第60話 新理事長

 俺はステーシア先生として学園で勤務していたが、理事長が手を出して来た。このおっさんは結局、美人と食事がしたいだけなので、多少応じてやってもいいのだが、ステーシア先生が生理的に受け付けないので、少々邪魔になって来た。


 もう一人の邪魔者がトーマスだ。イメルダにも纏わりついていた若いイケメン教員だが、イメルダの後任としてA組の副担任になってから、何かと話しかけて来て鬱陶しい。ステーシア先生自身もトーマスのことは嫌っている。


(殺すか)


 鬱陶しくなるとすぐに殺すのはどうかと思わなくはないが、我慢する必要性を全く感じない。それと、よく分からないのだが、たまには人を殺さないといけないような使命感に似たような気持ちもある。


 理事長は糖尿病であっちの方は役立たずだから、器としての価値はない。可愛い女生徒たちのためにも老害は取り除いてしまおう。


(おっ、いいぞ。殺すための大義名分があるとすんなり殺せる。トーマスの方は、殺すよりも器にした方がいいか?)


 だが、器にするには深い絶望を感じさせ、生きる希望を失わせる必要がある。


(トーマスはおちゃらけ野郎だから、そういう心理状態にするのは、なかなか難しそうなんだよな)


 そういったことを考えながら、職員室で次の授業の準備をしていると、女性事務員が入って来た。


「ステーシア先生、理事長がお呼びです」


 また新しい事務員だ。理事長のセクハラが激しくて、事務の女性がすぐに辞めてしまうのだ。やはり殺しておくべきだろう。


「わかりました。今、伺います」


 最近の理事長は、つまらない用事を作っては、ステーシア先生を呼び出すのだが、今日で最後にしてやる。


 俺は理事長室にノックをして入った。


「ステーシア先生、学園祭の実行委員は毎年一年生のA組の担任が務めるのはご存知ですかな」


 お、今日は真面目な用事ではないか。


「はい、知っております」


「協力業者との打ち合わせを夕食をしながら行いたいが、今週で空いている日はあるかね」


 本当かな。日中に学校でやればいいではないか。嘘だったら殺すぞ。嘘でなくても殺すがな。


「毎日空いておりますので、いつでもどうぞ」


「お、おお、そうか、そうか。先生は海鮮料理はお好みかな?」


「はい。好き嫌いはございません」


「分かった。今晩でいいかな」


「はい、大丈夫です」


(今日の今日で参加業者の調整がつくのか? やはり嘘くさいな。どうやら、理事長は今日死にたいらしい。後任は誰になるのかな)


 次の授業は二年のA組だが、まだ少し時間がある。チェイサー姉妹への報復もしておきたいが、ステーシア先生まで懲戒免職になるのはまずい。


(おっ、いいこと思いついたぞ)


 俺は職員室へと向かった。


「トーマス先生」


 俺は職員室でデスクワークしていたトーマスに声をかけた。


「何でしょうか」


 うざい野郎だ。いちいち髪をかきあげて格好をつけないと話せないのか。同じアホでもクラウスには腹が立たないが、トーマスはかんに触るのは何故だろうか。


 分かった。クラウスは何だかんだ言っても、女性の意思を尊重するからだ。トーマスは女性が自分に気があると決めつけて、馴れ馴れしい態度をしてくる。平気で肩を触って来るのだ。


(そうだ。俺はこいつが大っ嫌いなんだ。やはり、こんなやつを器にするのは却下だ。チャームで支配して傀儡にしてからポイ捨てだな)


 チャームで問題になるのは、チャームから覚めた後に、誰にチャームをかけられ、何を命令されたのかを細部まで思い出してしまえるところだが、その前に殺してしまえば関係ない。


 ただ、無理な命令には抵抗されることがあるので、自発的に動いてもらうように誘導する必要がある。


(よし、行くぞ。チャーム)


「先生、どうされました?」


 思い切りチャームが効いたようだ。まさにゾッコン・ラブ状態だが、「ゾッコン」はさすがに死語過ぎるか。


「いえ、やっぱり、何でもないんです」


 俺は思い詰めた表情をした。


「僕に出来ることがあれば何でもします」


「こんなことを先生にご相談していいかどうか」


「大丈夫です。何でも話して下さい」


「あの、私の下着が盗まれてしまって、二年のAクラスのアイリさんと、三年のAクラスのメイリさんが履いているそうなんです……」


 自分でもあり得ない話だと思うが、さすがゾッコン状態だ。トーマスはのってきた。


「な、なんですって!? あのチェイサー姉妹ですかっ」


「はい、それで、取り戻して来て欲しいのです」


 こんな荒唐無稽な話でも、トーマスは信じて、直情的な行動を取る。高レベルチャームの威力は恐ろしいのだ。


「わかりましたっ。僕が奪って来ます!」


 トーマスの目が燃えていた。狂気を宿した目だ。きっと彼はしでかしてくれるだろう。Zokkon!


