第55話 遠征

 聖女たちは、普段は活動拠点としている修道院などで、悪魔やアンデッドの討伐、病人や怪我人の救護に従事しているが、聖魔女または教皇から召集され、国家レベルの案件に対処することもある。


 聖女が拠点としている修道院などには、レセプトを使えるシスターが必ず一名以上いて、召集通知を聖女に伝える役割を担っている。


 ミント修道院で院長業務中だったテレサは、聖魔女からの召集通知をマーガレットに伝えた。


 旧教国領の宗教都市リスベニの大聖堂に三日後の朝9時に集合とのことらしい。


 マーガレットは出発の準備をするため、いったん館に帰って来た。


 既に学園から帰宅していた俺といつも館でぶらぶらしているクイーンが、マーガレットから話を聞くことになった。

 

「『吸血女王』がついに変異してしまったようですっ」


「吸血女王」は三百年ほど前に、当時の教国の女王がアンデッド化したのが始まりらしい。


 人間からアンデッドになった場合、人間の感情が残っているため、生前に好きだったものには害をなさない。例えば、俺が綺麗な女と子供に手を出さないのは、生前の名残だ。


(子供の方は好感度抜群だから宣伝すべきだが、綺麗な女の方は言わない方がいいな。いや、待てよ、子供の方も「やっぱりロリコンだ」と誤解されるかもしれん。これまでも不用意な発言で濡れ衣を着せられて来たからな。黙っていよう)


 ところが、そういった感情は放っておくと年々薄れて行くらしい。そして、ある日突然、性格が豹変するのだそうだ。それを「変異」と呼ぶらしい。


「ということは、俺やフランソワさんも『変異』するのですか?」


 クイーンが首を振った。


「人との関わりを保てば大丈夫だ。私や貴様のように従者が人間の場合は大丈夫だが、従者が人間以外のアンデッドはまずい。ヴァンパイアの従者のことを眷属というが、ヴァンパイアは眷属がヴァンパイアになるため、必然的に変異するのだ」


 さらに、ヴァンパイアの恐ろしいところは、眷属がねずみ算的に増えていくことだ。これまでは、吸血女王が眷属の欲望を抑えていたが、それが解放されてしまうと、眷属が眷属を作りだしてしまうため、眷属が爆発的に増えてしまう。


「旧教国領では、住人が全てヴァンパイア化してしまった村がいくつも発生しているそうですっ」


「こうなる前になぜ浄化しなかったのです?」


「彼女は浄化不能だったのだ。私のようにな」


 吸血女王は生前は慈悲深い女王で、旧教国領に善政を敷いたという。アンデッドになっても、心優しく、眷属にするのは人を救うためで、不治の病人や大怪我をした人だけだった。


 しかも、自分がいつか変異することを恐れ、自ら浄化を願い出て、多くの人が涙ながらに見守るなか、ホーリーの光に包まれたという。


 しかし、結果はレベル1で棺桶に戻っただけだった。浄化不能と分かり、女王はレベル1のまま封印を希望していたのだが、勇者召喚の失敗があり、教会がもたもたしているうちに変異してしまった。


「レベル1なら問題ないのでは?」


「眷属からレベルを吸い上げてどんどんレベルアップしているらしいですっ。教会は眷属を浄化しているのですが、イタチごっこですっ」


「浄化は出来ないが、吸血女王をレベル1にリセットし続けて、封印のダンジョンが完成するまで時間を稼ぐという作戦か。聖魔女がサーシャを聖女隊に急いで入れたかったのは、このためか」


「『吸血女王』って強いんですか?」


「人間には滅法強いぞ。精神攻撃が半端ない。ホーリーを放つまで聖女側が全滅しなければ、聖女側の勝ちだ」


(全滅しなければってことは、何人かが死ぬのは前提ということか!?)


