第44話 憑依の器

 いつものように俺がシスターボーン姿で院長室で「悪魔事典」を読んでいると、クイーンが聖女とテレサといっしょに入ってきた。見慣れない女性を一人連れている。背のひくい小太りの女性だ。


 俺はピンときた。


(たぶんこの人がうつわだな。何だか暗そうな人だな)


「スケルトン、イメルダが貴様の器になってくれるそうだ。彼女はセントクレア学園の教員だ」


 俺はソファから立ち上がって、女性に向かって軽く会釈した。


 女性がぴょこりと頭を下げた。


「い、イメルダです。よ、よろピコ」


(よろピコ? 暗いのか、お茶目なのか、よく分からんな)


「さっそく憑依してみろ」


 俺はクイーンの言葉にうなずいて憑依した。イメルダの人格を押し退けて、俺が彼女の心と体を支配するようになるのだが、記憶は共有される。


(げっ、この女、学校一の嫌われ教師じゃないかっ。生徒どころか教員にまで嫌われて、教師のくせに生徒からのいじめにあっている……)


「フランソワさん、この人って……」


「アンデッドの器になる人間は、追い込まれていて、どうにもならない境遇にある者たちだ。私のクレアも、王の側室でありながら、正室に嵌められて追い詰められていたのを私が救った。イメルダも凄惨な人生だ。貴様が救ってやれ」


「はあ。でも、セントクレア学園の教師ってことは、リズとアリサに大っぴらに会えるってことですね」


「そういうことだ。それとな、この近くに引っ越してこい。金はあるのだろう? 貴族の別荘が売りに出されている。ちょうどいい物件だから、それを買うとよい。テレサ、例の不動産屋を教えてやってくれ」


「はい、フランソワ様。ボーン様、王都のメインストリートにレイモアエステートという不動産屋があります。そこでその物件を取り扱っています。こちらが地図です」


 俺はテレサから不動産の地図を受け取った。


「ありがとうございます」


「おい、スケルトン、聖女教育開始までの一週間、サーシャを借りるぞ。少し手伝ってもらいたいことがある」


「はい、サーシャが承諾するのであれば問題ないです」


「よし、話は終わりだ。今すぐに行動を開始しろ。馬車を使っていいぞ」


「分かりました」


 俺が出て行こうとすると、聖女に止められた。


「ちょっと待って。何だか野暮ったいわねっ。服のセンスが良くないし、髪はボサボサだし。少し小綺麗にしたほうがいいよ。骸骨さん、『化粧』と『変身』で少し外見変えてみてっ。変身したら、洋服選んであげるからねっ」


 俺は幽体を離脱させて、イメルダの外見をしっかりとチェックしてみた。


 とにかくイケてない。それに、何だか不潔だ。太り過ぎだし、体をメンテナンスするという意識が欠落している。あまりにも錆びつきすぎていて、素材がいいかどうかもわからない。


(これは、聖女の言う通りだな)


「ありがとうございます。今日から食事に気をつけて、適度な運動もするようにします」


(この人たち、女性には優しいんだよなあ)


「変身」スキルは、食事療法やトレーニングによる肉体改造の効果を著しく上げるスキルだ。夏休み最後の一週間でガラッと変身してやる。まだ二十六歳だ。地肌が本来の若さを取り戻せば、「化粧」で平均以上にはなるはずだ。


 まずは引越し先を決めて、今のクソッタレな下宿を引き払うか。確か王都までは5、6キロだったな。


「王都までさっそく走って行くことにします。馬車はとりあえず結構です」


 俺は二週間近く世話になった修道院を出た。


***


(人間は疲れるんだよっ。てか、この身体、本当にクソだな)


 俺は一キロも走っていないのに、すでに疲労困ぱいだった。「俊足」は筋肉量が全く足りていないため、全く機能しない。それに、持久力がゼロのため、走ったらすぐに疲れて息切れがする。


(こいつ、油っぽいもの食いすぎなんだよ。汗も何だか変な臭いがするぞ)


 俺はもう一度幽体離脱して、イメルダの体を詳細に観察した。歯だけは綺麗で、虫歯が一本もない。唾液の流れがいいようだ。ごく稀にいる虫歯にならない歯並びをしているのだろう。


