第50話 カフェテリア

 お昼休みにカフェテリアの入り口付近で、リズとアリサと合流した。


「リズさん、アリサさん、何かご相談ですか?」


 俺は正体がバレないように、リズとアリサに教員として接した。アネモネの手の者がいることを用心してのことだ。その点は二人とも心得ていた。


「はい、先生」


「個室を予約してあります。まずは食事を取りに行きましょう」


 カフェは全校生徒がお昼休みに昼食を取る場所だが、混雑しないように各学年の休み時間を30分ずつずらしている。一年生が最初で、次が二年生、その次が三年生といった具合だ。


 予約制の個室も用意されているが、予約できるのは教員のみとなっていた。


 個室に三人が食事を運んで、ドアを閉めた途端、リズとアリサが抱きついて来た。


「ははは、久しぶりだな。元気でやっていたか?」


「パパ、寂しかったよぉ」


「私もです、おじさん」


「これから毎日会えるぞ。この二週間どうだった?」


 二人はしばらく俺に抱きついていたが、交互にこの二週間のうちに体験したことを次から次へと嬉しそうに話した。


(旅させて良かったなあ)


 レイモンド侯爵も非常によくしてくれたらしい。


(あのおっさん、ビジネスは優秀なんだな)


「レイモンド侯爵は何かやって欲しいことを言っていたか?」


「はい。セフィロスと一緒に話を聞きました。今週末に仕事をしてきます」


「え? お前たちだけでか?」


「そうですよ。世話になっているのは、私とアリサさんですから。サーシャさんは侯爵には近寄りません」


 リズは律儀なところがある。


「どんな仕事だ?」


「レイモンド侯爵が潰して欲しいというギャングの一味がありまして、そこを潰します」


「は? お前たちがか?」


「はい、楽勝です」


「二十人程度の集団らしいから、全然問題ないよ」


 お使いに行くような気楽さで話しているが、相手はギャングだ。当たり前だが、十三歳と十四歳の女子二人が受けていい仕事ではない。


「いや、それは俺がやろう」


「パパ、過保護じゃ子供はダメになるよ」


 いや、ギャングと戦わせる方がダメになるだろう。


「おじさん、これで、アリサさんと私の一年分の学費が出るのです」


「学費は俺が出すぞ」


「おじさん、自分のことは自分でするって約束でしたよ」


「リズと出会ったときに確かにそう言ったが、今はお前たちのことは娘だと思っている。俺に任せてくれないか」


「パパ、アリサたちはパパに養って欲しいとは思わないよ。対等な立場で一緒にいたいよ」


「むしろ、おじさんの助けとなりたいのです」


(やばい。泣きそうだ。こいつら、可愛いすぎる。いや待て。だからといって、ギャング二十人と戦わせるのはまずい)


「だとしても、ギャングはまずいだろう。下手すると死ぬぞ」


「大丈夫です。私にはプロキシーの魔法がありますので、サーシャさんの治癒系の魔法も使えますから」


 そうだった。リズは仲間の魔法全てを使えるようになっていたのだった。アリサの時空系の魔法もオーバーキル気味だし、どう考えても危険はないか。


「分かった。正体がバレないようにするんだぞ」


 俺は自分で言ってて可笑しくなった。どこの親が娘がギャングの組織を潰しに行くというのを止めもせず、バレるなよ、と声がけするのだ。


「うん、気をつけるよ」


「そういえば、お前たちにアネモネの監視は付いているか?」


 聖女からついていないとは聞いていたが、念のため、確かめたかった。


「レイモンド侯爵には何人かついてましたが、私たちにはついてないです。いたら分かりますから」


「院長はアリサたちには手を出さないよ」


 アネモネ自身もそう言っていた。俺の大事にしている子供を利用するような卑劣なことは、はなから考えていない感じだった。


「そうか。ただ、アネモネがサーシャのところに今日現れたらしい」


「院長がですか?」


「そうだ。まだ目的は分からないのだが、聖女の訓練の見学に来たらしい。ミントの聖女が一緒に行動しているみたいだから、彼女に今日の夜にでも聞いてみる」


「そういえば、パパ。サーシャに聞いたんだけど、十五歳の少女五人を侍らせているってどういうこと?」


「誰がそんな!? ……クイーンだな。奴隷商人が売ろうとしていたところを助けたんだよ。きっかけはお前たちと同じようなものだ。今は家でメイドをしてもらっている。将来はお前たちの助手にしていいぞ」


「早くパパの家に行きたいな。大きな館なのよね?」


「おお、大きいぞ。クラスの生徒を家に招くイベントでも企画するかな。そうすれば、お前たちが来ても疑われないだろう」


「じゃあ、アリサたちがクラスで企画しておくよ」


「それは助かる。そうしてくれ」


「おじさん、私とアリサさんで魔法クラブに入るつもりですので、顧問になってくれませんか? そうすれば、もっと一緒にいられます」


「魔法クラブって、ステーシア先生が顧問のクラブだな。先生に頼んでみるか」


「おじさん、ステーシア先生って美人ですね」


「ま、まあ、そうだな」


「パパ、アリサたちは嫉妬はしないけど、学園内で変なことにならないよう気を付けてね」


「なるわけないじゃないか。俺はイメルダ先生なんだから」


「イメルダ先生も美人ですね。しかも、素敵なメイクと服装ですね」


(本当にこの服装がいいのか? スカートの裾は長いが、ボディラインがはっきり出すぎているのではないか?)


