第54話 聖女入替戦

 聖女入替戦は現役聖女十三名と聖女候補卒業生十三名の総勢二十六名のバトルロイヤルで行われる。


 聖女の魔法は治癒系、神聖系で占められるため、人間には効かない魔法が多い。そのため、聖女同士の戦いは、魔法戦ではなく、肉弾戦となる。聖女の華やかなイメージとは程遠い、掴み合い、殴り合いの喧嘩となるのだ。


 これで本当に聖女として強いものが残るのかというと、神聖魔法の使い手は、魔法の威力が強い者ほど腕力がある。聖女はその見た目とは裏腹に、腕力、脚力、背筋力が人外であり、化け物並の怪力の持ち主たちなのだ。


 今年は特別にサーシャが加わり、二十七名のバトルロイヤルだ。降参か気絶すると退場させられ、十三名が残るまで熱き女の戦いが繰り広げられる。


 ルールは二つで、攻撃魔法の禁止と殺人の禁止だ。ルール違反は即刻退場となる。ホーリー禁止なので、俺も安心して見ていられる。


(おっぽいポロリもあると聞く。アイドルを上回る容姿の若い女の子たちが、集団で取っ組み合いの喧嘩って、エロすぎるだろう……)


 ペアで百万円のプレミアチケットになるのも頷ける。サーシャがそんな戦いに加わって、衆人の目に晒されるのは面白くはないが、二十六人の若い綺麗な女を目にしてしまうと、そんなことを忘れてしまうのがエロオヤジだ。


(そうだ。今更ながら気づいたのだが、俺はエロオヤジだ。だが、これでこそ正常な中年オヤジだ。決して、変態ではない)


 俺はリズ、アリサとイメルダに憑依したクイーンの四名で、サーシャの招待枠での観戦だった。ミントの聖女は、テレサとミント修道院のシスターたちの合計四名を招待したようだ。クラウスはいないようだ。


 貴賓席には聖魔女と護衛の筆頭騎士、国王夫妻と王子王女、教皇、枢機卿の面々が座っている。


(アネモネ綺麗だなあ、仲直りしたいなあ)


 俺の偽らざる本心だった。最近俺の周りには綺麗な女性が多くて目移りするが、やっぱり俺はアネモネが好きなのだ。


(「我々は霊体のみの存在」か……)


 クイーンの言葉が胸に刺さるが、アネモネはそんなことは気にしないでくれるような気がした。俺の願望でしかないかもしれないが、俺の骸骨を愛おしく抱きしめてくれたあのときの感触が忘れられない。


 俺が人魚のネックレスを使ったときのアネモネとのシーンを思い出していたら、リズにトントンと肩を叩かれた。


「おじさん、レイモンド侯爵夫妻があそこにいます」


 一般席は下品にならないように女性帯同での入場しか認められていない。リズがレイモンド侯爵夫妻の場所を指差して教えてくれた。


「へえ、奥さん、上品で綺麗な人じゃないか」


「はい、とてもいい人です。侯爵も奥さんの前では優しい感じのイケオジなんですよ」


 だが、あいつこそは、一皮剥けばロリコンの変態オヤジだ。


「フランソワさん、あれが本物のロリコンの変態です」


「ふん、貴様はその男の盟友ではないか」


「盟友違いますよ。ビジネスパートナーです」


「ふん、同じようなものだ」


「パパ、始まるよ」


 アリサに言われて、闘技場に目を移すと、うら若き女性二十七名が整列し、貴賓席に敬礼していた。サーシャが一人だけ頭一つ小さいのがとても可愛いらしい。


 太鼓の音が鳴り響き、聖女と聖女候補の二十七名が闘技場のフィールドに散らばった。あらかじめ、それぞれの開始位置は決められている。観客たちの歓声が闘技場を埋め尽くす。いよいよ戦闘開始だ。


