第58話 闇の封印


 ダークシールを唱えると、吸血女王が一瞬だが素っ裸となり、慌てて胸と股を隠したが、少しだけ見えた。俺には「記憶」と「望遠」のスキルがある。雪のような色白肌の強烈な印象とともに、しっかりと脳に焼きつけておいた。


 その後、吸血女王は体操着になった。上は首と袖に赤い縁取りのある白地の半袖シャツで、胸に「吸血女王」と俺の手書き文字で書かれたゼッケンが貼ってあるが、巨乳ではち切れんばかりだ。


 こ、これが封印? どうしてこっちの世界の魔法は、ちょいちょい使い手の趣味を反映するんだよっ。


 下が紺のショートパンツで助かった。これがブルマだったら、俺の隠している性癖が全て露わにされてしまい、羞恥心のあまり気絶していたに違いない。


 ブルマは根絶されてからしばらく経つため、俺の記憶から薄れていたのが良かったのだと思う。記憶に残っていたら、危なかったかもしれない。本当に助かった。


 そんなことで安心してしまっていた俺は、女王の邪悪な感じが消えていないことに気づかなかった。アンデッドの大先輩をテイムすることには抵抗があるが、致しかたないだろう。


(ダークテイム)


 俺はテイムの魔法を唱えた。すると吸血女王の頭に銀色のカチューシャが現れた。女王の邪悪さは消えたが、ロリ度は増したような気がする。だが、もういちいち気にしないでおこう。


「お兄ちゃん、何でも命令してねっ」


(お、お兄ちゃん!?)


 子供たちがヒソヒソと話し合っている。


「おじさんにあんな趣味があったとはショックです」

「パパはアリサたちよりも、もっと下の子が好みなのかな」

「でも、胸はすごいですわ」


 だから、集音スキルで丸聞こえだっての。


(吸血女王聞こえるか)


「うん、聞こえるよっ。私のことはルカって呼んでね」


 テイムすると思念で意思疎通が出来るようになる。


(分かった。ルカ、まずはマントかなんか羽織ってくれ。ヴァンパイアのマントがあるだろう)


「あるよっ」


 そう言って、ルカは棺桶の中をゴソゴソしている。四つん這いになって、お尻をフリフリして探すのはやめて欲しいのだが……。


「これでいいかな?」


 ルカが体全体を覆うマントで身をくるんだ。


(上出来だ。次に眷属たちに人間を襲わないように命令してくれ)


「あ、それもう終わってるよ。ルカの願いだったから」


(そうか。変異前に戻ったのか。だが、女王だった割に随分と軽い話し方なんだな)


「そうだね。何でかな?」


(あ、いや、深く考えなくていい)


 俺の趣味とか言われたら、たまらんからな。


「お兄ちゃん、後ろの人たちは恋人かな?」


「ルカさん、よろしくお願いします。恋人のリズです」

「同じく恋人のアリサだよ」

「愛人のサーシャですわ」

「ちょっと、何でサーシャだけ大人な感じなのよっ」


 また子供たちの舌戦が始まったが、放っておこう。だが、ルカはしたたかだな。子供たちをあっという間に味方につけた。三百年の経験は伊達じゃないな。


(ルカ、棺桶に入って、しばらく寝ていてくれるか。格納して家まで連れて帰る。家に帰ったら、色々と手伝って欲しいんだ)


 ヴァンパイアはアンデッドには珍しく、眠ることが出来る。少し羨ましい。


「いいよ。ルカは今、すごく穏やかな気持ちになっているんだ。お兄ちゃん、ありがとう。じゃあ、少し休むね」


 ルカが棺桶に入ってから、棺桶ごと格納に収納した。封印したアンデッドは格納できるので便利だ。棺桶は不死王陛下にもらったものとよく似ていたが、ちょっと女の子っぽくデコされていたのが意外だった。


(おい、お前たち、いい加減に言い争いはやめるんだ)


 言い争ってはいるが、じゃれ合っているだけで、実際には仲がいい。三人とも俺の方を向いた。


(サーシャはこのままリスベニに言って、アネモネに報告して来て欲しい。アネモネさえ良ければ、今後もアンデッドの封印に協力すると伝えてくれるか)


「かしこまりましたわ。おじさまとはしばしのお別れです。リズさんとアリサさんとも」


(またすぐに会えるさ。リズとアリサは俺と一緒に王都に帰るぞ)


「はい」

「うん」


 四人で馬車まで戻ると、セフィロスがイメルダの身の上相談に乗っていた。堕天使のくせに律儀なやつだ。


 俺たちはサーシャを見送った後、八頭立ての馬車で王都まで帰った。道中リズとアリサは大はしゃぎで、イメルダもセフィロスにずっと話しっぱなしで、賑やかな旅となった。


 途中で往きにサーシャと一緒に泊まった宿で一泊したが、女子四人が寝た後、俺はセフィロスに憑依して、夜の街に繰り出した。


 召喚主のリズにはバレてもいい覚悟で、馬車の御者の若者に教えてもらったバーに入った。バレてもいいとか言いながら、情報収集のために入るんだと自分自身に言い訳をしていることに気づいて、苦笑した。


 ここには女を物色する目的を持った男と、それを当てにして稼ぎにくる売春婦が来るらしい。男が全員それが目的かというと、そうではないのもいるにはいるが、一人で飲みに来ている女は間違いなく商売女だ。


 バーの中は薄暗いので、厚化粧の女は皆綺麗に見えるのだが、セフィロスの目は昼間並みに見えるので、誤魔化しは通用しない。


 俺はバーのカウンターに座った。セフィロスは絶世の美男子なので、次から次へと女が声を掛けてくるが、思った通り、碌な女がいなかった。しかし、それでも何人かは若くて素朴で、俺的にはありの女だった。


 分かったこと。セフィロスは人間の女に全く反応しない。立派なものを持っているのにだ。


 憑依は五感を共有するが、自律神経は体の持ち主の感情に大きく影響される。俺がいくら興奮していようが、セフィロスが興奮しない限りは、出来ないということだ。


 女を断ると「このインポ野郎が」と捨て台詞を吐かれたりしたが、まさにその通りだった。


 俺は情報収集に来ただけだ。ただ、それだけだ……。


***


 翌日、夜になる前に我が館に到着し、俺とイメルダは先に馬車から降ろしてもらった。リズとアリサは館に寄りたがったが、今度、ステーシア先生が生徒たちを自宅に招くイベントを催すとのことで、今日は真っ直ぐ宿舎まで帰るように諭した。


「おじさん、また明日ですね」

「パパ、また明日ね」


 俺は二人を見送った後、イメルダに憑依させてもらった。昨日の記憶を探ると、イメルダがセフィロスに迫ってやがったが、人間の女には興味はない、とキッパリと断わられていた。昨日知っておきたかった。


 リビングに入ると、ステーシア先生とクレアに憑いたクイーンが、お茶を飲みながら話をしていた。テレサは不在のようだ。


「ただいま帰りました」


 俺は二人に声をかけた。


「何だ。思ったよりも早かったな」


「ええ、俺たちで吸血女王を封印して帰って来ました」


「何だと!?」


 俺はルカの棺桶を格納から出した。ルカはすぐに棺桶から顔を出して、キョロキョロしている。クイーンがルカを見てため息をついた。


「貴様、片っ端から女を持ち帰る癖を早く治せ」


 俺は見知らぬメイド少女が、俺のお茶を持って来たことに気づいた。


「フランソワさんもどうしたんですか? メイド少女が増えてませんか?」


「仕方ないだろう。通学途中で奴隷売りに出会ってしまうのだ」


「それと同じ気持ちですよ。ルカは変異前の心を取り戻しているのですよ。ここで普通に暮らせるようにしてあげましょうよ」


「む、それはいいのだが、封印はどのようにしているのだ?」

 

「こんな感じでーす」


 ルカがマントを広げた。クイーンのこめかみがヒクヒクと動いている。


「貴様、こんな変態チックな封印は初めて見たぞっ。この奇妙な文字が封印の呪文か? なぜ、わざわざ胸に貼ってあるのだっ」


「名前を書いた札を貼る場所はそこしかないでしょう」


「そんなわけあるかっ。貴様と話していると、こっちがおかしくなってくる。まあ、よい。ルカ様、私の中身は、王国第二十三代王妃のフランソワです。以後、お見知りおきを」


 そうか。クイーンからすると、ルカは他国の王室の人にあたるのか。


「あ、知ってるよ。聖魔女が探してる人だね。聖魔女の妹分だよね」


「それは昔のことです。さあ、お部屋にご案内します」


「お兄ちゃん、用があったらいつでも呼んでね」


「お兄ちゃん? 貴様、ロリコンでないことを証明すると息巻いて出て行ったが、まさか、ロリコンではなくシスコンでした、でカムフラージュするつもりか。貴様とは後でじっくりと話す必要がありそうだな」


 そう言って、クイーンがルカと一緒に客室に入って行った。


(……。どんどん誤解が深まっているような気がする。アネモネだけには誤解されないようにしないとな。それはさておき、メイド宿舎の建設を急がないと、部屋が足りないぞ)


 メイド少女たちには、昔は客室を使ってもらっていたが、今はダンスホールで雑魚寝してもらっている。客室の三室は、イメルダ、ステーシア先生、ルカで埋まってしまった。


 ちなみに俺は、二階とダンスホールへの出入りが禁止で、普段はリビングでゴロゴロしている。そして、夜になると、俺が変なことをしないようにクイーンの霊体がリビングに降りて来て、俺を一晩中見張るのだ。


 女だらけの館での生殺し状態はかれこれ一カ月だ。スケルトンの体は肉体的な欲求はないのだが、精神的な妄想がどんどん膨らんで行くのがやばい。そして、それが魔法に現れたりするので、本当に勘弁して欲しい。


 レベルが上がると各ステータスの値も比例して上がるが、欲求不満も上がるのではないか。というのは、最近になって急激にエロオヤジ化が進んだからだ。もはや誰にも信じてもらえそうもないが、俺はそもそも淡白な男だったのだ。


 今はまだ大丈夫だが、欲求不満の解消法を見つけておかないと、いつかとんでもないことをしでかしそうな気がする。アネモネと子供たちに幻滅されることだけは、避けなければならない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る