幕間 農家の娘

 私は極貧農家の三女だ。貧乏子沢山の例に漏れず、私の家族は兄姉が多かった。


 兄姉は皆、五歳から家の手伝いを始めるが、私も同じように五歳から農作業を手伝い始めた。


 しかし、耕す畑の面積は決まっており、私が成長するに従って、一人当たりの食べるものが、目に見えて少なくなって来た。


「あんた、もうこの人数じゃやって行けないよ。仕方がないからチムを花屋に売るしかないよ」


「……」


「あんた!」


「分かったよ……。最後に美味いものたらふく食わしてやってくれ。俺の飯は抜いていいから」


 私が寝るときに、両親のそんな会話が聞こえてきた。上の姉二人が、同じようにお花屋さんに売られて行ったので、私もそろそろだとは思っていた。


 正直、泥をすするような今の生活から抜け出したかった。ここでは朝から晩までクタクタになるまで働いて寝るだけで、何の希望もなかったのだ。


 翌朝、父が自分のご飯を私に譲ってくれようとしたが、一番の働き手のご飯をもらうわけにはいかなかった。


「おとう、あたしはこれから沢山食べられるから。花屋さんが食べさせてくれるから」


 父は泣いていた。母と兄たちは不機嫌な顔をして、黙々とご飯を食べていた。


 お昼になって、お花屋さんのお姉さんが花を仕入れに来た。母が私を連れて、お花屋さんに話をした。


「この子ですか? これで十五歳って、本当ですか? まあ、いいでしょう。十万円でいいですか?」


「はい、お願いします」


 私はまだ十二歳だが、十五歳でないと売れないらしい。姉もそうやって、歳を誤魔化して売られて行った。


 両親や兄たちに別れを告げることなく、私は花屋のお姉さんと一緒に馬車に乗せられた。


「ここに座って。ちょっと臭うわね。服を脱ぎなさい」


 私は馬車の中で、花屋のお姉さんから服を脱ぐように言われた。御者台から御者のおじさんがこちらを覗いている。私が躊躇していたら、お姉さんに叱られてしまった。


「ぐずぐずしないでっ」


 私の着ていた服は道に捨てられてしまった。一つ上の姉が別れるときに私にくれた着物だったのに。


 素っ裸のまま馬車に座らされ、しばらくして馬車を降ろされ、途中の湖で水浴びをさせられた。また御者のおじさんが覗いているので、お姉さんに目で訴えたら、御者のおじさんを追っ払ってくれた。


「さあ、この石鹸を使って、さっさと綺麗にしなさい。髪も洗うのよ。このままお客様のところに連れて行くからね」


 水浴びの後、綺麗な着物を着させられ、化粧をしてくれた。食事は硬いパンをもらったが、家のご飯よりもまずかった。


(ご飯いっぱいもらえるんじゃなかったの?)


「それなりにマシになったわね。お客様のところでは、いい子にしているのよ。歳を聞かれたら十五だと答えてね。何でも言うことを聞くのよ。もう何人も買ってくれている大得意様だから、失礼のないようにね。返事をしなさいっ」


「は、はいっ」


 その後、随分と馬車に揺られて、ようやく着いたところは、大きなお屋敷だった。


(こんな大きなお屋敷に住むの?)


 お姉さんが馬車から降りると、館の扉が開いて、中から黒い服に白いエプロンをした歳上のお姉さんが出てきた。私は知っている。あれはメイド服だ。


「お花屋さんですか。新人ですか?」


「はい、一人農村から連れて来ました」


 メイドのお姉さんとお花屋さんのお姉さんが話している。


「しばらくお待ち下さい。ルカ様をお呼びして来ます」


 そう言って、メイドのお姉さんが連れてきたのは、私が今まで見た中で一番綺麗な少女だった。


(こんな綺麗な人が世の中にいるなんて、知らなかった……)


 顔だけ見ると、年は私とあまり変わらないように見えるのだが、胸が巨大過ぎる。


「ルカ様、いつもありがとうございます。この子はいかがでしょうか」


 ルカ様が私をチラッと見た。


「いいよ。支払いは月締めでいいわね? いつもの料金でいいの?」


「はい、大丈夫でございます。それでは失礼します」


 お花屋さんのお姉さんはそのまま馬車に乗って行ってしまった。


「あなた名前は?」


 ルカ様から話しかけられた。


「チムといいます」


「チムね。あなたは135番よ。この番号は覚えておいて。サラ、この子の世話は任せたわよ」


「かしこまりました。ルカ様」


 ルカ様は館に戻って行った。メイド少女のサラさんが私に微笑みかけた。


「おめでとう! あなた、ものすごく運がいいわよっ。この館はね、最高の職場なのっ。お腹空いているでしょう? まずはご飯食べよう。でも、太るのは厳禁だから、食べた分だけ運動しないと行けないけどねっ」


