第52話 女子寮での騒動
―― アリサ視点
まさかリズがこんなに怒るとは、私もびっくりだ。
女子寮の上級生との懇親会は、寮の食堂での立食パーティーだった。
参加者は貴族の令嬢のみだったが、今、私とリズとプリシラ王女以外は、全員が床に這いつくばっている。強烈なグラビティの魔法で、私たち以外は全員が立っていられないのだ。
リサは髪が逆立ち、目が金色になって、とても人とは思えない形相だが、神秘的な美しさがある。パパがリズは美人になるとよく言っているが、パパはちょっと美的感覚がおかしい。リズはすでに十分に美人だ。
発端は三年生と二年生の赤毛姉妹のイメルダ先生の悪口だった。過去のイメルダ先生についてはリズも私も思うところは何もないが、どうやら今日のイメルダ先生の仕打ちに対して、我慢がならないようだった。
「あいつ、一体、どうしちゃったんだよっ」
「お姉様、お父様に言いつけて、あいつを辞めさせましょう」
「それじゃあ、腹の虫が収まらないわ。何だかきれいになったし、男子校生徒に頼んで、襲わせようかしら」
物騒な話をしていたが、パパが人間ごときにやられるわけはないので、この程度の話は放っておけばいいと思っていた。
ところが、話は妙な方向に移っていく。
「男子校生徒ではなく、ギャングに任せてはいかがかしら。お金さえ出せば、後腐れなく何でもしてくれるそうですわ」
三年生の金髪縦ロールの先輩がそんな話をし始めた。この先輩は、今日、パパに蹴飛ばされて、失神してしまったという。
「そうなの?」
赤毛の姉が金髪の話に乗って来た。
「ええ、傭兵上がりもいて、暴力のプロですわ。いかにイメルダでも屈強な男性数人に囲まれれば、いいようにされるだけですわ」
赤毛と金髪がいやらしい笑みを浮かべているが、この人たち、パパのことがまるで分かっていない。何人来ようが殺されるだけだ。
「その方々って、ひょっとして『イエローギャング』ではなくて?」
意外なことにプリシラ王女が話に加わって来た。「イエローギャング」は私も知っている。今週末に潰しに行く予定のギャングだ。
「これは王女様、ご存知でいらっしゃいましたか。さすがですわ」
金髪が驚きつつも、王女をよいしょしていた。さすが貴族の令嬢だ。立ち振る舞いが如才ない。
「ええ、噂に聞いたのですが、そのギャングたちが聖女候補の一人を今夜、襲うそうですわ」
「え? 誰をですか」
突然、王女の前に割り込んで、質問をしたリズを金髪が叱り飛ばした。
「あなた、割り込んで来て失礼ね。それに、王女様に直接質問するなんて不敬ですわよっ。身分をわきまえなさい」
リズは金髪を無視して質問を続けた。
「王女様、まさかサーシャではないでしょうね」
無視された金髪がリズの肩をつかもうとしたので、私が素知らぬ顔で、グラビティで金髪を吹き飛ばした。
「ま、またですの〜」
そう力なく叫びながら、金髪が床すれすれを縦ロールをなびかせながら吹っ飛んでいく。
「王女様、ああなりたくなかったら、早く教えてください」
他の人を巻き込んで盛大に床に転がって失神している金髪を見て、王女が叫んだ。
「あ、あなた、リズさん、あなたがやったの?」
質問に質問で返されるとイラっとするが、リズにはイラつきを我慢する余裕はなかったようだ。
「はやく、教えなさいっ」
リズから魔力の奔流がほとばしり、食堂全体に異常な重力波が発生した。ブウンという重低音の音が響いて、私とリズ、そしてプリシラ王女以外が、床にはいつくばった。
王女は周りを見渡して、恐怖でひきつった顔をしながら答えた。
「え、ええ、確かそんな名前だったわ。ごめんなさい。はっきりとは覚えていないの」
「リズ、サーシャなら大丈夫だよ」
「アリサさん、サーシャさんは聖女ですので、悪魔やアンデッドには無敵ですが、人間には素手で対抗するしかありません。それに優しい性格です。数人であれば大丈夫ですが、二十人はまずいかもしれません」
「パニッシュがあるよ。あれ、エグいよ。魂と肉体を無理矢理切り離す魔法みたいよ」
それに、さすがに小娘一人に二十人も送らないと思う。
「あぁ、そうでした。じゃあ、心配しなくても大丈夫でした。ちょっとやりすぎてしまいました」
リズが周りを見回して、バツの悪い顔をして、魔法を解除した。全員が呻きながら立ちあがろうとするので、今度は私がグラビティをかけた。
再び全員が床に這いつくばった。
「リズ。もうやっちゃったので、このまま仕切ろう。王女様とビジネスの話をして」
私はパパとレイモンド侯爵とのビジネスのやり取りを思い出した。リズもピンと来てくれたようだ。
「そういうことですね。分かりました」
リズが王女の方を向いた。
「王女様、さっきは私、今はリズさんが魔法を放っています。百人を簡単に無力化する私たちの力、分かっていただけました? まだまだこんなものではないのですが、この力を王女様の力として使ってみたくはありませんか?」
「わ、私の力?」
「そうです。私たちには王女様の権力が必要な時に権力をお貸しください。私たちはこの圧倒的な暴力を王女様にお貸しします。どうです? 私たち、いいビジネスパートナーになれると思いませんか?」
パパ直伝のビジネスパートナーの作り方をリズが実践してくれた。王女様の顔つきが、怯えた少女から徐々に王室の一員へと変わって来た。
「うふふ、よく分かったわ。いいわよ、パートナーになりましょう。サーシャさんでしたかしら。その方もあなた方のお仲間なのね?」
「そうです。『イエローギャング』は恐らく今頃全員死んでいますが、お咎めありますか?」
「ないわ。その件はうまく私の方で片付けておきます。従姉妹にも敵対しないよう言いつけておきますわ」
「恐らく従姉妹の方も今頃シメられていると思います。あ、ご安心ください。私たちは、子供と綺麗な女性は殺さないよう教育されておりますので、殺されてはおりません」
「安心したわ。この方々も解放して差し上げて」
王女が私の方を見たので、私は魔法を止めた。皆がよろよろと立ち上がった。
「皆さん、これから私とリズさんとアリサさんが当学園を仕切ります。反論のある方はいらっしゃるかしら?」
全員がガクガクと首を縦に振って、了承の意を伝えていた。
「あの、王女さま、イメルダへの仕返しはしてもよろしいでしょうか?」
赤毛の先輩は諦めきれないようだ。
「リズさん、どうしましょうか?」
「王女様、先輩にお任せになってはいかがでしょうか。私たちにはもっと大きな仕事を下さいませ」
「ふふ、その通りね。お姉様、ご自由にどうぞ。私たちは構いませんわ」
「ありがとうございます」
赤毛の先輩は嬉しそうだが、これからどうなるか知らないって幸せね。
(今、おじさんから思念が届きました。サーシャさんがたくさんスキルを取得したそうです)
リズがそっと小声で耳打ちしてくれた。
(まさか二十人全員行ってないよね。私たちの分も残っていて欲しいのだけど)
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