第52話 王妃登場

 翌日、学園に登校したら、職員室の教員たちがなぜかよそよそしい。ステーシア先生が俺のところに来て、事情を説明してくれた。


「王妃様の使いがいらしているのよ。イメルダ先生、昨日、三年生のAクラスで令嬢たちに体罰を与えたって本当ですか?」


 今年度、プリシラ王女が入学し、PTAの会長がプリシラの母である王妃になった。王妃はPTA会長として使いを出したのであろう。


「ええ、授業を妨害されましたから。それと、カフェで二年生のAクラスの言葉使いの悪い生徒にも少し指導しました」


 この世界では、教育者から生徒への体罰は当たり前だ。イメルダの記憶にも、イメルダ自身ではないが、他の教員による体罰目撃シーンが数多くある。だが、確かに貴族の令嬢への体罰は記憶にない。


「イメルダ先生、自由市民にならまだしも、貴族の令嬢たちへの手出しはまずいですわ。先生が退職なんてことになったら、私、この学園で生きていけないです……」


(ステーシア先生は本当に庇護欲そそるなぁ。抱きしめたくなりそうだ)


「大丈夫です。安心して下さい。あ、理事長」


 理事長が額に汗を光らせながら、俺のところに走って来た。


「イメルダ先生、今すぐ理事長室まで来てくれないか」


「はい、かしこまりました」


 理事長室に向かう途中で、理事長が小さい目をしょぼつかせながら、俺に語りかけて来た。


「皆には王妃様のお使いの方と言ったが、実は王妃様ご自身がお忍びでいらしている」


「王妃様が?」


 想定外だった。王妃がすぐに直接学園に来るなどあり得ないと思っていた。王妃から王宮に呼ばれる前に決着をつけるつもりだったのだ。昨日のうちに生徒たちの心を折っておくべきだったのかもしれない。


「いや、君、とんでもないことをしてくれたよ。いくら私でもとても庇いきれないぞ。食事の話はなかったことにしてくれ。君と食事などしていたら、今度は私の首が危ない。王妃様は冷酷無比で有名な方なのだぞ」


(冷酷無比か。そうだった。クレアをはめて、死罪にしたのは王妃だったな)


 理事長室に入ると、背筋をピンと伸ばして、上品な佇まいの貴婦人が座っていた。すごい美人なのだが、非常に冷たい眼差しで、近寄り難い印象を受けた。後ろには帯剣した騎士が立っていた。


(最近会う女は怖い美人ばかりだ。こうなってくると、冒険者の女たちの方が愛嬌があってよかったかも。ステーシア先生が俺のオアシスだ)


「あなたがイメルダ先生ね。理事長、席を外していただけるかしら。お前もよ」


 理事長と騎士が部屋から出て行った。王妃は俺とサシで話したいらしい。


「今朝、プリシラに会ってきたの。あなた、手配中のスケルトンではなくて?」


 いきなりどストレートな質問だ。セレブにありがちだが、どう答えるべきか。


(最悪、「人魚のネックレス」を使って逃げればいいか)


「そうです。ボーンと言います。初めまして」


 王妃が微笑んだ。王族オーラが半端ない。クイーンと同じで、自然と頭を下げたくなる。


「やはりね。昨夜、リズとアリサがプリシラに取引を持ち掛けてきたわ。百人もの令嬢を食堂の床に這いつくばらせたうえで、その力と王女の権威を適時交換しないかって」


(あいつら、そんなことしていたのか)


「彼女たちが私のことを?」


「いいえ、彼女たちはあなたのことは好きにしていいとチェイサー姉妹に言ったそうよ」


(チェイサー姉妹って誰だ?)


「あら、分かっていなかったみたいね。あなたがつるし上げたという赤毛の姉妹よ。チェイサー侯爵から昨日の午後に陳情があってね。リズとアリサのいる学園に豹変した先生がいて、三年生のAクラスでやりたい放題したと聞いたの」


(あの姉妹は侯爵令嬢だったのか。イメルダはその辺りは無頓着だったからな)


「そうでしたか。それで私だと」


「ええ。実はね、イメルダ先生かステーシア先生のどちらかにあなたが憑依すると私は思っていたのよ」


(鋭い、というか、クイーンの戦略、読まれまくりじゃねえか)


「クレアに太王太后様が憑依なさっているのも知っているのよ。私がそう仕向けたの」


 俺は心底驚いた。


(策士過ぎる。敵わないぞ、王妃には)


「そうだったのですか。それで、私にはどういったご用件で」


「単に挨拶に来ただけよ。用は今のところはまだないわ。逆にあなたから私に用はある? 質問でもいいわよ」


「そうですね。それでは一つだけ質問させてください。アネモネとは敵対されているのでしょうか?」


「敵対しないようにしているわ。彼女は私の夫を操っているけど、私はもともと夫を愛していないから、それはどうでもいいの。ただ、私の息子を操っているのは気に入らないわ。だから、太王太后様には協力しているつもりよ。クレアの件とかね」


「フランソワさん、気づいていないと思いますよ」


「ええ、そうでしょうね。太王太后様に気づかれるようなら、聖魔女にも気づかれてしまうから。気づかれないように頭を使って、慎重に行動しているわ」


(この人、頭良すぎるんじゃないか?)


「それで、今回の件はどのように処遇されるのでしょうか?」


「イメルダ先生は懲戒免職よ。すぐにステーシア先生が壊れるから、ステーシア先生に憑依し直すといいわ」


(マジかよ……)


 俺は、その日、学園を懲戒免職となった。

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