「服装はミントの聖女に選んでもらったんだ。メイクは『化粧』のスキルだ。そうだ。欲しいスキルは決めたか?」


「はい、サーシャさんからも頂いています。こちらです」


 リズからメモを手渡された。書かれていたスキルは驚くほど少なかった。


(全員が「化粧」を選んでいるのは、さすがに女の子だな)


「後で授与しておくが、こんな少しでいいのか? それと、『分裂』と『修復』は希望しないのか?」


「とりあえず、今はそんなところです。『分裂』と『修復』は、おじさんとずっと一緒にいたいから、いつか必ず希望しますが、今ではないです。大人になってからです。ずっと子供のままはつまらないですから」


 俺としては、ずっとこのままでいて欲しい気もするが、やはり成長した姿も見たいかな。


「分かったよ。ほら、喋ってばかりで、食事が終わってないぞ。お前たちは、早く食事を済ませて教室に戻らないと。俺は午後は職員室で明日の授業の準備だ。クラブは来週からだったな。寮でイベントはあるのか?」


「今晩、寮で上級生との懇親会があります」


「そうか。学園は楽しめそうか?」


「はい、おじさんがいますから」


「だね、パパがいるから、めちゃくちゃ楽しみだよ」


「ほら、早く食べて行くんだ」


 リズとアリサが食事を速攻で済ませて、口をもぐもぐしているのを手で隠しながら出て行った。


(もぐもぐしながら歩くのはお行儀が良くないんだが、分かってはいるようだな)


 残された俺は一人でゆっくりと食事を済ませて、個室を出た。カフェテリアでは二年生たちが食事を始めていた。


(ほう、Aクラスの連中がいるな)


 イメルダを虐めていたのは貴族の生徒たちだ。さすがに自由市民が貴族の令嬢であるイメルダを虐めることはなかった。


 俺はAクラスの奴らのテーブルに微笑みながら近づいて行った。二年生たちが食事の手は止めないまま、意地の悪そうな顔で俺を見た。


「イメルダ先生、すごくお変わりになりましてよ」

「中身も変わっていると嬉しいですわ」

「臭くてたまらなかったからね」


(お、悪口頂きました)


「おい、そこのお前、先生の悪口か?」


 俺は赤毛の少女を見た。


「悪口? 実際臭かったし」


「ほう、口の利き方がなっていないな。どうしようかな」


「ははっ。外面が変わったから、強気になったわけ? イメルダはイメルダでしょ」


(そうだ、こいつは茶巾の妹だ。イメルダをネチネチ虐めていた性格の悪い姉妹だった)


「姉と同じ目にあいたいか?」


「何を言っているの?」


「そうか、まだ三年生を懲らしめたことは伝わっていないのか。小便臭い小娘の茶巾を見せたら、皆んなのランチが不味くなってしまうが、『茶巾姉妹』ってのも捨てがたいな」


「何をぶつぶつ言ってんだよっ」


 赤毛が自分のスープをつかんで、俺に向かって浴びせて来た。俺は俊足でスープを避けながら赤毛にピッタリとくっつき、しゃがんで赤毛の両足首をつかみ、逆さに吊るした。


(な、ノーパン!?)


 俺の目の前に可愛いお尻が見えた。股の方でなくてよかった……。


「きゃああぁぁ」


 赤毛が意外にも可愛らしい悲鳴あげた。


「いや、これは、すまん。これではさすがに茶巾には出来ないぞ。こんな茶巾破りがあるとは、お前、なかなかやるな」


 俺は赤毛を下ろしてやった。


「こ、こんなことしてっ、お嫁に行けないじゃないっ」


 赤毛は座り込んだまま、わんわん泣き出してしまった。


「イメルダ先生、シャレにならないですわっ」


 近くの女生徒たちが俺を非難した。


「まさか下着をつけていないとは思わないだろう。ちょっとハプニングがあったが、先生に対する態度が悪い者には、懲罰を与えるからな。三年生のAクラスがどうなったか、よく聞いておくんだな」


 俺はそう言い残して、騒然としているカフェテリアを後にした。


(もう怖くて茶巾できなくなっちゃったじゃないか。茶巾もっともっとやりたかったのに)

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