第62話 歓楽街

 夕食を館で済ませた後、俺は漆黒のスケルトン姿になり、イリュージョンでシスターボーンに化け、サーシャの馬車の御者を務めた。サーシャも御者台に乗りたがったが、聖女が御者台に座ると目立つので、中に入るように言った。


 セントクレア公園は王都の中心に位置する巨大な公園で、北側は王宮や貴族街のある旧市街、南側が自由市民の富裕層が多く住む新市街だ。東側には旧市街と新市街に挟まれる形で商業地区があり、歓楽街は公園の東に隣接している。


 公園の中には様々な施設があり、セントクレア大聖堂もセントクレア学園も公園内にある。


 先にセントクレア大聖堂の聖女官邸に寄った。ホワイトハウスみたいな建物だった。


(すごいところに住むんだな)


「おじさまも住むといいですわ。スタッフは全て女性ですわよ」


(学園も近いし、アリかもな)


「お姉さまが寂しがるかしら」


(見張らなくて済むようになるから喜ぶんじゃないかな。ただ、人材派遣の仕事もあるから、住むとしても半々かな)


「それでもいいですわ。すぐにお部屋を用意してもらいます」


 サーシャがすごく嬉しそうだ。そうするか。


(分かった。お言葉に甘えるとしよう)


 馬車をスタッフに預けて、公園を散歩してくると言い残して、サーシャと俺は官邸を出た。


 公園内は衛兵が配置され、夜も治安がいい。新市街まではかなり距離があるため、俺はサーシャをお嬢様抱っこして、俊足で公園内を移動することにした。サーシャは抱っこされてご満悦のようだ。


(以前、アネモネに抱きしめられたときは、聖属性に反応して、骨から煙が出たが、サーシャだと大丈夫なのは何故なのかな)


「それは聖属性ではなく、恐らくキュアを循環させていたのですわ。私も循環させてますが、おじさまに当たらないように表面に出ないように工夫していますわ」


(そうだったのか)


「おじさま、院長に抱きしめられたのですか?」


(逃げるために「人魚のネックレス」を使ったら、そうなったんだ)


 俺はシャドウの魔法を俺とサーシャにかけ、視認されないようにしたが、念のため、索敵を使いながら人目を避け、数分で新市街に抜けた。サーシャの話を聞いて、乗り物酔いはしないことがわかり、遠慮なくスピードを出せた。


 アンドリーニ邸は新市街の公園に近い豪邸が並ぶ閑静な住宅街にあった。


 シャドウをかけているのに、サーシャが忍者のような覆面を被りだした。


(それ要らないんじゃないか?)


「こういうのは気分が大事ですの」


 俺の前世のときの娘も、よく変なマスクを被っていたな。放っておこう。


 サーシャの魔法のうち、対人攻撃魔法は「パニッシュ」のみだ。「神の断罪」という魔法で、悪人の魂と肉体を問答無用で無理矢理切り離す。悪人であっても、女性と子供は殺さないので、まずは屋敷全体に「パニッシュ」してもらった。


「パニッシュ」


 サーシャの声は相変わらず可愛い。特に「シュ」の発音がたまらない。父親としての感想なのだが、誤解されると嫌なので黙っておく。


 可愛い声とは裏腹に、門や庭に配置されていた護衛がバタバタと倒れていく。魂が切り離される瞬間にエクスタシーを感じるため、恍惚の表情を浮かべながら死んでいくのだ。


『従者サーシャが暴行、脅迫、恐喝、強盗、強姦、傷害、拷問、詐欺、法律、放火、偽造、窃盗のスキルを取得しました』


 俺は娘をとんでもない犯罪者に育ててしまった……。


 後悔の念を抱きつつ、サーシャを見ると、少し悲しそうな表情だった。死んで行った者への憐憫の情であろう。


 相変わらず優しいな。スキルを持っているからといって、悪の道に進むわけではないか。


 気を取り直して屋敷を索敵したところ、青い点に混じって、黒い点を二つ見つけた。


(アンデットが同じ部屋に二体いる。入るぞ)


 俺とサーシャは二人で屋敷の中に入った。


 屋敷内は大パニックになっていた。俺はサーシャを連れてアンデットのいる部屋へと突き進んで行った。途中で会う子供ときれいな女以外は全員デスで仕留めて行く。無慈悲に徹底的に殺す。アンデッドの本領発揮だ。


 やべえ、爽快感が身体中を駆け巡るぜ。


『美容のスキルを取得しました』

『手芸のスキルを取得しました』

『塗装のスキルを取得しました』

『盗聴のスキルを取得しました』

『恋愛のスキルを取得しました』


 おっ、恋愛上手になれるのかな?