「あ、でも、私の下着ってのは内緒にして下さい。恥ずかしいですから。トーマス先生にだけ、秘密を教えました……」


「二人だけの秘密」のパワーワードで、ゾッコン度を爆上げしつつ、ステーシア先生の名前は絶対に出ないようにした。


「ぼ、僕たちだけの秘密ですね。分かってます。絶対に誰にもいいません。すぐに取って来ますから」


 トーマスは職員室を飛び出して行った。


 驚いたことに、トーマスは十分ほどで帰ってきた。そのまま俺の机まで来て、女生徒のパンツを一枚、そっと引き出しの中に入れた。


「まずは妹の方から取り戻しました。次は姉の方に行って来ます」


 トーマスがドヤ顔でそう言い残して、再び出かけて行った。


 俺はパンツをトーマスの机に移した。


 俺が二年のAクラスに行くと、アイリは泣いていて、クラスはアイリを囲んで、騒然となっていた。


「ねえ、何があったの?」


 俺が近くの女生徒に聞くと、彼女はビクッとしたが、ステーシア先生だと分かると、安心して話し出した。


「ステーシア先生、トーマス先生が、トーマス先生が、突然休み時間中に入って来て、アイリさんのスカートをめくって、下着を無理矢理脱がせて行ったのです。突然のことで何が何だかよく分からなくて。でも、私たち、怖くて……」


(あいつ、無茶苦茶じゃないか。でも、今回妹の方はちゃんとパンツ履いてたんだな)


「理事長に報告して来ます。皆さんは自習していてください」


「せ、先生。怖いので一緒にいてくださいっ」


(こりゃあ、ちょっとやり過ぎたかもな。チェイサー姉妹は自業自得だが、他の二年の生徒たちに、そこまで酷い虐めはなかった。トラウマにならないようしっかりケアしよう)


 俺は女生徒に事務員を呼びに行かせ、事務員にバトンタッチしてから、職員室に戻った。


 トーマスは職員室にいなかった。確かトーマスの次の授業が三年のAクラスだったはずだ。今頃、もう一枚もゲットしたのだろうが、ひょっとしてあいつ、そのまま授業を続けてるんじゃないだろうな。


 廊下を事務員が激しく行き来している。誰かが通報したのであろう。


 やはりトーマスは、驚いたことにパンツを脱がせた後、何食わぬ顔で授業を続けていたらしい。逃げ出した生徒が、学校の護衛室に飛び込んだらしい。


 学校には女性騎士が常駐しており、隊長が血相を変えて、先頭を走って行くのが見えた。部下が三、四名後に続いた。


 トーマスは女性騎士に捕縛され、王室から派遣された騎士団に引き渡され、連行されていった。もちろん、その場で懲戒免職だ。


 学園の男子教員が女生徒二人を襲ってパンツを脱がせた、なんて、学園始まって以来の不祥事だ。


 放課後、理事長が職員室に入って来たとき、全教員が今日の不祥事の話をしに来たと思った。


「ステーシア先生、夕食会に行くぞ」


「え? 中止ではないのですか?」


「皆さんに調整頂いたのだ。キャンセルは出来ない。さあ、準備して、一緒に行くぞ」


 理事長と一緒に馬車に乗った途端に、ステーシアから拒絶反応の脂汗が出始めた。ステーシアの意識は眠っているのだが、自律神経は反応するのだ。


「は、はい。分かりました」


 理事長がやたらと俺の方に近づいて来たときに、デスで殺した。


『隠滅、冒涜のスキルを取得しました』


(なんちゅうスキルを持ってやがるんだ)


 御者に異常を伝え、理事長を病院に運んでもらうことにした。業者との打ち合わせのことをたずねると、今日は理事長と俺の二人と聞いていたらしい。やはり嘘だったか。


(死んで当然だな。さて、誰が、理事長になるんだろうか?)


 翌日、驚きの人事が発表される。


 新理事長にはアネモネが着任するらしい。

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