」
「はい。今は始祖の盗聴をしていて、かなり色々なことが分かって来ています。恐らく、ミサという王妃付きの女官に化けています」
「カレンのところか」
「ええ、問題は王妃と通じているところなんです」
「カレンは鋭いからな」
「鋭いなんてもんじゃないですよ。あの人、化け物です」
「そのカレンでさえ、聖魔女を排除できないのだぞ」
「守りたい人を守りながらですから、そんなに簡単には行かないですよ」
「確かにな。しかし、ルカの眷属ではないとしたら、どうやってヴァンパイアになったのだ?」
「ルカと同じ原初のヴァンパイアです。中身は王太后です」
悪魔事典によると原初のヴァンパイアは三体いる。二千前の魔女が、自身と自分の双子の娘を不老不死にしたのが始まりだ。すぐに人間に討伐されて霊体は浄化されたが、肉体の方は行方不明となっていた。
「何だと!? シルビアかっ。だが、シルビアが亡くなってから十年以上経つが、今までどこにいたのだ?」
「分かりません。ここからは完全に俺の推測なのですが、ミントのダンジョンの地下八階にヴァンパイアがいましたが、あれがそうではなかったのでしょうか」
「どのような理屈で、そう考えたのだ?」
「不死王陛下からヴァンパイアの棺桶を三つ貰ったんですよ。ヴァンパイアの棺桶は普通の棺桶にヴァンパイアが百年寝ることで出来上がるのです。原初のヴァンパイアの肉体は、不死王陛下が保護したのではないでしょうか」
「あり得るな。で、すでに三体とも地上に出て来ているということか」
「三体目ですが、俺と同じか、少し後で出て来たはずです。地下八階でリズたちが女ヴァンパイアを目撃しています。それがミサだと思います。もう一体はどこかに潜んでいるはずです」
今日、学園で聞いたリズとアリサの話によると、地下八階で見たヴァンパイアの胸が大きかったことしか覚えていないらしい。魔女の方か娘の方かは会ってみないと分からないということだ。
「しかし、希少なヴァンパイアの棺桶を三つとも貴様に与えたり、不死王はなぜ貴様にそんなに寛大なのだ?」
「俺が勇者だからでしょうか? たぶん気づいていたと思います」
「前から気になっていたが、なぜ、貴様は不死王を陛下と呼ぶのだ?」
「上司だからですかね。陛下をつけないと居心地が悪い感じなんです」
「ふむ、試しに『人魚のネックレス』を封印してみろ」
「え? これに何らかの効果があるということですか? やってみます」
俺は格納から「人魚のネックレス」を取り出した。テレサが怯えて身構えた。
(話聞いてなかったのかな、この人。ここで使うわけないじゃないか)
「ダークシール」
人魚のフォルムが体操着を着た状態になった。俺の手書き文字で「人魚」と書かれたゼッケンもついている。微妙な空気が流れたので、俺はすぐに格納した。
「う、……。ど、どうだ。不死王に対する感情に変化はあるか?」
クイーンは何とか体操着を見なかったことにしてくれた。
「あ、陛下をつけなくても大丈夫な感じになりました。でも、悪い感情はありません。不死王は俺にはすごく低姿勢だったんです」
「あの男がか? 傲慢極まりない男だぞ。だがこれで分かっただろう」
「ちょっと驚きました。やっぱり低姿勢の人は信用できないですね」
だが、それでも俺は、不死王に対して、悪い感情を抱くことはできなかった。
「それで、シルビアをどうするつもりだ」
「予定通り封印しますよ。今夜、リズとアリサを連れて、後宮に忍び込むつもりです。夜ならシャドウをかければ見つかりませんよ」
「カレンは黙っているかな」
「分かりませんが、やるしかないですね。リズとアリサはやる気満々でした」
「まあ、貴様たちがやると言ったら、誰にも止められん」
***
夜が更けて、俺は漆黒のスケルトン姿で、リズとアリサを連れて、後宮にいた。全員にシャドウをかけている。
(ここからは全員思念で会話するぞ)
気のせいか、女の匂いが充満しているように思える。さすが後宮。一万人以上の若い女が暮らすという男子禁制の地だ。
思いっきり鼻から深呼吸したいが、スケルトンでは呼吸は出来ない。
そんな挙動不審の俺をジト目で見ていたリズが、思念を送って来た。
(おじさん、ここに来る前、寮でおじさんのイリュージョンを試してみたのです。見たことのないパターンが増えてました)
俺はギクリとした。
(ここからは、無駄な話はなしだ。いいな)
(分かりました。後で話します)
リズは俺の魔法も使えるのだった。チェックの膝上スカートとピーコートからの生足を見たんだな、きっと。
ちくしょう。動揺して、虫の拾って来る音に集中出来ない。先に片付けるか。
(やはり、今、話しておくか。あれは俺の趣味ではないぞ)
(パパ、サーシャから聞いたんだけど、パパはど変態だって。ど変態だから、あんな足を出した女の人が好きなのかな?)
アリサも加わって来た。
(ど変態ではない。正常な男子だ。ど変態はレイモンドのような男のことを言うのだ)
(レイモンドのおじさんは、娘さんを早く亡くしてしまって、悲しんでいる奥様を喜ばそうとサーシャさんを養子にするつもりだったのです。サーシャさんは亡くなった娘さんに瓜二つだそうです)
あの野郎、適当な話をでっち上げやがって。
(パパ、ど変態でもアリサたちは構わないけど、人には知られない方がいいよ)
(おじさん、我慢する必要はないです。全部出さずに、隠すようにするといいと思います。あの足をいっぱい見せている女の人を隠しているのはとてもいいって、アリサさんと話していたのです)
あれ? 俺は褒められているのか?
(パパ、あの足丸出しルックは完全にアウトだから、これからも隠してね)
(お、おう)
完全に俺がど変態確定というのは納得行かないが、もうこの話は早く終わらせたい。
(よし、じゃあ、仕事に取り掛かるぞ)
俺は索敵を開始した。
(おかしいな。黒い点が見えないぞ)
まさか、レベルが五万超ってことはないはずだ。
虫からの音は先ほどから聞こえない。寝たから聞こえないと思ったのだが、いつもは別の人間の寝息が聞こえて来たはずだ。
ひょっとして逃げられた?
俺たちは、結局、何も出来ずに撤退するしかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます