第57話 吸血女王
勇者と闇勇者の違いを調べるため、悪魔事典の勇者欄を読んでいるのだが、今のところ、恐らく、祝福してくれる神が違うのと、覚える魔法に「ダーク」がつくかどうかぐらいだ。
「恐らく」というのは、「闇勇者」などという単語は、悪魔事典のどこにも出て来ないからだ。
(勇者だと「女神の祝福」なのか。死神とはえらい違いだ)
「ダークレベル」についての記載はあった。実際のレベルに下駄を履かせてくれるらしい。今の俺はレベル20000ちょいだが、体力などのステータス値や、魔法やスキルの威力を30000足して、レベル50000相当に底上げしてくれる効果がある。
もう一つ面白い記載を見つけた。
(勇者と使徒は、声の届く範囲であれば、思念で会話できるのか)
サーシャに早速試してみた。
(サーシャ聞こえるか?)
(おじさま! 聞こえますわ)
その後、かすかに別の声が聞こえて来た。
(あれ? リズ、パパとサーシャの声が聞こえなかった?)
(はい、小さく聞こえました)
どういうことだ? リズとアリサの声だ。
俺は索敵をしてみた。最近は子供たちとはレベルが同じだったので、子供たちは索敵マップに表示されなかったが、今の俺はレベル50000超の扱いになっているはずだ。
思った通りだ。索敵マップ上の俺の隣に、青とメタルブルーの点が見える。イメルダとサーシャだ。前方の青二つは御者、茶色の四つは馬車の馬だろう。そして、進行方向とは逆の方に茶色が八つ、青が四つ、メタルブルーが二つ。
(お前たち、なぜここまで来たんだ?)
(やっぱりパパだ。パパの声が聞こえるよ)
(前の馬車がそうなのですね。おじさん、馬車を停めてください)
サーシャにも声が聞こえたらしく、サーシャが御者に馬車を停めるように言った。メタルブルーの二点がどんどん近づいてくる。
(お前たち、学校はどうした?)
(サーシャさんの命が掛かってるので、私たちも何かしたいのです)
勝手なことをと一瞬思ったが、仲間思いの悪くない行動だと思い直した。
(分かった。合流しよう)
リズたちの馬車が横に着いた。とんでもなく立派な八頭立ての馬車だ。
俺たちはお互いの馬車から降りて、抱擁しあったが、子供たちが俺にくっついたまま離れない。
「おい、いい加減離れろ」
そう言ってもなかなか離れてくれないので、俺はイメルダの憑依から外れた。イメルダが子供たちに抱きつかれていて、困惑した顔をしている。子供たちは俺が憑依を解いたことにすぐに気づいたようで、ようやくイメルダから離れた。
(憑依しなくても、子供たちとはコミュニケーションできるようになったってことか)
「パパ、聞こえるよ」
「おじさま、聞こえますわ」
リズは今までのレセプトと変わらないので、微笑みながら頷いた。
(よし、イリュージョンで、懐かしのお姉さんに変身するかな)
そう思念を発した後、俺はドキリとした。
そうだ、進化したのだった。イリュージョンのレパートリーが増えているはずだ。俺は恐る恐るイメージしてみた。
え? ピーコートに生足……、だと!?
いつものグラドルが紺のピーコートを着ている。それはいい。問題は下だが、スッポンポンのわけはない。ショートパンツかミニスカートを履いているのだろうが、コートに隠れていて、コートから直接すらりとした生足が出ているのだ。
これはいい、とてもいいのだが……。
いったい俺の頭のどこからこの格好が出てきたのだろうか。確かにこの格好は見せられれば大好きだと認めざるを得ないが、好きな格好を挙げろと言われても、この組み合わせは絶対に出てこないと思う。
俺の予想ではニットのワンピースだったのだが……。
イリュージョンは俺の深層心理をも反映するのか。恐るべし、イリュージョン。だが、こんなに足を見せている姿は、この世界では絶対にNGだ。これも封印だな。
「おじさん、どうしました?」
(あ、いや、すまん。ちょっと待ってろよ)
「おじさま、出来れば、その、セフィロスさんに憑依して欲しいのですが……」
恥ずかしそうにサーシャがつぶやいた。
(あいつか。いいぞ。リズ、頼む)
「分かりました。サモン堕天使、ハウント」
突然現れたイケメンにイメルダが驚いている。俺はすぐに憑依した。
「よし、五人でリズとアリサの乗って来た馬車に乗るぞ。サーシャの馬車には後ろからついて来てもらおう」
馬車の中で、子供たちが三人揃って座り、対面に俺とイメルダが座った。イメルダに意識を持たせているのは、子供たちが俺にベタベタして来ないようにするためだ。しかし、何だかイメルダが俺を意識してしまっていて、少々鬱陶しい。
(面倒くさいやつだな)
俺はイメルダには性的欲求を全く感じない。毎日パンツを着替えている妻を見ているうちに、だんだん妻を女として見られなくなるのによく似ている。ステーシア先生に対する淡い気持ちも、憑依して数日で全くなくなってしまった。
(好きな女に憑依してはダメだな)
ここまで考えて俺はハッとした。アネモネに俺が憑依したとき、アネモネが俺にチャームをかけたのは、俺に好きでいて欲しいためではないか?
(考え過ぎか。俺は単なる骸骨だし。おっと、皆が俺が話すのを待っているな)
「どうやら俺は『闇勇者』という『勇者』の一種に神から認定されたようだ。神は神でも死神だけどな。だが、これだとアネモネには受け入れてもらえない可能性が高いと思う」
「おじさま、予定変更でしょうか?」
「吸血女王を俺たちだけで封印してしまおうかと思っている。行動で示せば、アネモネも信用してくれるんじゃないかな?」
「院長とか気にしないで、好き勝手にできないのかな」
自由奔放なアリサらしい考え方だ。
「アネモネは王も教皇も顎で使えるんだぞ。仲良くしておいた方が得策だ。人柄も悪くないしな」
「確かに私たちにはとても優しかったですわ」
「吸血女王の居場所はわかるのですか?」
「王墓ですわ」
***
旧教国の王墓はリスベニの手前に広がる森の中にあった。
馬車は森の外で待機してもらうことにした。イメルダにはセフィロスと一緒に馬車の中で待つように言った。イメルダの嬉しそうな顔にイラッとしたが放っておく。
「セフィロス、イメルダ先生を守ってあげて。でも、先生に触れてはダメよ」
さすがリズだ。セフィロスとやっちゃってるイメルダの記憶は、共有したくはないからな。
森の中を歩いて行くと、森を切り開いた広場に石を十段ほど積み上げたピラミッド型の建物が現れた。
「ここですね」
「ここですわ」
霊感のある二人にはわかるようだ。俺も霊感は持っていて、邪悪な気配をひしひしと感じていた。
(入るぞ。俺よりも前に出るなよ。サーシャ、皆にガードをかけてくれ。俺にはかけなくていい)
「はい、おじさま。ガード」
リズ、アリサ、サーシャの体が金色に輝きだした。物理攻撃、魔法攻撃、精神攻撃を一定時間無効化する効果がある。ちなみに俺にはそういった攻撃ははなから全く効かないため、ガードは不要だ。
俺たちはピラミッドの中に入った。中はドーム状の空間だった。
「オーラ」
リズが莫大な霊力でオーラを発し、ピラミッド内部を白く輝く霧で埋め尽くした。
霧の中をおぞましいほどの数の霊体が縦横無尽に浮遊している。無念のまま命を落とし、現世に未練があって成仏しない浮遊霊「ゴースト」だ。
「オラクル」
サーシャの呼びかけに応じた女神たちがゴーストに甘くささやく。ゴーストたちは歓喜の声を震わせながら、次々に成仏していった。
奥の方に少女がたたずんでいた。幼さを残しつつも妖艶さが入り混じった男心をくすぐる容姿で、綺麗に化粧していて、驚くほどの美貌だ。この少女が吸血女王で間違いないだろう。
(えらく惹かれるんだが、俺って実はロリコン?)