「俺なら勝てますか?」


「勝ちも負けもしない。アンデッドには、浄化魔法以外は全く効かないからな。アンデッド同士の戦いは、どんなにレベルが離れていても、引き分けしかない」


 確かに俺もレベル1のスケルトンを倒すことは出来ない。


 だが、勇者として真に覚醒すれば、倒せはしないが、封印することができるようになる。「シール」という勇者の魔法で、霊体を物質化して、アンデッドを格納することが出来るようになるのだ。


「俺が『シール』を使えるようになればいいのですかね」


「それがベストだが、サーシャと組むだけでもいいぞ。私とマーガレットで悪魔を狩りまくっているのは、アンデッドと聖女が最強の組み合わせだからだ」


「でしたら、アネモネはなぜ不死王陛下と協力しないんでしょうか。紹介したのに」


「聖魔女はひとつ前の前世で、不死王に騙され、ボーイフレンドと一緒に殺されたからだ」


「え? あの不死王陛下が?」


(そういえば、アネモネが、前世はレベリング中に死んだと言っていたな)


「あの男は信用ならないぞ。変異して5000年以上経っている。もう人の心は持っていない」


(でも、不死王陛下は俺の生前のときの上司のような印象なんだよな。部下を裏切るような感じではなかった。陛下は、そういえば、フランソワさんを嫌っていた。この二人、仲が悪いんだった)


「俺が力を貸すって言ったら、アネモネは話に乗って来ますかね?」


「協力するメリットよりも邪魔になるリスクが大きいと判断して浄化しようとしたのだろう? だが、貴様が勇者だと言えば、態度を変えるかもな……。貴様、私と敵対するつもりか?」


「まさか。封印のお手伝いですよ。でも、フランソワさん、俺はアネモネとも敵対しないですよ」


「ふん、貴様は綺麗な女とは敵対しないのだろう」


「まあ、そういうことです。サーシャと組んで、レベリングしながら、リスベニに俺も行きます。適当な悪魔の場所を教えてくれませんか? それと、申し訳ありませんが、ステーシア先生の面倒をお願いしていいですか?」


「聖魔女に直接会いに行くのか。大胆だな。悪魔地図は後で渡す。ステーシアのことは任せておけ。ところで、貴様、吸血女王の容姿は知っているのか?」


「いいえ、ひょっとして綺麗なんですかね?」


「美少女だ」


「少女?」


(女王っていうから、てっきり昔は綺麗だった系のおばさんだと思っていたぞ)


「見た目は十二歳ぐらいの美少女だ。まさにロリコンのど真ん中だぞ」


 十二歳の容姿で三百歳って、合法ロリの極みだが、俺は大人の妖艶な女が好きなのだ。


「ちょうどいいです。俺がロリコンでないことを証明して来ましょう」


 俺はそう言い放って、ステーシア先生から憑依を解いて、リビングを出た。


(サーシャとのコミュニケーションのためにイメルダを連れて行くか)


 俺は久々にイリュージョンを使い、イメルダを担いで、俊足で聖女候補の宿舎に向かったが、サーシャは既に宿舎を出ていた。そのため、リスベニ方面に続く道へと方向転換し、しばらくして、サーシャの馬車に追いついた。


 猛スピードで走ったり止まったりして移動して来たので、イメルダが酷い乗り物酔いになっていた。真っ青になってふらついている。


(すぐにキュアしてやるからな)


 イメルダを道沿いの草むらに寝かせて、グラドル姿で馬車の中に飛び込むと、サーシャが一瞬驚いたが、すぐにとろけるような笑顔になった。


「おじさまっ」


 サーシャに馬車を止めてもらい、イメルダに憑依して、馬車に入った。途端に乗り物酔いで吐きそうになった。


「サーシャ、久しぶりだな。すまんが、気分が悪いので、キュアしてくれ」


「キュア! おじさま、おじさま!」


 サーシャが抱きついて来た。


(キュアしてなかったら、今のでサーシャの頭の上に盛大に吐いてたな。危なかった)


「ははは。一人でよく頑張ったな。そうだ。聖女合格おめでとう!」


「ありがとうございます。おじさま、いったいどうされたのです?」


 俺に抱きついたまま、顔を上に向けてサーシャがたずねてきた。相変わらず、サーシャは超絶美少女だ。可愛くて仕方ない。娘としてだが。


「吸血女王の封印に俺も参加したい。アネモネにそう言いに行くんだ」


「大丈夫ですの?」


「勇者の証を見せれば大丈夫だ。リスベニまでの道中で、三柱の貴族級の悪魔を狩って、勇者魔法『シール』を覚えるぞ」


「悪魔事典」によると、「シール」はレベル20000以上が必要だ。


「おじさまと二人旅ですの!?」


(サーシャの目が少し怖いんだが)


「そ、そうだが、そんなにくっつくなよ」


 俺は娘に抱きつかれるのが、実は前世の父親時代のときからあまり好きではない。でも、前世のときの最後の方は抱きついて来なくなって、それはそれで寂しかった。


「いいえ、しばらく離しませんわっ」


(少し我慢するか)

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