第三章 王都編

第48話 入学式

 夏休みが終わり、今日から新学期だ。この世界では新学期は秋から始まる。


 イメルダはナイスバディの美人に変身していた。服は聖女に選んでもらったが、本当にこれでいいのか? バブル期のボディコン姉ちゃんのような服だが、こっちの世界的にこれは大丈夫なのだろうか?


 風呂は二階にしかないが、風呂とトイレのときは憑依を解いて、イメルダ自身に戻っているので問題はない。二階出入り禁止は俺の霊体だけだ。


 今朝もシャワーを浴びるようイメルダに二階に行ってもらった。イメルダは気がつくたびに自分が綺麗になっているのに刺激されたのか、ちゃんと体を綺麗に洗うようになり、ほんのりと石鹸の匂いのする本当にいい女になった。


 俺はイメルダに再び憑依し、「化粧」のスキルでばっちりメイクを決め、颯爽と屋敷の前の馬車に乗り込んだ。


「王都のセントクレア学園まで頼む」


(いよいよリズとアリサに会えるな)


 今日は入学式だ。リズとアリサの入学式に参列出来るなんて最高だ。サーシャの始業式も今日だと聞いているが、サーシャにはまだ会えそうもない。聖女とシスターテレサが来賓に招かれているので、後で様子を聞かせてもらおう。


 職員室に入るや否や、全員の視線を浴びた。


「おはようございます。イメルダです」


 職員室に入るまで何度か名前を聞かれたので、こちらから自己紹介した。もう二年も一緒に働ている人たちなのだが。


 全員がイメルダの大変身に驚いているが、一人の男性教員がわざわざ席を立って、俺の席の近くまで来て、話しかけて来た。


「イメルダさん、大変身だね。どうしちゃったの!?」


 生徒に人気のあるトーマスという若いイケメン教師だ。


「少しダイエットしました」


「いやはや、見違えましたよ。何か分からないことがあれば、何でも聞いてください」


「は、はあ」


(こいつは馬鹿か。俺はもう二年もこの学園に通っているじゃないか。分からないことって何だよ。殺すのはマズイから、無視だ、無視)


「イメルダさん、担任表見ましたか?」


(うるさい奴だな。ん? 担任表?)


「いいえ、まだ見ていません」


「イメルダさんはですね、えーと、ここだ。一年生のZ組の副担任ですね。お可哀想に……」


 Z組は扱いの難しい子弟の集まりだ。正確にいうと、子弟の親の扱いが難しい。これまでにも何人もの教員が退職に追い込まれている。


(なるほど。俺を辞めさせに来たか)


 Z組の主担任はステーシア先生だ。若い美人の教員だが、理事長の食事の誘いを断り続けているための懲戒人事だろう。あのクソ理事長は転任早々の傷心のイメルダにも言い寄って来たが、さすがに死人の目をしていたイメルダには手は出さなかった。


(理事長は殺すリストに入れてもいいかな)


 その理事長から呼び出しがあった。まだ何だか色々と話しかけてくるトーマスを無視して、俺は職員室を出て、理事長室をノックした。


「入りたまえ」


 ドアを開けるとチビ、デブ、ハゲの三拍子揃った男が俺を舐め回すように見て来た。


(うーむ、ここまで潔くガン見するとは、凄い男だな)


「イメルダくんが大変身したと聞いてね。君さえよければ、Z 組副担任は、別の人に変更してもいいんだよ」


「いいえ、大丈夫です。ステーシア先生のお手伝いが出来るなんて、ワクワクします」


 これは本心だった。せっかくの学園生活だ。美人教師とお近づきになりたい。そのチャンスが何の努力も無しに舞い込んできたのだ。絶対に逃したくない。


 この世界に来てから会った大人の綺麗な女は、漏れなく恐ろしいやつばかりだ。普通の綺麗な女は、ステーシア先生が初めてで、とても希少なのだ。モンスターペアレンツやこのクソ理事長からも守ってやるさ。


「そ、そうなのか?」


「そうです。理事長、そんな条件なしで、私はお食事程度でしたら、いつでもOKですよ。さあ、入学式が始まりますので、一緒に行きましょう」


「そ、そうか」


 理事長が目を輝かせて喜んでいる。何だこのおっさん、チョロすぎるじゃないか。


(飯ぐらいいくらでもいいさ。食べたらすぐに帰るがな)


 俺は理事長と一緒に入学式が行われている講堂へと向かった。理事長がいつ食事に行くのかとしつこく交渉してくる。


「じゃあ、明日の夜などいかがですか」


「い、いいとも。すぐに手配する」


(こいつは「メッシー君」決定だな)


 講堂に入ると、女子生徒がずらりと300人勢揃いしていた。


(割と皆んな綺麗だが、俺、学生には全く興味ないんだよなあ)


 イリュージョンにセーラー服が出てくるのを恐れているのは、大人の女性にセーラー服を着せて喜ぶ性癖がバレるのが怖いからだ。中高生好きでは決してない。俺は正常すぎるほど正常なのだ。


 俺は教員席に座り、新入生席のリズとアリサを探した。


(おっ、いたいた。うっわ〜、懐かしい〜。二人ともおすまし顔していて可愛いなあ。うん、制服がとても似合っているぞ)


 レイモンド侯爵はなかなかいい仕事をしているようだ。色々と名前も借りているし、きちんとお礼しよう。


 リズとアリサはお互いに少し離れているが、二人とも新入生の最前列にいた。クラス順に並んでいるはずなので、同じクラスなのだろう。


「理事長、クラスの名簿はお持ちですか?」


 俺はなぜか理事長の横の席に座らされていた。


「これだ」


 理事長はただのエロオヤジではなかった。ちゃんと生徒の一覧を持っていた。


 俺はリズとアリサの名前を素早く探した。


(A組か……)


「理事長、さっきのお話ですが、私とステーシア先生をA組に異動できませんか?」


「いや、それは難しいぞ」


「毎週お食事に行くお約束をしてもいいのですが」


「……何とかしよう」


「ありがとうございます」


 チャームをかけるのは最後の手段にしたい。好きになりすぎて、逆に制御が難しくなるからだ。命をかけて指示に従おうとしたり、極端な行動に出てしまうリスクがある。


 始業式が始まった。新入生の代表は王女だった。アリサの隣の席だったので同じ組なのだろう。


 始業式は滞りなく進み、最後の校歌斉唱が終わり、生徒たちは各自の教室に戻って行った。


 俺は職員室に向かうステーシア先生に声をかけた。


「ステーシア先生」

 

「イメルダ先生……」


 ステーシア先生は泣いていたのだろうか。少し目が赤い。Z組の担任がショックだったのだろう。


(庇護欲そそるなあ。うん、俺が守ってあげよう)


「理事長に私たち二人をA組に異動するようお願いしておきました」


「え? 本当ですか!」


「はい。多分大丈夫と思います。仮にZ組になったとしても、生徒のご両親の対応は私にお任せください」


「イメルダ先生……。ありがとうございます」


 理事長は上手く調整出来たようで、俺とステーシア先生はA組へと向かった。


 その時だった。テレサから思念が届いた。


(アネモネがサーシャの始業式に現れただと?)

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