 ちゃんと体を洗ってないため、耳の後ろ、膝の後ろが垢だらけだ。記憶にあるこいつの生活ではこうなるのは必然だ。


 だが、イメルダも昔からこうではなかった。好きな男に裏切られ、茫然自失になって、生きる希望を失って、自暴自棄の人生になり、性格が曲がって、人から嫌われて、意固地になって、さらに人から嫌われて……。


(ふん、同情なんかしない。騙されたくらいで人生棒に振って。バカか、こいつは! ……まあいい。こういうバカがいるから、俺たちが憑依できる器が生まれるのだ。器代分ぐらいは働いてやる)


 俺は何度も休憩を入れ、五時間かけてようやく王都に着いた。日の入りまでにまだ数時間ある。俺は地図を見て、メインストリートの立派な店構えの不動産屋に入った。


 店に入ると、店の主人と思わしき人物が俺をジロリと睨んだ。


(お呼びでないって感じだな。ちょっと侯爵様の名前を借りるか)


「レイモンド侯爵様の執事のセバスチャンからの使いで、王都北の郊外の物件を探すように言われて来たのですが……」


 主人の顔が途端に愛想のいい表情に変わった。


「こ、これは失礼いたしました。どのような物件でしょうか?」


「王都とミント修道院のちょうど中間あたりで、貴族の別荘などが売り出されているといいのですが」


「それでしたら、ちょうど良い物件をご紹介出来ます」


 クイーンが言っていた物件を紹介してくれたので、俺は即金で購入した。支払ったお金は、後日、盗みに入って取り戻すつもりだったので、言い値で買い取った。物件の受け渡しは二日後だ。


 不動産屋の主人からは、俺が胸の間からお金を取り出したように見えたようだ。現金を受け取るときの主人の微妙な表情がおかしかったが、格納の出口が胸の中心辺りにあるのだから仕方がない。


(イメルダ、胸は大きいな。太っているからっていう大きさじゃないぞ、これは)


 中心街での用事はこれだけだ。あの汚い下宿に戻るのは気が進まなかったが、イメルダが目立つのはまずいため、今の下宿は静かに引き上げないといけない。


(丸ごと格納して、何処かに捨てればいいか)


 下宿への帰り道の途中に歓楽街がある。イメルダはいつも歓楽街を避けていたが、俺は見物がてら、歓楽街に入ってみた。


 まだ明るいが、もうすぐ日が暮れるとあって、客引きが道に出始めていた。俺のことは商売女だと思ったのか、客引きたちは俺と目を合わせない。


 しばらく行くとちょっとした広場に出た。ステージのような台の上に、十五、六歳の少女が五人、手足を布縄に縛られたまま、立たされている。奴隷の販売会のようだ。


「オヤジさん、あの子たち、いくらですか? 私は貴族の使いです」


 俺は台の上に座っているでっぷりとした奴隷商人らしい男に声をかけた。


「まいどどうも。Aが500万、Sが1000万、その他は300万です」


 少女たちを見ると、胸にAとかSの札がかかっている娘と札のない娘がいた。容姿は全員人並みのように見える。


「鑑定していいですか?」


「お嬢さん、鑑定持ちですかいっ。さすが貴族のお使いの方だ。もちろん大丈夫です。是非、見てやってくだせえ」


 俺は鑑定して驚いた。とても言えないようなエッチなスキルを持っているのが、SとAだった。


「どうです? しっかりと調教済みです。それでいて、全員処女です」


 決めた。こいつは殺そう。


「全員購入の予約をしたいです。旦那様に言って、現金を用意してきますので、明後日、お店の方にお伺いします。よろしいでしょうか」


「それはありがたい話ですが、どちらの貴族様かお名前を頂戴できますでしょうか?」


「出来れば秘密にしたいのですが、仕方ないですね。他言無用でお願いします。レイモンド侯爵様です」


「あ、あのレイモンド様ですか」


(どのレイモンドなんだ? まあ、いい。これで少女たちの安全は確保できた)


 奴隷商人は少女たちを荷車の檻に入れているが、売却予定ということで、大切に扱っているようだ。


 俺はその様子を見て、安心してその場を後にした。

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