第53話 ツンデレ
職員室に戻ると、ステーシア先生が心配そうな表情で駆け寄って来た。
「イメルダ先生、どうでしたか?」
先ほどステーシア先生に大丈夫って言ってしまったこともあり、非常に言いにくいが言うしかない。
「懲戒免職になりました」
ステーシア先生は目を見開いた後、ふっと意識を失い、糸が切れたように卒倒しそうになった。
俺は急いでステーシア先生を抱きかかえた。
(柔らかいなあ。いい匂いするなあ。いかん、エロオヤジ全開している場合ではない)
俺は急いでデュアルで分身を作り、ステーシア先生にも憑依した。イメルダとステーシア先生の両方に憑依した形になったが、意識は一つだけなので、同時に二人は制御出来ない。
そのため、高速で代わる代わる二体を操作した。シングルタスクを高速で切り替えることで、マルチタスクに見せかけるコンピューターのような動きだ。
イメルダの俺は、私物を段ボールに詰め、職員たちにお別れの挨拶をして職員室を出た。
同時にステーシア先生の俺は、気分が悪いと言って、早退することにした。
こうして、イメルダとステーシア先生の二人で学園を出たが、本体と分身とは、あまり離れられないため、いったん二人とも館に帰ることにした。
学園を出るときに、リズたちに心配かけないように思念で伝言を残すことは忘れなかった。
(忘れたら、あいつら何するか分からないからな)
そして、二人して馬車に乗って館に帰って来たのだが、俺はなぜクイーンと玄関ホールでばったりと会うことが多いのだろうか。
「き、貴様、昨夜ステーシアの話をしたばっかりで、もうお持ち帰りしてきたのかっ」
ステーシア先生の姿を見るなり、クイーンがイメルダの俺に猛抗議して来た。
「いや、お持ち帰りとか言わないでくれますか。事情があるんです。お会いできてちょうどよかったです。フランソワさんからステーシア先生に俺が憑依してもいいように説得していただけますか」
「む、貴様、器用なことをしているな。二人に同時に憑依しているではないか」
「ステーシア先生はイメルダが懲戒免職になって、ショックで気絶してしまったんですよ。霊体は二つですが、意識は一つなんで、二人への同時憑依は大変なのです」
「懲戒免職だと!?」
クイーンがくわっと目を見開いた。
(王妃経験者は何で皆さんこんなに怖いのかね、まったく……)
「リビングで事情を説明します」
俺たちはリビングに移動した。聖女もテレサも仕事で外出中で、メイド少女たちが館内の掃除や洗濯をしていた。
(クイーンはプータローなんだよな。いい身分だよ、ほんとに)
俺はクイーンに今朝あった出来事を説明した。
「ふむ、カレンがそう言ったのか」
カレンとは王妃のことだ。
「それでイメルダは失業しちゃいましたので、俺はステーシア先生に憑依して、イメルダには人材派遣会社を取り仕切ってもらおうかと」
「イメルダは大丈夫か?」
「徐々に自信ついて来たと思うんですよ。無理なら、最初のうちはこの館で事務作業でもいいです。その他の作業は放課後に俺が憑依してやってもいいですしね」
「その辺りはイメルダと相談するんだな。そういう事情ならステーシアの説得は任せておけ。着替え、トイレ、バスの時間は憑依を解くという条件は、イメルダのときと同じだぞ」
「分かってますよ。記憶は共有されますから、違反したらすぐに分かりますよね。イメルダともきちんと守っていますよ」
「まあ、それはイメルダに何回も確認しているがな」
(確認してたのかよ)
「そろそろ信用してくれませんか?」
「ふん。男なんぞ誰も信用できん」
(それは男から女に対する台詞のような気が……)
「分かりましたよ。では、説得をお願いします」
クイーンはうなずいた。
「しかし、お前たちはやっていることが無茶苦茶だな。特に貴様だ。こうやって自由に出来る女を増やそうという魂胆か?」
「誰も自由に出来ていないですよ。そもそも、俺、死んでますし」
「その通りだ。我々は霊体でしかないのだぞ。それをゆめゆめ忘れるでないぞ」
そうなのだ。憑依したとしても、所詮は他人の体でしかない。
(俺って結局、何がしたいんだろう)
俺がちょっぴり沈んでいると、クイーンが気を使ったのか、話題を変えて来た。
「そういえば、サーシャだが、昨夜襲われたらしい。テレサから連絡を受けた」
「あ、そうなんですね。そうか、あれはそういうことか」
「あれとは何だ?」
「昨夜、サーシャのスキルが増えたのですよ」
「何だそれは?」
「従者が人間を殺したら、スキル奪えますでしょ?」
「そうなのか? 私の従者は人を殺していないから、知る由もないな。貴様の従者は人を殺しているということか」
「ええ、正当防衛です。よく襲われるんですよ」
「王国は場所次第では驚くほど治安が悪いからな。それで、サーシャが襲われたと聞いても心配しなかったのか」
「ええ、心配はしません。サーシャって、最強だと思いますよ。俺、勝てないです」
「確かにな。私もソロでは勝てないな。相性が悪すぎる」
「レベルはアネモネより低くても、アネモネにも勝てるんじゃないですかね」
「ソロではそうかもしれんが、ソロで戦うことはあるまい。だが、貴様たちのチームは強すぎることは確かだ。もはや聖魔女も私も止められぬぞ。貴様は変態だが、悪人でなかったことは救いだな」
「変態でもないですが、いつになったら信用してくれるんですかね」
「信用どころか、変態であることの証明をどんどん積み重ねているではないか。テレサに信用されれば、テレサに憑依して、サーシャの聖女戦を見られるのだがな」
「本当ですか!?」
「テレサは貴様のところのリズと同じで霊媒体質だからな。ハウントをかければ、意識が強くあっても憑依できるぞ」
「でも、テレサさん、信用してくれないでしょうね」
「無理だな」
(無理だと分かっているなら、教えなくてもいいのに……)
俺がまたもや沈んでいると、クイーンが元気づけようとしてくれたのか、俺とは目を合わさず、横を向きながらこんな発言をして来た。
「わ、私から、聖女戦だけ憑依を許すようにテレサに頼んでやってもいいぞ」
ツンデレだ。こんな分かりやすいツンデレはアニメの世界にしかないと思ったが、実際にあるのだな。
「いや、ちょっと待って下さいよ。リズとアリサの保護者として、担任のステーシア先生が同伴して観戦しても違和感ないのでは?」
「……」
し、しまった。せっかくのデレをバッサリと切り捨ててしまった。
「あ、いや、頼みます。ぜ、是非頼みます」
やばい。クイーンが本気で怒ってる。
「ふん。ステーシアをよこせ。こいつの家まで私が送って行こう」
「ま、待って下さい。すいませんでした。本当にお願いします。そ、そうでした。これまでのご恩に報いるため、『人魚のネックレス』を差し上げます!」
「……む、貴様にとって一番大事なアイテムではないのか?」
「そういうものでないと、感謝しているとは言えないですよ」
クイーンは優しく微笑んだ。こんな優しい顔は初めてだった。
「分かった。気持ちだけ受け取っておこう。ステーシアをよこせ。貴様が憑依出来るよう説得してやる。私たちは二階に行くから、お前はイメルダと今後について相談するとよい」
そう言って、クイーンは意識のないステーシア先生をおぶって、リビングを出て行った。
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