いや、違う。300歳がロリータな訳がない。完全に大人だ。あどけない表情と大人の体のアンバランスさが悩殺ものだ。黒いゴスロリ風衣装もとてもよく似合っている。しかも、少女顔なのに爆乳だ。百点満点の女と言えるだろう。
(大人なのに思春期感を出すなんて、セーラー服を恥ずかしそうに着た大人の女を軽く凌駕するぞ。名付けて「極上の爆乳思春期女子」だなっ)
ネーミングがエロビデオとしか思えないセンスも含めて、エロオヤジっぷりを脳内で大爆発させていたら、女王がサーシャに話しかけて来た。
「娘、信じられぬほどの威力の『オラクル』だな。聖魔女が代替りしたのか?」
シスターボーン姿の俺が前に出た。デュアルを唱えて分身を作る。
「分身? 忍術?」
女王が警戒心を高めて、戦闘態勢に入った。
アリサが分身の真後ろに移動して、俺の分身を壁にしながら、魔法を繰り出した。
「ストップ、ディメンション」
アリサの時空魔法は、アンデッド本体ではなく、アンデッドの周囲の時空に作用するため、アンデッドにもよく効く。
「む。お前たち、何者っ!?」
まさかの魔法の衝撃に女王がバランスを崩している。
リズとサーシャはすでにホーリーを唱え出している。リズはプロキシーという魔法で、仲間のどんな魔法でもコピー出来るのだ。
吸血女王はアリサの強烈な時空魔法をうまく空間操作して中和しつつ、ぎこちない動きながらも、懸命に精神波を投げかけて来た。
万一「ガード」が効かないことを想定し、俺は霊体二体で子供たちに精神波が当たらないように身を挺して守り抜く。三十秒間耐えれば、俺たちの勝ちだ。
危機を感じた吸血女王は、数百匹もの蝙蝠を召喚した。
アリサがすぐにメテオを発して、蝙蝠たちを瞬時に異次元へと吸い込んだ。
吸血女王も必死だ。今度はピラミッドの天井を崩しに来た。アンデッドはピラミッドに埋もれたくらいでは死なないが、人間はそうはいかない。
リズがホーリーの詠唱をやめて、今度はアリサの魔法をコピーしてグラビティを唱え、上から落ちてくる天井の瓦礫を止めた。
「お前、アンデッドだなっ」
吸血女王は俺の正体を遂に看破し、アリサの魔法に抵抗しながら、俺に抱きついて来た。薔薇の香りがふわりとする。味方には攻撃しないと踏んだのであろう。俺を盾にする気だ。
俺は急いでデュアルを解除して、もう一度、デュアルを起動して、吸血女王に分身の方をあてがった。
(アリサ、サーシャ、吸血女王がしがみついているのは分身の方だ。構わず攻撃しろ)
俺はそう念じたが、二人は言わなくても分かっていたようだった。アリサの魔法を再び受けて、吸血女王の動きがまた鈍くなる。俺の分身もアリサの魔法の影響で、全く動けなくなった。
「ホーリー」
サーシャの可愛らしい声が響いた。青白い光線が俺の分身と吸血女王に直撃する。俺は踏ん張れるところまで踏ん張って、デュアルを解除した。
吸血女王が青白い光で輝く柱の中で、俺たちに向かって微笑んでいた。
「ありがとう……」
そう言い残して、吸血女王は消えて行った。
(棺桶はどこだ?)
「霊体はこの部屋の奥に飛んで行きましたっ」
リズが叫んだ。
(急ぐぞ。すぐにレベルが復活してしまう)
俺たち四人は奥の部屋に飛び込んだ。後ろで天井が崩れる音が盛大に鳴り響いたが、棺桶のあるこの部屋はびくともしない。
棺桶が開き、中から吸血女王が現れた。最初はぽかんとした表情だったが、次第に邪悪な色に染まっていく。
(ダークシール)
俺は封印の呪文を念じた。
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