 私は館の裏にある大きな建物に連れて行かれた。村役場よりも大きくて立派だ。ここは宿舎で、私はここで暮らすのだという。玄関に入ると、壁に部屋番号の間取り図があり、135号室は三階のようだ。


「そこがあなたのお部屋ね。でも、まずは食事よね。食堂やお風呂は一階よ。そのほか一階には応接室や遊技室や鍛錬場もあるわ。さあ、食堂に行くわよ」


 私はサラさんに連れられて食堂に入った。広い空間に机と椅子がたくさん並べられていて、二十人ほどのメイド少女が食事をしていた。左側の奥には、料理をしている人たちが見えた。食堂全体にいい匂いがする。


「働きに出ている人が多いから、夕方は館のメイドだけだからすいているわ。夜はみんな帰って来るから、すごく賑やかなのよ。トレイを持ってね、好きな食べ物をよそうの。ブッフェっていう食べ方らしいわ」


 すごい。見たこともないような美味しいそうな食べ物がたくさん並んでいる。


「こ、これを好きなだけもらっていいのですか?」


「ええ、好きなだけどうぞ」


 サラさんは微笑みながら私を見守ってくれている。こんなに優しい人に会うのは初めてだ。


 私は夢中で色々な食べ物を皿によそった。


「とりあえず、そんなところでいいんじゃない。足りなかったら、また取りに行けばいいから」


 私は皿を山盛りにしてしまっていた。サラさんのお皿はバランスよく上品に盛り付けられていた。


「す、すいません。私、こんなに盛り付けてしまって」


「いいのよ。好きにやっていいの。さあ、食べましょう」


「お、美味しいっ。死ぬほど美味しいですっ」


 気がついたら、私は涙を流していた。


「ふふふ。泣かないで。落ち着いて食べてね。飲み物もあるからね」


 私は次から次へと食べまくった。サラさんは上品に食べている。育ちのいい人なんだろう。


「サラさんは優しくてお上品でいらっしゃいますが、貴族のご令嬢の方ですか?」


 サラさんが思いっきり吹き出した。


「あはは、そんなわけないじゃない。私は元奴隷よ。今は自由市民だけどね。ボーン様という不思議な方が私たちを助けてくれて、いろいろな教育もして下さるの。あなたの言葉遣いやテーブルマナーもすぐに一流になるわよ」


 サラさんが奴隷? とても見えない。私もサラさんのように上品になれるとはとても思えない。


 私は生まれて初めてお腹いっぱいになるまでご飯を食べた。夢中で食べたので、何が何だか分からなかったが、とにかく全部美味しかった。


「ここの料理は大きく分けて三種類あるの。王国料理と日本料理とタイ料理よ。日本料理とタイ料理は外で作っちゃダメよ。レストランチェーンを展開する予定で、今、準備中だからね」


「そうなんですか」


 みんな美味しかったから、どれがどれだか分からない。


「さあ、部屋に行こうか。少し休んでから、お風呂と鍛錬場を紹介するわ。食べたら、鍛錬しないといけないの。それが唯一のルールだから守ってね」


 ちょっと食べ過ぎたかもしれない。食べ過ぎたことがないため、食べ過ぎるとどうなるか分からないのだが、少し気持ちが悪い。


「すいません。サラさん、少し気分が悪くなってきました」


「あら、食べ過ぎかな。すごい量食べてたから。私が治してあげるね。キュア」


 気分が悪かったのが、嘘のように消えて行った。


「すごいです。治っちゃいました」


「メイドには治療できる人が少なくないから、遠慮なく言ってね」


「あの、サラさん、すごく優しいです。どうして、私なんかにそんなに優しいのですか」


「うふふ。ここにいる人はみんな優しいわよ。恵まれているし、満たされているから、人に優しくできるのよ。チムもそうなるわ」


 私たちは135番と書かれた部屋の前まで来た。私は文字は読めないが、数字は読める。文字も教えてくれて、すぐに読めるようになるらしい。


 ドアを開けると、広くて豪華な部屋が目の前に現れた。


「大きな部屋ですね。何人で暮らすのでしょうか?」


「え? あなた一人よ」


「こ、こんな豪華なお部屋に私一人ですか!?」


「豪華ではないわ。清潔で機能的なお部屋よ。あとで本館の二階のお部屋を見るといいわ。どのお部屋もこの部屋の二十倍以上あるし、豪華っていうのはああいうお部屋をいうのよ」


 二十倍? 村長の家よりも一部屋の方が大きいのか。


「じゃあ、一時間後に呼びに来るね。ボーン様のスキル付与の時間の確認をして来るわ」


 サラさんはそう言って一階に降りて行った。


 広大な部屋に残された私は、ふかふかのベッドに座って、夢なら覚めないで欲しいと願った。

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