第61話 欲求不満
新理事長にアネモネが着任するとの発表のあった日の放課後、俺は急いで帰途に着いた。
歓楽街を馬車が通るとき、いつもの広場を見たが、今日も奴隷商人の姿を見なかった。少し気になったので御者に聞いてみた。
「最近、奴隷売りを見ないな」
「ええ、奴隷商人を狙った強盗殺人が続いていますので、誰も成り手がいないそうです。それで、どこで奴隷を手に入れられるか、私なりに聞き込みしておきました。ちょうどお話しようと思っていたところです」
イメルダやステーシア先生が奴隷少女を救って、館で養っていることに、この御者のおっさんはいたく感銘を受けていたらしい。どうやら同じ歳ぐらいの娘がいるそうで、奴隷少女を見て、おっさんなりに胸を痛めていたのだそうだ。
おっさんに話を聞くと、少女の性奴隷を扱っている組織が王都には三つあるらしい。歓楽街を仕切っているのは、最大手のアンドリーニファミリーだそうだ。王都に巣食うマフィアの中でも最大勢力らしい。
「アンドリーニファミリーは売人を次々に殺されて、広場での陳列販売はいったん中止して、受注販売のみに切り替えて、犯人探しに躍起になっているそうです」
「受注販売?」
「はい。好みを伝えて、それに見合った少女を直接客のところまで送り込む販売方法です。チェンジ二回まで無料ですが、なかなか好み通りに行かないことが多く、陳列販売の方が断然人気です」
(チェンジ二回までとか、風俗産業の考えるサービスはどこでも一緒だな)
「館までも届けてくれるのか?」
「王都内限定のようです」
「他の二つは?」
「一つは貴族街エリアをシマにしているイエローギャングです。ただ、この前、何者かに襲撃され、壊滅状態になって廃業しました。もう一つは自由市民の富裕層向けに受注販売している『レベッカフラワーショップ』という花屋です」
「花屋?」
「はい、表向きは花屋です。器量のよい従業員がたくさん働いていて、メインストリートで一番華やかなお店です」
(あそこか。不動産屋の近くにあったな)
「そんなところが裏商売で奴隷売買をしているのか?」
「花屋や八百屋など農村とつながりのある商人の多くは、農家から子供を仕入れて、奴隷の小売も行っています。ただ、性奴隷として娘ばかり連れて来るのが『レベッカフラワーショップ』です」
(悪い花屋だなあ)
長らく続いた戦争で、敗戦国の子女が掠奪、陵辱された挙句に奴隷として売買され、田畑が荒れて貧困に喘ぐ農家が口減しのために子供を売る。そんな状況らしい。
(アネモネに文句を言っても、平和の実現のために必要な犠牲とか言うんだろうなあ。さて、どうするか。花屋や八百屋を殺すってのもな。特に花屋にはきれいなお姉さんがいそうで、手を出したくないな)
人材派遣業をもっと大きくして、性奴隷だけでも受け入れられる体制にしよう。派遣で得た収益を新たな人材確保の原資にすれば、長期に渡って、多くの性奴隷の受け皿となれるはずだ。ルカとイメルダに頑張ってもらおう。
(アンドリーニファミリーは潰すか。歓楽街はレイモンドにプレゼントすれば喜ぶだろう)
「アンドリーニファミリーの拠点はどこだ?」
「ボスのソニー・アンドリーニは新市街の豪邸に住んでいます。セントクレア公園の南側です」
今日の夜にでも潰しに行くか。
***
館に着くと、聖女の馬車が表に停めてあった。マーガレットが帰って来たのだろう。
メイド少女が俺を出迎えるために玄関の前に整列しているが、その中に何とサーシャが混じっているではないか。
「おじさまっ」
俺の胸にサーシャが飛び込んで来た。
「おう、お疲れ様。マーガレットさんと一緒に帰って来たのか?」
「はい。おじさま、私、院長にうまくお話できましたの。ビジネスパートナーになってくれるそうですわ。もう院長から隠れなくても大丈夫ですわ」
アネモネの学園長就任はそういうことか。
「そうか。頑張ったな。よくやったぞ」
俺はサーシャの頭をポンポンと軽く叩いた。
サーシャと二人でリビングに入っていくと、クイーンとテレサがマーガレットから報告を受けていたようだ。
「ただいま。マーガレットさんおかえりなさい」
俺はマーガレットにそう声をかけて、サーシャと三人掛けのソファに隣同士で座った。テーブルを挟んで、マーガレット、クイーン、テレサが対面のソファに座っている。
(むむむ、何やら対決ムードか?)
