第59話 聖魔女と筆頭聖女
―― アネモネの視点
急いでリスベニの大聖堂に聖女たちを集めたのだが、サーシャから吸血女王はもう封印済だと報告を受けた。
「サーシャさん、封印は勇者の『シール』魔法か、何十人もの封印術師が命を削って魔法陣を描き込まないとできないのよ。ひょっとして、あなた、勇者なの?」
「いいえ、おじさまが封印しました。おじさまは勇者ですわ」
「シスターボーンのこと? でも、彼、スケルトンでしょ?」
召喚した勇者がアンデッドに転移するなんて、冗談がきつ過ぎる。
「はい。正確には『闇勇者』だそうです。封印も『ダークシール』の魔法で行いましたわ」
「闇勇者」というのは聞いたことがないが、確かに眷属はおとなしくなったと各方面から報告を受けている。ルカが変異前に戻っている可能性は高い。
「それで、今後も封印作業に協力したいというのね」
「はい、聖魔女様と仲直りしたいそうですわ」
「うふふ、仲直りね。確かに浄化は一方的過ぎたかもしれないけど、私の邪魔をするかもしれないって言われたのよ。もう邪魔はしないのかしら?」
「それは、私には分かりませんわ。でも、私はおじさまに従います。聖魔女様は私を排除しないのでしょうか」
聖女たちがざわついている。筆頭聖女が私と対立すると、堂々と宣言しているのだ。当然の反応だ。
「刃向かって来たときに考えるわ。それまでは、サーシャさんは私にとっては一番頼りになる仲間よ。今は国内外に問題が山積みだから、貴重な戦力を引き入れる努力は惜しまないわ。そもそも一対一なら、私はあなたに勝てないしね」
「院長、おじさまから院長に戦いを仕掛けることは、絶対にありませんわ。ですので、私から院長に戦いを挑むこともございませんわ」
サーシャはボーンを守りたくて必死だ。ボーンを消し去るとしたら、我々しかいないと考えて、ここに飛び込んで来たわけか。健気で可愛いな。
「うふふ、今まで通り、『院長』と呼んでくれた方がしっくりくるわね。そうね、シスターボーンは私のことが好きみたいね」
だが、絶対なんてことはない。ましてや、恋愛感情などという不確実なものを当てにする訳にはいかない。恋愛はいつか必ず冷めるものだ。それも理由なく突然に冷めるのだ。
「院長、おじさまには私の他にリズさんとアリサさんもついています。我々と敵対するより、我々の力を借りられる関係になった方がよいのではないでしょうか。いいビジネスパートナーになれると思いますわ」
「なるほどね、確かに一理あるわね」
不老になった私とボーンたちとは、非常に長い付き合いになる。根本的に考え方が違うにしても、そのときどきで協業出来るところは協業し、ぶつかるときが来たとしても、妥協点を探して、完全に敵対することは避けるべきだろう。
私も最初はそう望んでいたはずなのに、私のために何でも言うことを聞いてくれると思っていたボーンが、思ったような答えをくれなかったことに腹を立てて、拗ねていたのかもしれない。
そうだ。私は拗ねていたのだ。自分の思い通りになる男には興味をなくすくせに、思い通りにならないと、もっと私を好きになって欲しいと要求する。我儘だと言われるかもしれないが、これが私だ。
ボーンはこんな私を受け止める度量を見せてくれるのだろうか。あるいは、私がボーンを好きになるようなことがあれば、私はいくらでも妥協できるのだが。
「院長、取引は成立でしょうか?」
ここは提案に乗ろう。
「ええ、いいわよ。前回と同じように、私はあなたたちが私に協力できるように、色々と便宜をはかればよいのかしら?」
「はい、よろしくお願いしますわ」
「ええ、こちらこそ、よろしくね。今回は長い取引になりそうね」
―― サーシャの視点
聖女の召集は解かれ、それぞれの拠点に戻るように言われた。
私が無事大役を果たしてホッとしていると、マーガレットさんから声をかけられた。私はおじさまにも報告が必要なので、マーガレットさんとおじさまの館までご一緒することになった。
帰りの馬車の中で、マーガレットさんと色々と話した。
「サーシャちゃん、骸骨さんはフランソワ様に敵対する気かしらっ」
「それはあり得ないと思いますわ。お姉さまには非常にお世話になっておりますし、同じスケルトン仲間ですから。私たち従者もお姉さまのことは好きですわ」
「そうだといいけどね。フランソワ様を悲しませたら、許さないわよっ」
