第42話 聖女検定

―― サーシャ視点


「サーシャ、頑張ってね」


 リズさんとアリサさんに背中を押されて、私は王都郊外にある聖女検定の会場に入った。


 私はレイモンド侯爵家にはどうしても行きたくなかったので、リズさんとアリサさんに無理を言って、王都郊外の宿屋で今日まで滞在していたのだ。


 受験会場には、十四歳と十五歳の美少女たちが、全国から二百名以上集結していた。この中から十三名が聖女候補となり、三年後に聖女への挑戦権を得ることになる。


 毎年開かれる聖女入れ替え戦で、聖女のうち何人かが聖女候補と入れ替わる仕組みなのだが、この五年間は一人も入れ替わりが発生していない。歴代最強聖女隊と言われる所以だ。


 聖女になるチャンスは一生に一度、十八歳のときに行うこの聖女入れ替え戦だけ。今日選ばれる聖女候補たちは、その日のために厳しい修行をこれから三年間行うのだ。


 試験の内容は、リッチー二十体を浄化するタイムアタックだ。会場の地下にある「キャピタルダンジョン」のアンデッドフロアの最奥の五部屋にそれぞれ出現するリッチーの討伐タイムを争う。


 屋外に設けられた特設会場には、椅子が並べられており、受験生は自分の番号がかかれた椅子に着席する。どうやら、レベルの高い順に番号が振られているようで、私は225番で、後ろから三番目だった。


(おじさまから頂いた「偽装」のおかげですわ)


 会場の中央に、リッチーの部屋直通の銀の魔法昇降機が五台設置されており、受験生は空いた部屋に順番に交代で送られて行く。


 昨年の試験の最速は17秒で、合格ラインは20秒だった。私は多分10秒かからないと思うのだが、手加減しないと目立ちすぎてしまう。


 会場入りする前まではそう思っていたのだが、一番目の受験生が10秒のタイムを出した。聖女検定史上三番目の記録らしい。私はたまたまその女の子の自慢げなコメントを聞いてしまった。


「ここのリッチー、スケルトン並みに弱かったわ」


(おじさまの悪口を言うなんて、許せませんわ)


 それに10秒が史上三番目ってことは、過去にタイムが一桁の人がいるってことで、本気を出しても大丈夫そうだ。


(全力で行かせていただきますわ)


 私はとても気が楽になった。手加減の仕方を間違えると、試験に落ちてしまうかもしれないということが、自分では気がつかないうちにプレッシャーになっていたようだ。


 次々に試験は進んで行き、ようやく私の順番がきたときには、会場はすでに閑散としていた。


 受験番号が大きくなるにつれ、タイムがだんだんと落ちているからだ。最初の五十人ぐらいでトップ十三位が固定してしまい、以降は消化試合のようになってしまっていた。


 番号を呼ばれて、大きな声で返事をした私は、席を立って、一番左の銀の箱に入った。ゆっくりと箱が降りていくにつれ、私の胸の鼓動が大きくなっていく。


 ガタンという音がして、銀の箱がリッチー部屋へと到着した。10秒の記録が出た部屋だ。後ろに二人残っているので、十一位のタイムの20秒12を破れば、十三位以内が確定し、幼いころから夢見ていた聖女候補になれる。


(おじさま、リズさん、アリサさん、これまでのこと、感謝しますわ。必ずや、恩に報いますわっ)


 部屋に足を踏み入れた途端に、リッチーが一斉に出現する。


(すごくよく見えましてよ)


「オラクル」


 私は同時に十柱の女神を降臨させることができるようになっていた。女神の声が二十体のリッチーの霊体に正確に確実に吸い込まれて行く。瞬時に二十体全てのリッチーが浄化された。自分でもびっくりの結果だった。


(いくら何でもやり過ぎたかしら)


 私のタイムは2秒08だった。


 会場はどよめきに包まれた。最高記録が出たらしいと、ところどころで聞こえる。しかも、これまでの記録を大幅に塗り替える信じられない記録だという。


 私は今更だが、出来るだけ目立たぬよう、下を向いて自席に戻ろうとしたところ、近づいて来た女性に声をかけられた。


「ねえ、あなた、もう少し手加減しないとダメじゃないっ」


 私は顔をあげた。何とミントの聖女様だった。私はすぐにおじさまのことを確認したくなった。


「おじさまはお元気ですの!?」


「元気っていうか、もう死んでるから元気じゃないかもっ。ってね。しかし、3秒切るって、現役聖女でもムリよっ」


「十秒で歴代三位ってお聞きしましたので、手加減なしで大丈夫かと思いましたわ」


「あはは、過去に九秒台が二人いるのよ。八年前の私と首都の聖女よ。このレベルでどうやったのかって話になると思うから、スキルの『霊視』の精度がいいって話すのよ。私もできるだけフォローするからねっ」