(サーシャ、アンデッドはどうやって浄化する?)


 サーシャはアンデッドに有効な魔法を四つ持っている。キュア、オラクル、ホーリーとインカネーションだ。


 インカネーションは半端ない。神をサーシャの体内に降ろす魔法で、サーシャが触れただけでアンデッドは浄化されてしまう。ただ、俺に間違って触ってしまうと危険なので、俺がいるときには使えない。


「相手を見て決めますわ」


 ドアを開けたら、棺桶が二つ並んでいた。ヴァンパイアが二体、棺桶で寝ているようだ。


(何だヴァンパイアか。ルカの眷属じゃないのか?)


 俺は思念で館にいるルカに尋ねた。


(ルカの眷属は王都にはいないよ。どこかのチンピラだよ)


 俺たちの気配を感知して、棺桶が開いた。俺たちが見えていないようで、視線が少しズレているが、気配は分かるようだ。


 美形の若い男と女だ。男も女も髪が金髪で目の色がエメラルドグリーンだ。容姿もよく似ている。兄妹っぽいか?


「オラクル」


 え? もう? 容赦ねえな。


 サーシャがすぐにオラクルを唱えた。二体が糸が切れた操り人形のようにかくんと倒れ、棺桶の中に収まった。霊体が浄化されたのだ。


(サーシャ、この二体、俺の器に使うぞ)


 俺は棺桶ごと二体を格納した。


(よし、戻るぞ)


 俺はサーシャを再びお嬢様抱っこして、聖女官邸まで戻った。


「おじさま、今晩は泊まっていかれます?」


 俺は早速女のヴァンパイアの方に憑依していた。聖女官邸は男子禁制だからだ。輝んばかりの美女だ。少し小柄だが、スタイルも素晴らしい。


「明日、学園に行くから、今日は戻らないとな。明日学園帰りにステーシア先生の姿で寄るよ」


「分かりました。楽しみにしておりますわ。おじさま、おやすみなさい」


「おお、おやすみ。聖女頑張れよ」


 サーシャの笑顔はいつ見ても癒される。


 さて、レイモンドのところに行くか。


 レイモンド侯爵邸は貴族街の中心にある。俺はヴァンパイアの兄の方に憑依し直した。容姿は妹とよく似ていて、女のようにきれいな顔立ちをしているが、頭一つ背が高く、髪が短い。


 実に見栄えのいい兄妹だ。体のスペックもいい。俊足も跳躍もスケルトンと同じ性能を発揮する。これはかなりの掘り出し物だ。霊体も俺しかいないので、自律神経も完全に俺に同期している。


「わっはっは。ついに肉体を手に入れたぞっ!!」


 自分で叫んでしまって何だが、これ、とんでもない悪霊の台詞だな。


(では、早速歓楽街の方に……。いや、待て。がっつくなよ、俺。レイモンドが歓楽街を支配できるようになったら、キャバクラとか毎日行き放題じゃないか。キャバクラがあれば、の話だが……。まずは、レイモンドと話をするぞ)


 俺はシャドウをかけ、俊足でレイモンド邸まで駆け抜けた。「記憶」のスキルで一度見た地図は忘れない。


(ここか。すごいな。壁の端が見えないぐらい先にある実に大きな豪邸じゃないか。と言いつつ、ヴァンパイアの目だから、こんなに暗くて、あんなに遠い端もちゃんと見えちゃうんだが)