「マーガレットさん、おじさまを害するようでしたら、私たちも黙っておりませんわ」
「もう、そんな怖い顔しないでよっ。どうしてあなたたちみたいな可愛い子が、あんな変態についているのかしらねっ」
「孤児の私たちに、最初から損得抜きで優しく接してくれたのは、おじさまだけですもの。全幅の信頼を寄せておりますわ。多少エッチでも全く気になりませんし、殿方はそれぐらいの方がよろしいですわ」
「そう? 気持ち悪くない?」
「いかがわしい衣装が好きなのは、ちょっととは思います……。でも、私たちにはいいお父さんでいてくれますし、おじさまの好きな人は院長だけで、一途なところも好感が持てますわ」
「そんなもんかなぁ。フランソワ様も何だかんだで骸骨さんのこと気に入っているのよねっ」
「好きってことでしょうか?」
「ううん。違う。恐らく弟みたいに思っているわねっ。フランソワ様は亡き旦那様一途だから。イリュージョンも亡き旦那様シリーズで、とても言えないような凄い格好のもあるのよっ」
私はお姉さまから聞いた話を思い出した。本当に旦那様を愛していただけに、院長の仕打ちは今でも許せないのだろう。
マーガレットさんは、お姉さまのことをどう思っているのかしら。
「マーガレットさんは従者でいらっしゃいますでしょう? フランソワ様のためなら命も惜しくないと思ってらっしゃいますの?」
「ええ、もちろんよっ。サーシャちゃんは違うの?」
「おじさまから、死ぬのは一番の親不孝だからやめろと言われてますの。未来永劫一緒にいようと言ってくれます。私たちは『流転』のスキルを頂いてますし、大人になったら『不老』も頂いて、永遠に勤めを果たすつもりですわ」
「その、恋人とかにはならないのっ?」
「恋愛関係はすぐに終わってしまうとおじさまは考えておりますの。本当に大切な人には、恋愛関係を不用意に迫ってはいけないのだと言ってましたわ」
「じゃあ、骸骨さんの聖魔女への恋愛感情はどう説明しているの?」
「おじさまは出来れば院長と恋愛して、その後、友達になれたらいいと言ってます。それが院長とは出来そうな気がするそうですわ。私たちと恋愛すると険悪になって、他人よりも遠い存在になるから、今は恋愛はダメだって言われましたわ」
「どういうこと?」
「おじさまは恋愛感情を全く信用していないそうですわ。いつか必ずなくなってしまうから、なくなった後も末長く仲良くいられるように、恋愛感情がなくなった後のことも考えて、恋愛するのですって」
「さっぱり分からないわっ」
「実は私もよく分からないですわ。分からないうちは、おじさまとの恋愛はダメで、これから何百年も一緒にいるのだから、焦らずじっくりと理解すればいいと言ってました。どんどん他の男性と恋愛して、勉強しろとも言われましたわ」
「ふうん。随分と深い話をしたのねっ」
「はい、この旅の間、おじさまとたくさんお話ししましたの。リズさんとアリサさんにも同じような話をすると言ってましたわ」
「へえ、ただの色ボケの変態かと思っていたけど、何だか深い考えがあるのねっ」
「あの、おじさまは、そんなに変態なのでしょうか?」
「うん。間違いなくど変態よ。ただ、女の子は大切にするわねっ。襲ったりもしない。すごく強いし、一緒に戦うと頼もしいわ。いやらしい目で私たちを見ることもない。でも、女の子の容姿に異常に執着するところが気持ち悪いのよっ」
「そうですか? 私たちにはまったくそんな素振りはないですわ」
「娘の前ではいいお父さんでも、裏ではエロオヤジって男はたくさんいると思うのっ」
「お姉さまたちには気を許しているのだと思いますわ」
「そうかしら。でも、こっちは気を許してないから、フランソワ様が毎晩骸骨さんを見張っているよっ」
「はい、全く信用されてないって、よくリズさんに愚痴ってるそうです」
「まあ、とにかくあなたたちがそばにいてよかった。あなたたちがいなかったら、変態路線一直線で、世の女性が無茶苦茶にされていたかもしれないよっ」
おじさまは、そんなにど変態だったのか。リズさんとアリサさんと相談して、私たちが矯正しないとダメかも。
「おじさまにもう少し節操を持ってもらうようお願いしてみますわ」
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