 ミントの聖女様はそう言って、試験官席に戻って行った。


 緊張していて気づかなかったが、試験官十名のなかに二名聖女様が混じっておられた。席次第二位のミントの聖女様と首席の王都の聖女様だ。ミントの聖女様が王都の聖女様に何か耳打ちして、お二人で私の方を見ている。


(あの首席の座が私の目標ですわ)


 試験が全て終わり、合格者十三名が別室に呼ばれた。私は文句なしのトップ合格で、一番目に別室に入った。私の後ろに10秒の子が続いた。今年は私とこの子が例年に比べて断トツのタイムで、他の合格者は例年並みだった。


 部屋ではシスターから今後についての説明があった。修行開始は一週間後からで、今日から聖女候補宿舎への入居が可能だという。希望者はこのまま教会の馬車で宿舎まで送ってもらえるらしい。


 私は合格証を受け取り、教会の馬車を希望した。


「では、ご家族やお知り合いにお別れをして、16時にもう一度、こちらにお越しください」


 シスターの説明を聞き終わってから、私は会場を出て、待合場でリズさんとアリサさんを探した。リズさんが私に気づいて、手を振っている。私は彼女たちのところに走って行った。


「リズさん、アリサさん、受かりましたわ」


「うん、おめでとう。2秒で倒した人がいるって、みんな話してたけど、やっぱりサーシャなのね?」


 アリサさんがちょっと自慢げなのはおかしかった。


「ええ、自分でもびっくりですわ。5秒切れるかどうかだと思っておりましたが、まさか3秒を切るとは驚きましたわ」


「控えめなサーシャさんらしからぬ派手なデビューです。これから三年間頑張ってください。私たちも頑張りますから」


 リズさんの目がうるうるしている。おじさまに会うまでは泣かずに頑張ろうって三人で誓いましたのに。


「ええ、それで、このまま聖女候補宿舎に参りますの。ここでお別れですわ」


「そっか。いざ別れるとなると寂しいな」


「おじさんと早く合流して、毎週面会に来ますから」


 私はリズさん、アリサさんとしっかりとハグをした。


「ええ、頑張りますわ。リズさんもアリサさんも頑張って下さいまし。それでは、ご機嫌よう」


 私は何とか泣かずに二人と別れの挨拶ができた。


 会場に戻ると、10秒で二番だった子が私に話しかけて来た。後ろに二人いるが、この子たちも合格者のようだ。


「あなた、サーシャっていうのね。ご家族はお見えになっていなかったようだけど、旧教国の戦争孤児なんですってね」


 私が無視して通過しようとすると、別の子が私の前に出た。


「おどきになっていただけるかしら」


「ふん、孤児のくせに貴族のアクセントで話して、上手く化けているわね」


 二番の子が本性を現し始めた。他の二人はついてきているだけのようだ。


「何か御用かしら?」


「トップ合格していい気になっているみたいだから、気合を入れに来てあげたのよ」


「それはご丁寧に。でも、気合いは間に合っておりますわ。おどきになって。それとも、教会の方々がご覧になっているここで、問題を起こす気かしら?」


「あはは。あなた私のこと知らないようね。私はマリアンヌ・レイマーウッド、教皇の姪なのよ。あなたに何をしようと問題にはならないわ。気合いのビンタ、受けなさいよ」


 私は会場を見渡して、首都の聖女がこちらの方を見ていることに気づいた。何とかなりそうだ。


「よろしくってよ。どうぞ」


 私は右の頬をどうぞって感じで、マリアンヌに向けた。


「あら、案外素直ね。じゃあ、行くわよ」


 私はマリアンヌのビンタを右頬に受けた。そして、すぐに思いっきり、マリアンヌの右頬を打ち返した。マリアンヌが吹っ飛んでいく。死なないように手加減したが、失神してしまったようだ。


 他の二人は口を開けたまま固まってしまっている。


「お返しですわ。早くお友達をキュアして差し上げて。では、ごきげんよう」


 私はそう言い残して、先ほどの別室に向かった。その途中で、案の定、首都の聖女様から声をかけられた。


「元気でいいな。私が目に入ったから、教皇の姪をぶっ飛ばしたのか?」


「はい、先に手を出したのはマリアンヌだと証言していただけるかと思いまして」


「証言しなかったら?」


「マリアンヌが自分自身で証言したくなるまで、彼女をぶちのめしますわ。そういうのは必要な暴力だと養父ちちから学んでおりますの」


「ふふふ。面白いヤツだな。大丈夫だ。マリアンヌのためにもちゃんと証言するよ。妹は少し苦労した方がいいしな」


 そうだった。首都の聖女様も教皇の姪だった。マリアンヌのお姉様なのか。


(おじさま、早くも色々な方から注目されておりますが、ここにいる全員をひれ伏させるためには、早かれ遅かれ注目されてしまうと割り切りますわ。おじさまの天敵である聖女を逆におじさまの力とすること。それが私の使命ですわ)

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