「話は聞いたぞ。聖魔女と手を組むそうだな」
クイーンがいつもの雰囲気で話し始めたので、俺は少しホッとした。
「まあ、一部はそうです。アンデッドの封印に協力するつもりです」
「我々とは敵対しないのだな?」
「そんなつもりは全くないです」
「皇太子殿下のチャーム解除のお仕事も継続するつもりですわ」
サーシャも加勢してくれたが、そんな仕事を手伝っていたのか。
「そうか。まあ、いいだろう。我々とて、聖魔女の全てを否定しているわけではない。極論を言えば、皇太子のチャームを解いてくれればいいだけだ。皇太子自身が決めた政策であれば、それが何であろうと反対はしない」
「俺が気に入らないのは、今のところは奴隷制度だけですかね。今夜もアンドリーニファミリーをぶっ潰しに行くつもりです」
「貴様、マフィアの力関係を崩すと、逆に治安が悪くなったりするのだぞ」
「ああ、そういうの、やってみてから考えます」
治安が悪くなっても一向に構わないが、何ならマフィア全部を潰してもいい。
「ふん、好きにすればいいが、アンデッドや悪魔が用心棒にいるという噂もあるぞ。そううまく行かないかもしれないぞ」
それを聞いて、隣のサーシャが俺の方に向いた。
「おじさま、私もご一緒しますわ」
「え? サーシャが?」
「覆面を被れば身元はバレませんわ」
「いや、バレなければいいって話ではなく、危険だろう」
「この前、襲われたときも全く問題はありませんでしたわ」
「ギャングとマフィアでは、アマチュアとプロぐらい差がある思うぞ」
これにはクイーンが反論した。
「イエローギャングはマフィア並みだぞ。若手中心の新興勢力で、冷酷で残忍で、裏社会のルールも無視で、マフィアも手を焼いていたのだ。それをあっという間に潰すのだからな」
「そうなんですか。じゃあ、一緒にやるか」
「はい、おじさまっ」
「それで、貴様たちはこれからどうするつもりだ?」
今晩の仕事の後、サーシャをどこに送ればいいかを考えていたため、クイーンの質問をどこに住むかという意味にとらえてしまった。
「サーシャは聖女官邸で、俺は引き続きここにいますけど?」
首都の聖女はセントクレア大聖堂の敷地内にある聖女官邸で暮らす必要がある。
「住む場所のことではなく、何をするつもりなのかを知りたい」
「そっちの方ですか。アネモネと話しますが、多分、アンデッドの封印じゃないですか? 困っているのでしょう?」
「吸血女王が封印された今、大陸のアンデッドで浄化不可能なのは冥界王と死魂王だが、両方とも人間には無害だ。冥界王は情けないおじさん好きで、うだつの上がらないおじさんばかりを囲っているが、そんなのどうだっていいだろう?」
「ええ、どうだっていいですね。死魂王はモフモフ好きで、モフモフを集めてるって悪魔事典に書いてありました」
「その通りだ。ひょっとして、私の封印を依頼するつもりか?」
「フランソワさんは変異しないじゃないですか。人間には無害です。それと、アネモネはフランソワさんに歩み寄ろうとしてますので、そんなことはしないと思いますよ」
「ふん。信用できるものか。だが、そうなると新しいアンデッドか、それとも新大陸の方かな?」
「エルフの国ですかっ!?」
「貴様、エルフもお持ち帰りする気か?」
「必要とあらば」
俺は不幸な女を救うことに躊躇しない意思を表明したつもりだが、テレサとマーガレットには違うように取られてしまったようだ。
「何、格好つけてるのかしら。汚らわしいわっ」
「本当ねっ。サーシャちゃんがいる前でよくそんなこと言えるわねっ」
「いや、そうじゃなくてですね。メイド少女たちもここにいて幸せですよね」
(あ、サーシャまで悲しそうな顔をしてしまっている……)
「貴様、ブレないな……。そういえば、エルフとドワーフの奴隷が大陸南部に大量に流れ込んできているらしいぞ。エルフの女はかなり高値で売られているらしい。見目麗しいからな」
誤解を生んだまま流さないで欲しいのだが、言い訳すればするほどハマっていくような気がする。仕方がない。後でサーシャにだけはしっかりと説明しておこう。
「そうなんですね。次から次へと問題山積みですね」
「貴様の当面の問題は奴隷制度か?」
「さすがに奴隷全部は無理なので、性奴隷だけに絞って救済するつもりです。アネモネにも禁止できないか相談しようかと思っています」
「奴隷といえども、性行為の無理強いは法律違反だぞ。そんな強姦行為を教会が許すわけなかろう」
知らなかった。俺は悪魔事典の知識は豊富だが、人間界の法律には全く通じていない。さすがクイーンは生前に高度な教育を受けただけあって、色々よく知っている。
「そうなのですね。ということは、性奴隷に限っての行動であれば、アネモネの政策に反しているわけではないのですね」
「聖魔女を弁護するつもりはないが、奴隷制度は奴隷の最低限の人権を保証しているのだ。今の時代、奴隷を禁止しても、奴隷はなくならない。逆に奴隷たちを法で守ってあげられなくなるのだ」
「なるほど。もう少し私も勉強が必要ですね。あっ、そんな必要ないか。法律家を殺してスキルを奪えばいいか」
「貴様、貴様こそ封印が必要だろう」
「あ、いや、もちろん悪徳弁護士とかを殺すんですよ。あははは」
実は今日、理事長を殺したときに、俺は気づいてしまった。俺の性的欲求不満は、人を殺すことで解消されるということを。今晩、マフィアを殺しに行くのは性奴隷撲滅のためだが、ついでに欲求不満も解消されるだろう。
(欲求不満解消を目的に殺人するようになったら、俺は終わりだな。人の心をまだ持っているつもりだし、子供たちに幻滅されないようそれだけは避けなければならない。従者が変異の歯止めになるって、本当にその通りだ)
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