「さて、どういう作戦で来るかな」


 クイーンは多分俺に話しかけているのだろう。三年ほど前までは、現役聖女がフォーメーションを作って、聖女候補がフォーメーションを作る前に、聖女候補一人ずつを集団リンチのようにボコ殴りするエグい展開だったらしい。


 だが、聖女候補側も研究していて、最近は聖女候補側もフォーメーションを素早く作って、聖女集団対聖女候補集団の戦いとなり、両者入り乱れての乱闘になるらしい。エロオヤジ好みの展開だ。


 だが、今年は絶対強者のサーシャがいる。サーシャの強さは、両集団とも熟知しているようで、聖女集団と聖女候補集団とサーシャ一人が三すくみの状態で見つめ合う形になった。


「やはりこうなるか。サーシャに向かって行けば瞬殺だからな」


 サーシャとしては、両軍が潰しあって、一人だけボコって終わりにしたいのだろうが、そういう展開にはならないようだった。


 しばらく膠着状態が続いたが、サーシャが聖女候補集団の方に向かって歩き出した。聖女候補集団に動揺が走っているのが、ここからでも見て取れる。


「うわあ、すごいね、サーシャ」


 アリサが思わず漏らした感想は、皆の思いを代弁していた。サーシャが聖女候補集団の中に入って、ボコボコに聖女候補を殴り始めたのだ。


(あいつ、先日得た拳闘のスキルのおかげで、動きが見違えるように洗練されているじゃないか)


 サーシャがイエローギャングから取得したスキルは「拳闘」、「剣技」、「射撃」、「縄技」、「絞技」だ。ちなみにリズとアリサも昨日ギャングの残党を片付けて、同じようなスキルを取得している。恐ろしい娘たちに育ってしまった。


 聖女候補たちは防戦一方で、一生懸命キュアを自分や仲間にかけるのだが、一人二人と気絶して行く。一方的な蹂躙だった。


「三人残したな」


 クイーンの言う通り、サーシャはよれよれの聖女候補を三人残し、今度は聖女集団に向かって行く。


「何ですか、これ?」


 リズが驚くのも無理はない。先ほどと同じ光景が聖女集団に対しても繰り広げられているのだ。圧倒的な暴力で、頭一つ小さなサーシャが、現役聖女たちをボコ殴りしているのだ。


 聖女がサーシャを殴ろうにも、手を払いのけられるだけで、二、三メートル宙に浮いてしまう。後ろから羽交締めしようにも、肘打ちを腹に決められ悶絶させられる。近づくことさえ許されず、一方的に殴られ、蹴飛ばされる。


 唯一人だけ殴られずに何とか逃げていたマーガレットが、一発喰らって苦悶の表情だ。首都の聖女でさえも、既に数発喰らっていた。


 後でマーガレットから聞いたのだが、サーシャのパンチは、鉄柱で思いっ切り殴られているのかと思うぐらい強烈なのだそうだ。常時キュアで体を守っている聖女でなければ、内臓破裂で死んでしまうだろう。


 観客は呆気に取られてしまい、闘技場は静まりかえっていた。サーシャのパンチやキックを受けた聖女たちの呻き声が聞こえるだけだ。


「三人気絶させたな」


「これって、殴りながら強さを確かめているんじゃ……」


 俺が思った通りで、サーシャは聖女候補集団の方に再び戻って行き、一人を指差して、首を切るゼスチャをして見せた。指差された聖女候補は両手を挙げ、降参の意思を示した。


 聖女入替戦は現役聖女三名が引退し、サーシャと聖女候補二名が入れ替わる結果となった。


 来賓席の筆頭騎士のランスロット、皇太子、そして、プリシラの引き攣った顔が印象的だった。


 ちなみに、この後、聖女の順位戦が、下位から上位への勝ち抜き戦という形で行われるのだが、こちらは非公開だ。サーシャは十二人抜きで、主席となったことは言うまでもない。


 また、マーガレットは首都の聖女を倒し、次席を守り、ミントの聖女を継続することとなった。

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