 俺は呼び鈴を押した。夜遅くにもかかわらず、しばらくすると懐かしのセバスチャンが門まで走って来た。


「セバスチャン。リズ様とアリサ様の使いのヴァンパイアだ。重要で緊急の話をレイモンド卿にしたい。通してくれるか」


「リズ様の……。かしこまりました。お通り下さい。すぐに旦那様を呼んでまいります」


 待合室に通されて、しばらく待っていると、レイモンドが入って来た。俺を見て、腰を抜かすほど驚いている。


「お前はレグナ! アンドリーニのアンデッドが何しに来たっ」


「ああ、中身が違う。そのレグナってのはサーシャに浄化されて、今は俺が入っている。リズの保護者で、ボーンという。レイモンドに正体を明かすのは初めてだな」


「しょ、証拠は?」


「もう一度、タイキックしてやってもいいが、サーシャがいないから、治癒できないぞ」


 レイモンドは尻に手を当てて青ざめた。


「わ、わかった。で、何用だ?」


「レイモンド、リズとアリサは本当に世話になっている。礼を言う」


「ビジネスだから気にするな。イエローギャングを壊滅してくれたから、お釣りが来るくらいだ」


「そうか。お前の名前も各所で使わせてもらっているぞ。それでな、感謝の気持ちに、アンドリーニファミリーの屋敷を襲撃し、皆殺しにしてきたところだ。いや、違うか。子供ときれいな女は生かしておいた」


「何だとっ!?」


 レイモンドはまだ完全に信じているわけではなさそうだ。


「今、歓楽街はアンドリーニファミリーの下っ端が治めている状態だ。どうだ。簡単に落とせるぞ。お前の顔が効くマフィアにプレゼントしたらどうかと思ってな」


「本当か……?」


 疑り深い奴だな。


「俺が証拠になるだろう。妹の方も浄化して、肉体だけ持っているぞ」


「何だと!? エリザの肉体を持っているのかっ。ぜ、ぜひ見てみたいっ」


 声がでかいって。そうだった。こいつはど変態だった。妹はエリザというのか。まあ、服着ているし、見せるだけならいいか。


「仕方のない奴だな。見るだけだぞ。俺の半分の霊体が入っているから、タッチ禁止だ。いいな、ノータッチだぞ」


「わ、わかった。もちろん見るだけだ」


 俺はデュアルを唱え、格納から取り出した棺桶の中のエリザに憑依して、棺桶を開けた。


「うお、本当にエリザだ。き、綺麗だな……」


「もういいだろう。しまうぞ」


 俺はエリザを棺桶に戻して、格納した。レイモンドが残念そうにずっと格納したあたりを見ている。俺のちょうどあそこを見つめている感じなので、正直、かなり気持ち悪い。


「……ボーンと言ったな。エリザを売ってくれないか」


 こいつ、何を言い出すんだ。完全に頭がおかしいぞ。エリザは憑依しなければ、死体と変わらないのだ。やはりこいつは本物の変態だ。俺は変態度では、こいつには到底及ばないことがわかった。


「却下だ。で、歓楽街は要らないのか?」


「そ、そうだった。ちょっとばかり趣味に走ってしまった。もちろん欲しい。私はアードレーファミリーの七人のボスの一人だ。さっそくほかのボスを集めて、歓楽街を手に入れる」


「よし、期待しているぞ。無事、歓楽街が手に入ったら、俺はキャバクラに通いたい」


「キャ? キャバなんだって?」


 ちくしょう。やっぱりないのか。なければ作ればいいっ。


「高級なバーに訪れた男を美貌の女性が接待する秘密の場所だ」


「キャッチバーか」


 レイモンドが、何だキャッチバーか、といった顔つきだが、こいつはまったくわかっていない。


「違う。そんなお下品なところではない。美しい女性と疑似恋愛のやり取りを楽しむ素敵な場所だ。同伴とか、アフターとかあって、今日こそできるだろうか、無理だろうか、とドキドキするところだ」


「すまん。さっぱりわからん。話は後で聞く。とにかく時間が惜しい。すぐにボスを集めて、歓楽街を押さえたい」


 こいつ、自分はエリザのことで時間を使ったくせに。貴族ってのは本当にわがままだな。


「わかった。また後で話そう」


「ボーン、礼を言う。今日はこれで失礼させてもらうが、必ず見合った礼をする。リズとアリサ、そしてサーシャにもよろしく伝えてくれ。おい、セバス、ボーンさんをお送りしろ」


 キャバクラはこの世界では、まだ少し早いのかもしれないな。

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